十九話  守学校2

 少年少女たちとの名乗りとかんたんな自己紹介を済ませ、椎名たちは丸くなって座る。アイナと名乗った先ほどの美少女(女の子だった)が、腰から丸いものを取り出した。

「これが、わたくしたちに支給されている八咫ノ銅鏡やたのどうきょうです」


 腰にくくり付けている紐を解いてから、アイナは銅鏡をヒウチに差し出した。ヒウチが感嘆かんたんの声を上げる。

「これが、うわさに聞く……わたしが持っても大丈夫か?」

「はい、もちろん」


 両手で賞状を受け取るようにおしいただいたヒウチは、両面をしげしげと眺める。

「これは、複雑な紋様が刻まれているな。ほら、シーナも見てみるといい」

 ヒウチにそう言われて、シーナものぞき込んだ。

 片手にすっぽりおさまる大きさの銅鏡だ。以前、校外学習で大きな博物館に行ったとき、これくらいの大きさの銅鏡を見たような気がする。ただし、ヒウチの手の中にあるものは博物館で見たもののようにびついてはおらず、黄金色に輝いている。

「錆びていない銅鏡って、こんなにきれいなんですね」

「ええ。銅は錆びやすいので手入れが大変ですが、きちんと磨けばどんな鏡台にも勝る輝きを放ちます」

 おもわず声に出していた椎名の言葉に、アイナがにこやかに答える。

「そうだな。うちの……中央府にいる五賢者も、鏡の手入れが一番気を使うと言っていた。私から言わせれば、業務のほうがよほど気を使うと思うのだがな」

「賢者の人たちも、銅鏡を持っているんですね」

「もちろんです。銅鏡を持たずにヤタカガミを発動させることは、固く禁じられています」

「といっても、盾者は銅鏡なしでヤタカガミは使えませんけどね」

 椎名の問いかけに、今度はイエとウエツが答える。真面目そうなイエと若干言葉がくだけているウエツは、話しかけやすそうで親しみが持てる。


「銅鏡がないと、発動できないんですか?」

 思い切ってウエツに対して聞き返すと、彼は大きく頷いた。

「はい。たぶん盾者ならだれでも一回はやってみると思いますよ。ヤタカガミチャレンジ」

「ウエツ、王家に失礼だぞ」

「イエも昔やったことあるだろ?ヤタカガミって、特別な盾だって教わるじゃないですか。王族にしか使えないって。だったら、自分が使えたら自分も王族の末裔まつえいなんじゃね?って思って試してみたんですよ。でもてんで駄目。そもそもこの銅鏡が発動の鍵になってるんで、実際に発動できるようになってからも、銅鏡なしでの発動方法がいまいち想像できないんですよね」

「はははっ、確かに試したくはなるよな。ここだけの話、私も小さいころに試してみたことがある。結果はウエツと同じだったがね」

「ですよね!ほら、ヒウチ様もやってるじゃん。きっとみんなやるんだよ」

「ウエツ!」

「へいへい」

 イエとアイナに鋭い視線を向けられ、ウエツは首をすくめて黙る。ヒウチが人目を盗んでこっそりヤタカガミを出そうとしている様子を想像して、椎名は笑いをこらえた。ヒウチも楽しそうな表情のままウエツを見ている。

「銅鏡が鍵、か。ウエツ、ヤタカガミを一度見せてもらっても構わないか」

「っえ!俺ですか?」

 突然本題に入り、かつ自分が指名されたことに驚いたらしくウエツは飛び上がり、左右にいる仲間を見まわした。


「盾の発動はアイナのほうが早いし、エサシとかオウバクのほうが綺麗ですけど」

「皆の盾は見させてもらうよ。でも、君が一番物怖じしなそうだから。トップバッターをお願いしようかなと思ってね」

 おどおどしているウエツに微笑みながら、ヒウチは穏やかに言った。

「たしかにウエツが一番強心臓ですね」

「おい、イエ。でもわかりました。そういうことなら……」

 今度はウエツがイエを睨みつけてから、一歩前に出る。


「じゃあ、俺がトップバッターやります。ヤタカガミは人に向けると危ないので、向こう側に出しますね。ヒウチさまとシーナさんは、俺の後ろにいてください」

 そういって歩き出したウエツのすぐ右後ろに、ヒウチと椎名は並んで立った。アイナたちはウエツと直角になる向きで立つ。

「このあたりでも構わないかな」

「はい」

 そう答えたウエツの表情からは、戸惑いやいたずらっぽさが消えていた。アスリートの競技前のような真剣な雰囲気に、椎名は息をつめる。


「行きます」


 ウエツは右腰に提げた銅鏡を、右手でさっと撫でた。瞬間、銅鏡から光が放たれる。

「おおっ」

 腰の銅鏡に注目していた椎名は、ヒウチの声を聞いて彼の目線の先をたどった。ウエツの十歩ほど先に、金色の盾……ヤタカガミが鎮座していた。


 ――違う――


 椎名はひと目見て違和感に気付いた。ソウヤが出したヤタカガミと、鏡張みばりのみずうみで賢者が出したヤタカガミ。それらとは色が違う。彼らのはもっと黄金色に輝いていた。特にソウヤのは、黄金色という一言では言い表せない、複雑な輝きをもち圧倒的な存在感を放っていた。


 一方、ウエツのヤタカガミは銅鏡を正確に再現している。模様のすじに沿って光を放ってはいるものの、盾そのものが輝いているわけではない。


 ――ソウヤのは、光の粒が集まってて盾になっているように見えたけれど。今ウエツが出しているのは、そのまんま大きな銅鏡――


「やっぱりウエツは、想像力が足りないんじゃない」

 盾に気を取られていた椎名は、その声に顔を上げる。腕組をしたエサシが、目を細めて盾を見つめていた。

「見た目に反して、お堅い盾出すよな、ウエツは。もうちょっとさ、対象を大きく包むみたいな、スケールの大きい想像をすべきじゃないのか」

「いや」

「ヒウチさん?」

 ヒウチはエサシの言葉をさえぎると、ウエツの横に歩み出た。ウエツはあわてて横に向き直る。と同時に、彼が出したヤタカガミは光の粒となって散った。


「ウエツ。君は賢者が使うヤタカガミを見たことがあるか」

「い、いいえ」

 首を横に振るウエツに、ヒウチは微笑んだ。

「賢者たちはヤタカガミの発動を厳しく制限されているからな。……今度中央府の五賢者に声をかけて、君たちの前で実演をしてもらおう。見たままを再現する力に長けたウエツなら、一度見ただけですぐに上達するだろう」

「えぇっ!」

「賢者さまは多忙と伺いますが、わたくしどもが時間をいただいてよいのですか」

「後任の育成も、彼らにとって大切な仕事だ」

 思わず声を上げたエサシと、丁寧に問いかけるアイナのほうをみて、ヒウチは穏やかに言葉を続ける。

「日程は限られてしまうし、もしかすると君たちに中央府まで来てもらうことになるかもしれないから、後で学長に相談をしておく」

「ヒウチ様からおっしゃっていただければ、学長さまもご了承されると思います」

「お前のおかげだな。ウエツ」

「……っ、ありがとうございます!ヒウチさま」

 ウエツはヒウチに大きく頭を下げた。


「だが賢者さまに見ていただくのであれば、よりいっそうの修行が必要だな」

「おう、やる気がわいてきたぜ」

 にっと歯を出して笑うウエツに、椎名も楽しい気分になってきた。

「では、ウエツから指名してもらおうか。次の発動者を」

「了解です!」


    ○ ● ○


 そこから、イエ→オウバク→エサシ→アイナと順に盾を披露していった(ウエツ曰く、上手くない順らしい)。椎名は五人が出すヤタカガミそれぞれが、異なる特徴をもっていることに驚いた。


「基本盾は、盾者ごとに色が違う。私とシーナの盾の色が違うようにね。それと一緒で特殊盾も、盾者ごとにまったく同じというわけではない。ウエツたちのヤタカガミの形が皆違ったのはむろん学生ゆえの荒削りさ……盾として未完成だからというのもある。しかし、完成系も人によって特徴がある。私は、中央府の五賢者はヤタカガミを見るだけで、どれが誰だか判別できるぞ」

 アイナたちが校舎に引き上げた後、帰路につきながらヒウチはそう言った。

「ヒウチさんは、北方王朝の人たちが使うヤタカガミを見たことがありますか」


 ほんとうは、ソウヤのを見たことがあるか聞きたかったが、ソウヤの名前を口に出すのはなんとなくはばかられた。

「いや、ないな。それを見られたら“完成系”がかくあるべき、というのがよりはっきりとわかるかもしれないが。むしろシーナは見ているんだろう。ソウヤのやつを。ソウヤと、先ほどの学生たちの盾を見て違いはあったか?」

 逆に質問を返してきたヒウチの言葉に、椎名は結局ソウヤのヤタカガミについて思考を巡らせる。

 先ほどの学生たちのヤタカガミは、あくまでデモンストレーションだ。盾の先にいる人の時間を巻き戻すさまは見てとれなかった。それに、輝きが違う。だから……


「正直なところ、ソウヤの盾とウエツさんたちの盾が、同じヤタカガミだとは思えませんでした」


 椎名の答えに、ヒウチは目を瞬かせる。口を挟まないので、そのまま言葉をつづける。

「ソウヤは、わたしが攻撃されているとき一瞬でヤタカガミを出しました。補助の盾……八咫ノ銅鏡やたのどうきょうも、使っていなかったと思います。それに盾は金色に輝いていて、盾の能力だけでなく、見た目でも相手を威圧するような力を感じました」

「学生たちが出した盾は、相手がいないから実戦的ではないのはたしかだ。やはりソウヤの盾は一度見てみたいものだな。自分が使えない盾は、優れた人の盾を見て学ぶしかないのだから」

「そう、ですよね」

 呟くと、ヒウチは小さく手を前に出し、盾を発動させるポーズをとった。


「私も、ヤタカガミを使ってみたかったものだ」


 先ほどウエツに対して言ったのとは違う、複雑な表情で告げられたことから椎名は何か言わなければいけない、という思いに駆られた。

「ヒウチ!」

 しかし椎名がなにか返事をする前に、先ほどカワジと名乗った教員が小走りでやって来た。

「今日の件で、学長がお呼びだ。少し時間をもらってもいいか」

「わかった」

 椎名の方を振り返った時、ヒウチの顔からは複雑な表情は消えていた。


「シーナ。悪いがちょっと待っていてくれるか。恐らく賢者だとか中央府との絡みだとかの込み入った話になるから」

「わかりました。ちょっとだけ、学校の周りを散策していてもいいですか」

 ヒウチに合わせて真面目に聞くと、ヒウチは小さく笑った。

「かまわないが、この辺りは何もないぞ」

「何もないから、学生たちが目移りせずに真面目に勉強するって評判だからな」

 カワジもおどけた表情でそう続ける。

「いいんです。この辺りはあまり来たことがないので、どんな場所でも新鮮です」

「わかった。あまり遠くには行くなよ」

「はい」

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