二十三話 北府への旅1
「生身では初対面だな」
「はい」
「
「シウラだ。北府の守護を任されている」
青年……シウラに手を差し出され、握る。久しぶりに握手をした気がして、すこし気恥ずかしかった。
「シウラは若いが、守護者の中では一番しっかりしてるからな。私も勉強になることが多い」
「俺こそ、ヒウチ殿からは学ぶことばかりだ」
「いやいや……今回は、突然のことで申し訳ないが、よろしく頼む」
お世辞合戦になりそうだと思ったのか、ヒウチはすぐに本題に切り替えて頭を下げる。シーナも慌ててそれに
「よろしくお願いします」
「礼を言われることではない。ヤタカガミの件は、北府にとっても関係が深い。『スナの
「しかし、シウラが自ら案内してくれるとは」
「北府の留守は、ミンマヤ翁が護ってくださる。事情を説明したら、喜んで引き受けてくださった。ミンマヤ翁は俺よりも信が厚い。問題無いだろう。それに」
シウラは言葉を切って、自分の左腰のあたりをちらりを見やった。
「道が整備された中央府とは違い、細い山道を多く通る。二人の護衛と案内には、俺の盾が一番適していると判断した」
「それはそうだ。むしろ、シウラと一緒なら安心だ。宜しくな」
「ああ」
もう一度頭を下げたヒウチに頷くと、シウラは横手の小屋を指さした。
「ここから先は長旅になる。まずは一服していかないか。大したもてなしはできないが」
「いや、座れるところがあるだけありがたいさ。お邪魔させてもらう」
「どうぞ」
小屋の中に入っていくシウラとヒウチに続いて、シーナも小屋に入った。
○ ● ○
暖かい緑茶を飲みながらシウラから聞いた説明では、ここから北方王朝までは一週間ほどかかるらしい。
鏡界に電車や車は無い。代わりに、盾の力を利用した
椎名とヒウチが北府との境目までくるまでは、大半はこの浮動車に乗ってきた。しかし、シウラ曰く北方王朝までの道でそれが使えるのは、全体の七割ほどだという。のこり三割は、森の中にある細い山道を通らなければならない。そうした場所は、当然浮動車のような乗り物が使えず、歩いていくしかない。
「しかも」
そういって、シウラはわずかに顔をしかめた。
「北府の森の中は、ヤタノカミの活動拠点のひとつだ。彼らは北方王朝に俺たちが近づくことをよしとしない。王がどう考えていようとも、だ。だから、森を通過する際、ほぼ間違いなく彼らから妨害を受ける」
「王からの招待、という
「ああ。だからこちらも自衛のために盾を使わざるを得ない。その際は俺がヤタノカミを相手する。ヒウチ殿にはシーナの守護と俺の取り逃がしの対処を頼みたい。あまりヒウチ殿が表に出て刺激をしないほうがいいだろうからな」
「わかった。あとは、私たちの体力が持つかが問題だな。シーナ、大丈夫そうか?」
「
「山道を歩いたことが無いのは私も同じだ。私のためにも、こまめな休憩が欲しいな。シウラと違って、こちらは初心者だからな」
「心得ている。道は険しいが、この小屋のように一息つける場所はいくつかある。なるべくそこには立ち寄るようにしよう」
「助かる」
シウラは頷いて、立ち上がった。
「山の話ばかりしたが、最初のうちは浮動車で進める。あまり気負わずにいてほしい」
「ああ」
小屋の奥に見えていた、入ってきたのとは別の扉をくぐる。出た目の前には、前の座席が一つ、後ろの座席が二人がけ×二列の五人乗り浮動車が
「俺が操作するので、二人は後ろへ」
「わかった。行こう、シーナ」
「はい」
頷き、二列目の席にヒウチと並んで乗り込む。最後尾には荷物を載せた。
「起動」
シウラがそうつぶやくと同時に、浮動車が淡い青い光に包まれる。ふっと身体が浮く感覚になり、次の瞬間、前に走り出していた。浮動車は徐々にスピードをあげ、周囲の木々がぼやけて見える。
「相変わらず操縦がうまいな、シウラ」
「慣れているからな。北府はこれなしには回れない。むしろ道幅のある中央府のほうが、浮動車は普及しているはずだが」
「私は歩いていける範囲しか出歩かないからな。遠方は部下にまかせっきりになっている。たまには自分で行くべきだとは思っているが……だから正直、浮動車の操縦もあまり自信が無い。さっきは悪かったな、シーナ」
「いえ!揺れも音も気になりませんでしたし、大丈夫ですよ」
中央府区間での浮動車の操縦は、ヒウチが行っていた。盾を使うだけならばと、付き添ってもらっている手前椎名がやると申し出たのだが、この操縦には専門の免許がいるらしい。どうやら苦手分野を進んで引き受けてくれたらしいと知り、椎名は余計に申し訳ない気持ちになった。
「浮動車の操縦で気にすべきは、加速と減速くらいだろう。使うのは基本盾だけだから、ヒウチ殿が苦にされる要素はない。乗る回数さえ増やせば、俺よりもはるかにうまく扱えるはずだ」
「相変わらず、私の評価が高いな、シウラは。ほめても何も出ないぞ」
「事実を言っているだけだ。今も、俺が話しやすいように風よけの盾を張っているだろう」
「乗せてもらっている身だ。これくらいはやらないとな」
「あの、基本盾なら、わたしでも」
椎名がそう言いかけると、シウラがちらりとこちらを見た。
「やめておけ。基本盾とはいえ、動いている物体の前方に常に盾を張り続けるのは並みの術者にはできない。そもそも、この浮動車に風よけの盾を張ること自体イレギュラーな使い方だからな。ヒウチ殿だからこそできることだ」
「やっぱり、ヒウチさんって凄い人なんですね……」
「ああ。俺たちのように
「はい」
「貴重な経験だ。恐らく基本盾の師としては、最も優れているだろう。俺も教えを乞いたいくらいだ」
「おいおい、私は本職じゃないぞ。人を教えることに関して、守学校の教官や、北府の
ヒウチが早口で口をはさんだ。表情は変わらないが、シウラの淡々としたほめ言葉に若干照れているらしい。
「あとで、シーナの盾を見てみたいものだ。可能であればヤタカガミも、な」
「ヤタカガミは北方王朝に意見を伺ってからだが、基本盾は北府に着いたら見てもらえばいい。シーナも、シウラに見てもらえば私とは違うアドバイスが得られるだろうから」
「はい。わかりました」
「もっとも、道中で使うことになるかもしれないが。今回は私とシウラがいるから大丈夫だとはおもうが、緊急事態でない限り、ヤタカガミは使わないほうがいい」
「はい」
「そうだな。最低限、自分の身は自分で守ってもらうことになる」
そもそも、この旅自体が椎名のヤタカガミ発動の謎を問うものだ。謎が解けるまでむやみやたらに使うわけにはいかない。椎名はすぐに頷き、シウラも同意を返した。
○ ● ○
浮動車での道中は、シウラとヒウチの盾談義に終始した。時折難しい政治の話が混ざるが、おおむねふたりの盾の話は面白く、椎名が飽きることはなかった。通信盾越しでの対面では、シウラに対して無口なイメージを抱いていたが、どうやらそうでもないらしい。ヒウチのコミュニケーション能力が高いからか、シウラがヒウチに好意的だからか、二人の会話はよどみなく続く。
盾は戦うのみならず、日常生活でなくてはならないこと(浮動車や
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