十話  守護者の集い3

「ぼくは、いいと思います」


 短くない沈黙を、のんびりとしたトカワの声が破った。

「ヒウチは自分で言ったことに責任をもつ。だから、客人のこと、ソウヤのことを知ったうえで『スナの手記しゅき』を見せるんでしょう。手記に書かれた内容がわかるなら、ソウヤを理解する大きな助けになる。それに、そもそも何が書いてあるか、ぼくは知りたい」

「手記の中身を知りたいというのは、ここにいる全員が思っておることだの」

 ミネの言葉に、ヒウチの鏡越しにいる三人が頷いた。


「ヒウチが実直じっちょくな男であることは、よくわかっておる。だが、守護者しゅごしゃとしてすべき確認や情報収集をおこたっていたこともまた事実。

 ヒウチ、一度客人としっかり対話をし、その結果を次の会合で示してくれないかの。その際は、客人をともなってきたほうがよいだろう。我々が客人を見て、言葉を交わし、その上で『スナの手記』を託す。そうすれば全員が納得すると思うが如何いかがかの」

「それで、いいんじゃないのか」

 カササが即答した。


「俺は、本人を見たほうがいい。『スナの手記』を読むってことはかなりの機密きみつに触れるわけだから、それに比べたら俺たちのことが知れるのはどうってことないだろう」

「むしろ、シウラのとこの統治体制とか、ミネの通信盾とか、知っておいたほうがいいかもしれないね」

「ああ。もし客人が『スナの手記』を解読する運びになったなら、俺も手伝おう。俺自身が持っている情報は少ないが、最もソウヤ殿の近くで生活している守護者としてわかることもあるだろう」

「では、それでいいかの、ヒウチ」


 ヒウチは立ち上がり、四人に深く頭を下げた。

「皆の提案に感謝する。早々にシーナと対話し、次の会合時にこちらに伴おうと思う。……次の会合は、ひと月後か」

「『スナの手記』がかかっておるなら、そんなに悠長ゆうちょうなことは言っておられないの。半月後に設定する」

「おいおいミネ、お前の通信盾調子悪いんじゃなかったのか。大丈夫か、そんなに酷使して」

 心配そうなカササに対し、ミネは自分の胸を叩いた。


「わしの調整を甘く見てもらっては困るの。今回の接続でわかる情報も沢山ある。それらを繋ぎ合わせれば、不具合の解明も早まるだろうとて」

「また、ミネのひげが伸びてるかもね」

「それはご愛嬌あいきょうだの」

「髭はいいが、無理するなよ。お前が倒れたら、通信盾が一切合切いっさいがっさい使えなくなる。またいちいち守護府に行かないとならんくなるからな」

「カササ殿の言うとおりだ。ミネ殿、決して無理されぬように」

「私も、言いだしっぺで悪いが……無理なくできる最短の期間が、半月と思っていいんだな」

「多少の無理は止むをえまい。皆、わしを老人扱いしすぎだの。必ず、半月で仕上げてみせる」

 心配されすぎてむっとしつつも、ミネはきっぱりと宣言した。これ以上心配すると余計に彼の気を悪くすると察したヒウチは、すぐに頷いた。


「わかった。ミネの言葉と技術力を信じよう。私も必ず、半月以内にシーナに関わる疑問点を払拭する」

「頼むぞ。ヒウチ」

 カササは手を頭の上で組み、つぶやいた。


「いよいよ『スナの手記』が日の目を見るのか。楽しみだな」


 その言葉に、全員が頷いた。


    ○ ● ○


 通信盾専用の個室から出たヒウチは、小さく息をついた。二、三歩歩き出したところで、中央府に勤める女官に呼び止められる。


「ヒウチ様。顔色が悪うございますよ。執務室に行かれる前に、一度お休みになった方がよろしいのではないですか」

 女官の言葉にヒウチは手を横に振る。

「そう、か。いや、執務室にある安楽椅子で少し休むから大丈夫だ。心配をかけてすまない。今日はこのあと大した仕事もないから、終わった後はゆっくりするよ」

「そうおっしゃって、すぐ無理なさるから。本当に、お体を大事になすって下さいね」

「ああ。そうするよ」

 女官は疑わしげにヒウチを見たが、そのまま何も言わずに立ち去って行った。ヒウチはしばらくその背中を見送ると、執務室に向けてゆっくりと足を運ぶ。


 ヒウチは執務室の端に置いてある安楽椅子に体を横たえ、こめかみを抑える。

 ――どうも、通信盾を使った会議は、慣れない――

 通信盾の利便性と、それを開発したミネの手腕は称賛しょうさんあたいする。しかし、毎月持ち回りで各守府しゅふに集まり行っていた会議より、疲労感が強い。若干痛む頭を押さえながら、先ほどの女官とのやりとりを思い起こす。


 ――移動したらしたで出先での事故を心配され、しなければしないで働きすぎを心配される、か。どっちもどっちだな。……とはいえ、今日中に頭を整理しなければ進められる話も進まない――


 ひとりで苦笑してから、ヒウチは一旦安楽椅子から立ち上がる。書斎の一角にある扉つきの棚からティーバックを取り出し、卓上にあるカップに入れる。それを持ったまま地続きのキッチンでお湯を入れる。ほどなくして、白い湯気と共に爽やかなレモンの香りが立ち上った。

 ――西で採れる茶葉は、良い香りがする。今度ミネにお礼を言わなくてはな――

 カップを片手に再び安楽椅子のもとへ戻り、ヒウチは窓の外を見た。山と山の間にわずかに存在する集落が、細い根のように連なっている。


 ――シーナが住む幻界げんかいには、どのような生活があるのだろうな――


 それを知るためにも、まずは本人にいろいろと訊かなければならないことがある。ミネたちに言われる前からわかっていたことだが、ヒウチにはあまり気が進まなかった。小さく息をついて、再び視線を窓の外に向ける。

「何から話せばいいのだろう、な」


 答えを返す者のいない街を、ヒウチは静かに眺めていた。

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