十一話 シーナ

「上手いぞ!シーナ」


 何日かぶりの盾者用練習場で、椎名はヒウチに「基本盾」を一通り見てもらっていた。

 練習場には、ヒウチが一緒の時でなければ行くことができない。ここ数日多忙たぼうを極めていたらしい彼は椎名のもとに顔すら出さず、何か仕事をしていた。そんな日でも、椎名は部屋で盾を出す練習を繰り返していた。

 夕方から夜にかけては、ソウヤがやってくる。気まぐれな彼は椎名が何をしていようとお構いなしに外に連れ出そうとするが、時には不安定な盾を見てアドバイスをしてくれることもあった。盾は自分たちのものだと豪語ごうごするだけのことはあり、彼のアドバイスは適切だった。彼の来訪が重なるごとに、椎名の盾の腕前は見る見るうちに上達した。それは、ヒウチにもわかったらしい。


「それにしてもシーナ、短期間でずいぶんうまくなったな。練習したのか」

「はい。一度出せるようになってから、部屋で少しずつ。あとは……」

 言いよどんでから、ヒウチに隠すのも不義理ふぎりだと思い、言葉をつづける。

「時々ソウヤが来ていて、教えてもらいました」


 その言葉に、ヒウチが固まる。

「やはり、ソウヤは、シーナのところに来ていたんだな」

 ヒウチがゆっくりと問いかけるのに、椎名は頷いた。

「はい……何も言わずに、ごめんなさい」


 中央府ちゅうおうふは彼の統治する地域だ。何も言わずにソウヤを勝手に出入りさせていたのはまずかったかもしれない。今更いまさらそのことに思い至り、椎名は身体を固くした。しかし、ヒウチは首を横に振る。

「シーナが気にすることではない。最初、宿で口止めされていたしな。シーナにとってはソウヤの言葉は何よりも重いだろう」

「そこまででも、ありません」

 とっさに否定してから、少し考える。


「ソウヤの盾の話は、とても参考になりました。でも、それ以外の話でソウヤを最優先にしているわけではありません」

 椎名がそう付け加えると、ヒウチは納得したように頷いた。

「盾の話が参考になるのは、そうだろう。盾は彼の一族から、人間たちが教わったものだからな。私も直接話を聞いてみたいくらいだ。……しかし、それ以外の話も、私の話とはだいぶ違うんじゃないのか」


 そう問われて、しばし考える。ヒウチは、椎名が知らないこの世界のことについて色々教えてくれる。しかし、ソウヤは自分のことやこの世界鏡界のことを話すよりむしろ、椎名の住む世界現界に興味があるようだった。会えば質問をされるばかりで、本人の話はほとんど聞けていない。だから、彼が質問してきた内容とわずかにこぼした彼自身の話を組み合わせて、鏡界にかかわるエピソードを思い出す。


「ソウヤは、自分のことを先住民族だと言っていました。だから後から来た人たちに盾を教えたのだと。……それ以外は、ほとんど雑談です。わたしが住んでいた世界……現界でどんな暮らしをしていたかを、実際に暮らしていた場所を見ながら話しています」

「シーナの生活に、関心があるのか」

「そんな気がします」

 話していて、椎名はひとつ思い出すことがあった。


「そういえば、最初にこちらの世界に来た時、わたしが名乗る前からソウヤはわたしを“シーナ”と呼んでいました。あの時はソウヤが、姿を見せる前からわたしとヒウチさんの話を近くで聞いていたんじゃないかと思っていました。でも、現界に行って話をするにつれて、もしかしたらもっと前から、ソウヤはわたしのことを知っていたんじゃないかと思うようになりました」

 椎名の言葉に、一瞬ヒウチは厳しい表情をつくる。

「それは、なぜ」

 ヒウチの固い雰囲気にたじろぎながら、椎名は言葉を繋ぐ。


「ソウヤと現界に行く時、わたしとソウヤは空の上から街を見て話します。そのとき、二人で金色のじゅうたん……あれも盾だと思うんですけど、それの上に立っているんですが、足元を歩いている人からは、わたしたちの姿が見えていないようなんです。だから同じような力を使って、わたしが知らないところで、ソウヤがわたしのことを見知っていたのかもしれないと思いました」

「ソウヤは浮遊盾ふゆうたても扱えるのか」

「浮遊盾?」

 聞き返すと、ヒウチは小さく首を振った。


「あ、独り言だ。……浮遊盾は、基本盾とは性質が異なる「特殊盾」の一種だ。盾者の中でも使える人は一握りだろう。私は扱えない。

 しかしソウヤがシーナを見つけたいきさつがわからないとなれば、何故シーナを鏡界に招いたのかもわからないままだな」

 独り言といいつつ解説をしてくれたヒウチだが、続く言葉に椎名はうなだれた。


「ごめんなさい……ソウヤと話していると、どうしても自分ばかり話してしまって。色々質問しないといけないと思っていても、ほんの少しだけで終わっていました。自分のことなので、聞くべきだとは思っているのですが」

「いや、謝ることではない。ソウヤは自分の話をなかなかしてくれないことで有名だ。しかし、シーナ。こちらに来た理由を“聞きたい”とは思わないのか?“聞くべき”と言っていたが」


 ヒウチの問いに、はっとした。


「言われてみれば、そうですね……正直、聞かないといけないとは思っていますが、積極的に聞きたいとはあまり思ってない、かもしれないです」

「理由を聞いても、いいか」


 椎名は逡巡しゅんじゅんした。さきほどからヒウチが質問一辺倒いっぺんとうなことにも気になる。それに、聞かない理由は椎名自身、よくわかっていない部分もある。考えながらゆっくり言葉を選ぶ。

「理由を聞いたら、ソウヤがわたしをこちらに呼んだ目的はわかるかもしれません。でも、一度目的を知ってしまえば、その目的が達成されたらわたしは現界に帰らないといけない。わたしは、現界に帰りたいと思えないんです。目的を知った瞬間、こちらの生活の終わりが見えそうで、それで嫌なのかもしれません」


 口に出してしまうと、子どもっぽいわがままのようで椎名は久しぶりに自分に嫌気がさした。しかし、ヒウチは真剣な表情を崩さない。

「では、シーナもソウヤの目的はわからないが、ソウヤの意志に関係なく鏡界に居たい、と思っているんだな」

「はい」

 肯定の意志は、自分が思ったよりも小さい声になった。


「あの。こんな中途半端な考えで。忙しいヒウチさんにもこんなに時間を使ってもらって。特に役に立つこともしていなくて。わたし、ここにいていいんでしょうか」

 ヒウチはわずかに目を開き、椎名の肩をつかんだ。強い力にびくっとするが、すぐにしゃがんで椎名と目線を合わせたときには、穏やかな表情に戻っていた。


「シーナの意志はシーナのものだ。シーナがここにいたいと思うなら、ここにいればいい。それに、言っただろう。私は君に頼みたいことがある。役に立たないなんてことは、ないはずだ」

 穏やかな表情のまま、ヒウチは立ち上がる。

「では、頼みごとをお願いしようか……その前に、やるべきことがいくつかあるがな。ちょっとついてきてくれるか」


 答えを聞かず歩き始めるヒウチに、椎名は深く頭を下げた。

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