十四話 オウウ

 ヒウチの元を辞し、オウウは自室へと向かう。


 中央府に小部屋を与えるというヒウチの申し出を丁重に断り、中央府にほど近い粗末そまつな小部屋を借りていた。

 仕事で中央に来たとはいえ、オウウは北の出身であることに誇りを持っている。稼ぎの良い中央の任務をこなしたらいずれ北に戻り、シウラのもとで働きたい。そのためにも、中央府に過度な借りをつくるのは避けたかった。


 それに……と連絡を取るときに、中央府内の居室では色々と不都合だ。


 オウウは小部屋に入ると、中から戸を丁寧に閉めた。戸は合わせ板を組み合わせただけの単純な造りだが、戸枠にはまると同時に淡い水色の光を放ち、収まる。

 光が完全に消えるのを確認してから振り返り、部屋を見渡す。がらんどうの部屋でひときわ異彩を放つ、ひと抱えほどの大きさがある盾枠たてわくに近づくと、枠を手でゆっくりなぞる。

 ほどなくして、枠に薄い水色のまくが張られる。霧がかかったかのようにぼやけた膜の中に、わずかに人影が見えた。


「オウ、ウ。オウ、ウ。聞こ、え、るか」

 途切れ途切れに聞こえる音と、音を発する人影に向かって深く一礼する。

「はい。聞こえております。わたくしの声は聞こえておりますでしょうか。少し、あなたさまの音声は遠いようですが」

「時差は、あるが、聞こえ、ている。盾枠、を改造した、急ごしらえ、な通信盾つうしんたて、にしては、ずいぶんと、性能がいいだろう。我が姿を、写す必要も、ないからな。声が、聞こえていれば、それで十分だ」

「よろしゅうございました。あなたさまの寛大さには恐れ入ります。……時間が遅くなり、申し訳ございません」

「かま、わない。それだ、け、そなた、の任務が、多忙、ということ、だ。そなた、にとっても、喜ばしい、ことだろう」

「はい。特に今日は、あなたさまにとっても私にとっても、重要な事実がわかりました」

 オウウがそういうと、人影がゆらいだ。

「それは、『スナの、手記しゅき』に、対す、る、進捗、あった、ということ、でよいか」

「はい」

「して、内容は」

 急かす影の主を、オウウは表情を変えずに見つめた。


端的たんてきに申し上げます。シーナという少女は、中央府がもつ『スナの手記』を完全に解読できるようです。私どもが自分の書き言葉を読むのと同じ速度で。

 なまじ文量が多いので、翻訳作業には時間を要しますが。一ヶ月もあれば、私たちの言語にて手記の内容を完全に把握することが可能となるでしょう」

「少女が語った『スナの手記』の内容、聞かせてくれるか」

「はい」


    ○ ● ○


 今日聞いたばかりの手記の内容を告げたあと、オウウと影の間を沈黙が貫く。影の主が黙るのはよくあることなので、オウウは辛抱強く答えを待った。

「シーナという少女、そのままにはしておけぬ。此方こちらにて然るべき手を打つ。そなたは変わらず、ヒウチの指示に従い翻訳作業に努めよ」

御意ぎょい

 オウウは深く頭を下げる。

 ゆっくり顔を上げたとき、水色の膜から人影は消え去っていた。

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