二十五話 北府への旅3

「周りには、誰もいないようだ。ヒウチ殿、シーナ。申し訳ないが、この者たちを運ぶのを手伝ってくれないか」

「どこまでだ?」

「すぐ横に、緊急の野宿用に作られた広場がある。そこに拘束した状態で集めておく。あとはこの地区の担当者に任せる」


 シウラはそういうと、胸元から細い木の筒を取り出した。それを口に当てて、強く息を吹き込む。

 ピュルイ、という甲高い音が山の中に響き、消えた。

「これで、アシロが気づくはずだ。道の途中で会うだろうから、そのときに状況は伝える」

「北府の盾者たてしゃは耳がいいっていうのは、本当のことなんだな」

 自分が拘束していたヤタノカミを引きずりながら−足は椎名が抑えている−ヒウチがいうと、影を肩にかついだ−足は地面を引きずっている−シウラは事もなげに頷いた。

「見てわかる通り、北府の敷地の多くは森の中だ。視覚より聴覚に頼らなければならないことが多い。森林地区を守護する者は、音を聞くだけでそれが発せられた場所は大体把握できる」

「すごいな」

 ヒウチはそう嘆息たんそくする。椎名も頷いた。

「今の笛の1回だけで、場所が分かるということですよね。その、シウラさんが吹いたっていうことまでわかるんですか」

 シウラは担ぎ上げた影を勢いよく地面におろしながら、視線を椎名に向ける。

「良い質問だな。この笛は、北府の者は全員所持しているが、みな音が違う。アシロ……ここの担当者であれば、今の笛を俺が吹いたことはわかったはずだ」

「それは便利だな。通信盾つうしんたて要らずだ」

「ミネ殿が通信盾を開発されたのはごく最近だからな。その前からこの地を守護していた我々は、地形にあった連絡の取り方を生み出す必要があった。必然的なことだ」

「北府のそういう姿勢、私も見習わないとな」

「ヒウチ殿こそ、臨機応変な状況対応に長けていると思うが」

「いやいや」

 ヒウチは首を横に振り、シウラの周りに折り重なって倒れる影に近づく。

「私は他の守護者のように"新たな盾”を生み出す才能が無いからな。基本盾で何でもやろうとするのは、意地とか見栄みえみたいなもんだ。今みたいにシウラの剣盾つるぎたてを見ると、改めて自分の凡庸ぼんようさを思い知らされるよ」


「え、シウラさんが出していたのって、盾なんですか?」


 自虐的なヒウチに何か言おうとしたシウラに構わず、椎名は口を挟んだ。話題転換すべきだと思ったのか、シウラは椎名に向き直る。

「ああ。補助道具が必要だが、相手と打ち合う部分は盾だ」

 シウラはそういって、腰元から金属の固まりをふたつ取り出す。一瞬八咫ノ銅鏡やたのどうきょうに見えたそれは、よく見ると四つの花弁のように広がり、手元は握れるようになっていた。ちょうど、刀の柄のような形だ。次の瞬間、柄から真っすぐ、細長い青い線が伸びだしてきた。


「皆刀だというから、便宜上剣盾つるぎたてと呼んでいるが、性質は基本的な盾と変わらない。盾を細くして、繊細な操作を可能にしたと思えば良い」

「短冊か、長四角ってところか」

「ああ。問題はこれの扱いに補助具を使う点だ。盾とは別の修練を要するから、今は俺しか使えない。だが、本質は基本盾だ」

「盾なのに、剣……」

「シーナも見ただろう。これの用途は弾くことと叩くことが主だ。斬ることはできない」

「クロスの力を入れ込んだら、切れるかもしれないけどな」

「クロスはそもそも、細やかに操れる術者がヒウチ殿しかいない。俺はそれよりも、これの汎用性を高める方を優先させたい」

「そうか」


 ―シウラさんの言うことは事実だとは思う、けど、木刀とか、斬れない刀もある。やっぱり刀なんじゃ……でも、青色でシウラさんの意思で出し入れできるってことは、盾?見た目と力はどう見ても、盾じゃないけど―


「シーナ、大丈夫か?」

「あ、はい」

 盾なのに剣、というのがしっくりこずに混乱していた椎名は、ヒウチに話しかけられて我に返る。折り重なって倒れていたヤタノカミと思しき影たちは、いつの間にか全て隅に集め終わっていた。

「なんだか、盾って万能な気がしてきました」

「そうかもな」

 ヒウチが小さく笑った。


「シウラの剣盾は、盾の概念を大きく変えた。頭の使い方次第で、盾は色々な応用がきく。自分が何をやりたいか、それに合わせて工夫すれば、今無い用途も含めて本当にいろいろなことができるだろうな」

「ああ。これから俺が剣盾の精度をあげるのはもちろんだが、ほかの盾者たちからどういった技術が生まれるのか、楽しみだ」

 口を動かしながらも小路こみち周辺の後片づけ―影を移動させたあとも身体がぶつかって折れた木の枝が道を塞いでいたり、打ってきた吹き矢の針が地面に刺さったりしていた―をしていたシウラは、小路にできた小さい穴を土で埋めて立ち上がる。

「とりあえず、道の整備はこれくらいでいいだろう。あとはアシロがやってくれる」

「先へ進むか」

「そうだな。だが、二人とも疲れただろう。今日中に着ける距離に、駐在所があるからそこで休もう。湯にも入れるから、このあたりの休息施設のなかでは一番身体を落ちつけられる」

「お、湯治施設つきか。いいな」

「温泉、ってことですか?」

「大体同じだな。温泉なら中央府にもかなりの数あるが、北府の温泉は疲れを取るのに良いって聞くからな。実はちょっと楽しみにしていた」

「それはよかった。観光客用ではないから見た目は大したものではないが、湯自体はこのあたりの天然産だ」

 身体についた土や葉を払いながら、ヒウチと椎名はシウラに近づく。


「もう少し、歩いてもらわなければならないが。大丈夫か」

 シウラが念を押すようにヒウチを見る。

「ああ。湯治ができるときいて元気になった。シーナも、まだ歩けるな」

「はい。わたしはさっき、ほとんど動いてもいないですし。大丈夫だと思います」

「では出発する。申し訳ないが、もう少しこの道をついてきてほしい」

「了解だ」

「はい」


 一行はシウラ、椎名、ヒウチの順で再び山の中で歩を進めていった。


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