十八話  守学校1

「ここ、ですか」

「そうだ。シーナの住む世界にも、こうした施設はあるのか?」

「はい。似たような施設はあります、が作りはぜんぜん違います」

 そう答えて、椎名は周りを見渡した。


 黒い木造の校舎。二階建ての建屋は、大きな縁側がついている。縁側の先、現界げんかいでは校庭か庭が広がっている場所の手前半分には生垣で囲まれた空間が、奥半分には別の建物が見える。生垣の隙間から中をのぞくと、砂利道と小高い丘がつくられているのがわかった。


「手前にある生垣の中と、奥の小屋が盾の練習場だ。

 奥の小屋は天気が悪い日と、盾の基礎練習用だ。小屋で盾の出し方を学んでから、生垣で実戦練習をする。生垣の中は中央府の環境に似せてある。ここで、自分の身を守る盾の使い方を学ぶ。両方の訓練を繰り返して、盾者としての実力をつける。右の大きな建物は座学用だ。いったん、こちらに行って学長に挨拶に行こう」

 ヒウチが説明しながら校舎に近づくと、手前の引き戸が触れる前に開いた。中から顔を出した長身の男性が、ヒウチを見て固まる。


「っと。お前、ヒウチか?今日はお忍びか」

「ああ、久しぶりだな、カワジ。学長には許可をいただいている。ヤタカガミの訓練生が発動練習を始めたと聞いたので、様子を見に来たんだ」

「そうか。そちらの女の子は?」

「シーナという。私の調査を手伝ってもらっている。学長は学長室にいらっしゃるか」


 すぐに話を変えたヒウチに思うところがあったのか、カワジと呼ばれた男性は椎名をじっと見てから扉の奥に視線を向ける。

「ああ。今の時間は学長室だ。せっかくだから、おれが案内するよ」

「助かる」

「おう。こっちだ」

 校舎は床も木の板張りだった。一歩一歩踏みしめるたびに、キシ、キシと釘と木がこすれてきしむ音が響く。夜来たら恰好の肝試しスポットになるな、と椎名は思った。


    ○ ● ○


「ここが……」

「ああ。下からはわからなかったな」

 学長の許可を得て、ヒウチと椎名は校舎の屋上に上っていた。学長室から屋上までも案内してくれたカワジは授業の準備があるとかで、校舎内へと戻っていった。


 屋上は、わずかに斜めに傾く屋根をくりぬいた形にできていた。校舎の廊下よりも柔らかい床材が敷かれて歩きやすい。屋根より低いこの場所は周囲からの視界が遮られ、ちょっとした隠れ家のようになっている。誰の視線も受けないスペースで、椎名は駆け出した。


「いいですね。ここ。わたしの学校にこんな場所があったら、もっと学校に入り浸りそうです」

 椎名が通う中学校には、学生が入れる屋上はない。どこにあるのかもよく知らないが、いつも施錠せじょうされていて、立ち入り禁止になっていると聞いた。これだけ広くて居心地がよい屋上があるなら、本を読んだりぼんやりするのによさそうだ。

「私も、ここは初めて来た。ヤタカガミの発動訓練にしか使わないらしいからな。いわば特待生専用空間だ。シーナ、せっかくだから久しぶりに盾の練習をするか」

「えっ、今ですか?」


 さすがに、学生たちが来る前に勝手に使うのはまずいのではないだろうか。そう思って聞き返すと、ヒウチはすでにしれっと正円の盾サークルを出していた。

「ヤタカガミという特殊盾用とはいえ、盾を練習するための場所であることに変わりはない。ならば、盾練習場としての使い勝手を見るのも仕事の一環だ」

「わ、わかりました」


 真面目なのかそうではないのか怪しいヒウチの発言に、上手く丸め込まれたような気がする。それでも、対人で訓練するのは久しぶりでわくわくするのも確かだ。椎名はおとなしく従うことにして、ヒウチと向かい合って立った。一度正円の盾サークルをしまったヒウチは、わずかに目を細めた。

「久しぶりだが、自主練習は続けていただろうから、最初から応用版で行く。ランダムに盾を出してぶつけるから、それに合わせてシーナも盾で防御するんだ」

「了解です」

「よし。……行くぞ」

 いうや否や、ヒウチの胸元から黄緑色の光が生まれる。細い光が、まっすぐこちらへ向かってくる。

 ――あれは、クロス――

「オーバル!」

 椎名が出した盾に、十字の傷が付く。クロスは直ぐに消え、傷も消える。

「よし、これはどうだ?」

 先ほどと同じ光がきらめく。

「っ、オーバル」

 今度は盾に強い衝撃を受けた。盾を手に持って掲げているわけではないのに、強く押されている錯覚にとらわれる。黄緑色に光るバツ印が、楕円の盾オーバルに食い込んでくる。

「守りを固めるだけでは、他人ひとの盾は防げないぞ」

「っ、サークル」

 余裕そうなヒウチの言葉が悔しくて、シーナは言い返す代わりにもう一つの盾の名前を呟いた。ヒウチの目の前に真ん丸な盾サークルが形成される。アバウトな照準合わせだったが、ヒウチの意表を突くことには成功したらしい。クロスの力が一瞬弱まり、その隙に一気に元々出していた盾……オーバルを押し込んだ。

「やるな、シーナ」


 十字の盾クロスをすっと消して、ヒウチは口角を上げた。少年のようにきらきらした目で椎名を見ている。

「う、これだけの盾を、立て続けで出されたら持ちません」

 急にクロスの圧力が抜けた反動でバランスを崩した椎名は、つんのめった体制を必死に戻しながら答えた。どうしても、恨みがましい言い方になってしまう。


「守りを固めるだけでは攻撃を防げない、と言われても。盾って守るものですよね。小手先の切り抜け方しか思いつきませんでした」

「いや、それが大事なことだ。他者から攻撃を受けるとき、相手が型にはまった盾を出してくれるわけではない。そもそも、相手が盾で攻めてくるとは限らない。その中で、その場を切り抜ける方法を咄嗟とっさに思いつくことができるかが、自分を守れるか否かの分かれ目となる。

 だから、相手の力にされた時の切り抜け方の正解はひとつじゃない。シーナが思いついたやり方で切り抜けられれば、それが正解だ」

 いったん言葉を切ってから、ヒウチは再び正円の盾サークルを出す。


「オーバルで攻撃を受け止めつつ、相手の目の前にサークルを出して撹乱かくらんする。同時に二つの異なる盾を出すとはな。なかなかできることじゃない」

「あ、ありがとうございます」

 にこにこしているヒウチの様子に毒気を抜かれ、椎名は素直に頭を下げた。椎名との訓練が楽しかったのか、特待生の練習場を使えたのが面白かったのか。いずれにせよ、今この空間をヒウチが椎名以上に楽しんでいるのはたしかだ。

「ヒウチさんって、学校の先生に向いてそうですね」

「それはとても贅沢ぜいたくな授業になりますね」


 ふとこぼした言葉に対して見知らぬ声に応えられ、椎名はどきりとして周囲を見回す。ヒウチの背後から、黒髪の中性的な美人が顔を出した。続いて、同じくらいの背丈の男女が続々とやってきて、椎名とヒウチの間に並ぶ。

「君たちが、賢者の候補生かな?」

 賢者……鏡張みばりのみずうみをヤタカガミの力で守る人々。その説明は、さきほどヒウチから聞いていた。素質を認められた学生たちは、文字通り「訓練生」として練習を重ねて賢者の地位を継ぐのだということも。

 ヒウチの問いかけに、先ほどの美人が頷いた。


「はい。わたくしたちがヤタカガミの発動権利をいただいておる訓練生の者どもです。守護者しゅごしゃさま、シーナさま、お待たせして申し訳ありません」

「そんな仰々ぎょうぎょうしく呼ぶ必要はないよ。シーナと一緒で名前でいい」

「あの、わたしも、みなさんとあまり年は変わらないので!様付けしなくてだいじょうぶです」

 若干めんどくさそうなヒウチの言葉に、椎名は慌てて付け加えた。五人の少年少女たちは互いに顔を見合わせていたが、一人が前に出ておずおずといった。

「では、ヒウチさまとシーナさん、本日はよろしくお願いします」

「ああ、むしろお願いするのはこちらのほうだ。突然の頼みですまなかった。今日はよろしく頼む」

 ヒウチがそういって頭を下げると、五人の表情が明るくなった。


「謝らないでください。わたしはヒウチさまに盾を見ていただくのを楽しみにしておりました」

 そういって、黒髪美人が四人を振り返る。皆大きく頷いている。

 自分と同じ歳くらいと言ってはみたが、ずいぶん大人びた話し方をするな、と椎名は思った。

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