九話  守護者の集い2

「心当たりは、ある」

「あるのか!」

 身を乗り出したシウラを前に、ヒウチはあごに手を当てて逡巡しゅんじゅんするそぶりを見せる。

「ある、が。中央の議題に関わることだ。併せて話をしたいところだが、トカワはまだ繋がらないのか」


「ぼくをお呼びですか、ヒウチ」


 突如割り込んできた柔らかい声に、シウラが周囲を見渡す。

「先ほどシウラが話している最中に接続があって、トカワが入った。途中で画面を切り替えるわけにはいかないからの。すまんの」

「ミネのせいじゃないだろう。その様子ではトカワ、声は聞こえているな」

「はい、大丈夫ですよ……皆さんの姿も今見えました」


 まったりとした声と同時に、小麦色に焼けた細身の男性、トカワが鏡の上に現れた。その自然体の姿に脱力しつつ、ヒウチは言葉をつづける。

「遅刻した理由は後で聞くとして、話を元に戻すか。シウラ、周りを見渡さずともトカワは入っているようだぞ。全員そろったことだから、先ほどの質問に答えつつ中央府の議題に入りたいんだが、構わないか」

 シウラは気まずそうに目線を泳がせたが、すぐにヒウチを見据える。

「あ、ああ。すまない。この通信盾にはどうにも慣れない。……ヒウチ殿、続きを頼む」

「わかった」

 ヒウチはゆっくり、大きく頷くと立ち上がった。


「結論から言おう。恐らくソウヤは、別の世界と行き来している」


 シウラ以外の三人が、目を見開いた。

鏡張みばりのみずうみを通っている、ということかの」

「いや」

 ミネの問いかけに、否定の言葉を発したのはシウラだ。

「ソウヤ殿の一族は、元々生身での世界の行き来が可能だったと聞く。ソウヤ殿ほどの力があれば、できたとしても不思議ではない」

「それに、鏡張みばりのみずうみ賢者けんじゃたちが守っている。あそこを使っているなら、管轄かんかつしている俺の耳に必ず入る」

「それもそうだの」


 ミネは一応頷くも、すぐに言葉をつなげた。

「では、なぜヒウチはソウヤの動きを世界移動だと考えるんだの?」

「理由は二つある。ひとつは今言った通り、ソウヤにそれができる力があること。もう一つは、ソウヤが世界を渡る動機に、心当たりがあることだ」

「心当たり、ですか」

 問いかけるトカワに頷きかけて、鏡越しの四人の顔を見据える。


「ここからは中央府からの報告議題に入らせてもらう。

 数日前、もう一つの世界から客人がやって来た……いや、正確には、ソウヤが連れてきた」


 ヒウチがそういったときの四人の反応は様々だった。大きく口をあけるミネとカササ、目を見開くシウラ。めったなことでは動じない(気にしない)トカワでさえ、目を瞬いていた。存分に驚いている様子は見てとれたが誰も声を上げないので、ヒウチは言葉をつづける。

「ソウヤとその客人――シーナという少女――は、それまで面識は無いようだった。少なくともシーナは、ソウヤが何者なのか全く知らなかった」

 ヒウチは、シーナがこちらの世界に来たときの様子をかいつまんで話した。


「……そういうわけだから、鏡張みばりのみずうみから元の世界へ返してよいものかもわからず、彼女のことは一旦いったん中央府で預かっている。……おそらくソウヤは、彼女に会いに中央府に来て、彼女が住んでいた世界に時折ときおり連れ出しているのだと思われる。それを把握できていないのは、私の確認不足だ。申し訳ない」

 ヒウチは画面越しに頭を下げた。

 再び頭を上げると、難しい顔をしたシウラと目が合った。


「ソウヤ殿は気まぐれだ。彼が中央の管轄かんかつ区内で動いていることに対して、ヒウチ殿が責任を感じる必要はない。しかし、幻界げんかいの客人が来ているとなれば話は別だ」

「げんかい?」

 なおも言葉を繋ぎかけたシウラを、トカワがさえぎった。シウラは一瞬口を固く結んでから、再度口を開く。

「俺たちが容易に到達できないもうひとつの、幻の世界。それをソウヤ殿は幻界と呼んでいる。くだんの客人が別世界から来たというのなら、その者は幻界の住人なのだろう。……解読できる書物が手元にない以上、ソウヤ殿の言葉から想像することしかできないが」

 シウラの淡々とした言葉に、ミネは何度も頷く。

「ソウヤは、自分のことを話さないからの。『スナの手記しゅき』を解読することができれば、ソウヤ殿の言動についてもわかるかもしれないのだがの」

「ああ。この世界の始まりが書いてあるっていう、アレか」


 ヒウチははっとして、こぶしを小さく握りしめた。


「ミネ、シウラ、カササ。実はその話なんだ。中央府の二つ目の議題は。……幻界の客人、シーナに『スナの手記』の解読を任せたいと思う」

 名前を呼ばれたミネは、鋭いまなざしをヒウチに向けた。

「ヒウチ、気持ちはわかる。今中央府にある『スナの手記』は、原本を幻界の客人が現代語に書き換えたものだといわれているからの。我々には読めずとも、今回来た客人が読める可能性はあろうて。

 だが、手記を見せる前に、やるべきことがたくさんあるのではないかの」

「同感だ」

 ミネの言葉に合意の姿勢を見せたのは、カササだ。


「ヒウチのことだ。年下の女子だから遠慮してるのかもしれないが、客人にはいろいろと確認しておいた方がいいだろうな。守護者しゅごしゃの基本だろう。『怪しき者は素性と目的をつまびらかにすべし』ってな」

「カササ、客人は犯罪者じゃないよ」

「それはわからないだろう、トカワ。そもそも悪事をたくらんでいるのか否か判断できるほど、ヒウチの話から情報は得られなかった。さっき何か言いかけてたが、シウラもそう思ってんじゃないのか」

「ああ」

 シウラはカササの問いに短く答えてから、逡巡しゅんじゅんする様子を見せた。

「トカワ殿の言うとおり、積極的に罪を犯したわけではない客人を、罪人と同じように誰何すいかすべきではないだろう。だが、仮にも中央府で守護している客人だ。客人に何かあった時、責任を取るのは中央府であり、おさのヒウチ殿になる。……客人を護るためにも、護るために必要な情報は本人から得ておくべきだと俺は思う」


 四人の言葉それぞれに、ヒウチは頷いた。

「ミネ、カササ、トカワ、シウラ。皆の言うとおりだと思う。私はシーナの心身の不調が無いかどうかに気を取られすぎて、大事なことを確認できていなかった。守護者として不適切な対応だった。申し訳ない。

 シーナはこちらの環境に慣れてきている。改めて、彼女にこちらにきた前後の出来事や、ソウヤとの話について確認しようと思う。

 ただ、ひとつ言えるのは、私たちが見ているソウヤについて、シーナは知らない。シーナがこちらの世界に初めて来た時、私は彼から『自分のことを話すな』ときつく言われたからな。だからシーナがソウヤについて知っていることは、ソウヤから直接聞いた話だけだ。こちらも先入観を持つことなく話を聞くべきだと思う。心してかかる」

「当然のことだの」

「そのうえで、」

 ヒウチは言葉を切り、改めて四人の顔を見つめた。


「今の部分までが中央府からの報告と私の反省だ。さきほど手記の話がでたから先走ってしまったが、私はシーナに『スナの手記』の解読を依頼しようと思っている。

 まだ少女とはいえシーナは学がある。恐らく読めるはずだ。ソウヤの力について、この世界の成り立ちについて。前々から知りたいと思っていた謎を解く鍵が、目の前にやってきたんだ。私は、この機会を逃したくはない」

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