二十一話 発露する力2

「シーナ、シーナ!」


 どれくらい時間が経ったのかはわからない。ただ焦ったように自分を呼ぶ声がして、椎名は声のする方に身体を向けた。右手の方から、必死な形相のヒウチと、無表情のカワジがこちらに向かって走ってくる。


「シーナ! 盾を戻せ!」


 目が合った瞬間、ヒウチが叫んだ。そう言われて初めて、椎名は目の前に展開されている光の束が盾であること、それが展開しっぱなしになっていることに気付いた。この盾を出したことで得られる爽快感が失われることを惜しいと思ったが、今まで見たことのない切羽詰まった表情をしているヒウチに従い、自分のもとに戻ってくるよう光の束に念じる。光は収束し、椎名の身体に入り込み、輝きが少しずつ消えていった。

 光の束が消えたあと、そこにいたはずのヤタノカミたちの姿は何処どこにも見えなかった。


「いま、のは、一体……」


 カワジの呟きに答えず、ヒウチはまっすぐに椎名の方に近づいてくる。

「シーナ、大丈夫か」

「はい」

 身体は何処も怪我をしていないし、頭もさきほどの光の余波でしゃんとしている。即答したせいかヒウチの方に少し間ができた。

「……シーナ、自分がいま何をしたか、わかるか」


 ヒウチの声と表情は硬い。しかし、それを気にして言葉を選べるほど、椎名自身何をしたのかよくわかっていなかった。

「あの、ヤタノカミ、だと思われる人たちに囲まれました。矢のようなものを持って突っ込んできたので、「あっちに行って」と思いました。そのとき、自分の身体から光が出てきて、ヤタノカミの前にあふれ出てきて……今気づいたときには、ヤタノカミの人たちはいなくなっていました」

 見たままの状況をそのまま告げるが、ヒウチの表情は変わらない。ただ黙って、椎名を見つめている。


「あの、」

 沈黙に耐え切れず椎名が何か言おうとしたとき、ヒウチがようやく重い口を開いた。

「私も今見たことしかわからない。が、状況から見て言えることがある。シーナ、君が使ったのは、ヤタカガミだ」


「はっ、いや嘘だろ!」

 間髪をいれずに、カワジが叫ぶ。

「その子、シーナは、八咫ノ銅鏡やたのどうきょうを持ってないんだろ? もちろん、北方王朝の血筋でもない。ヤタカガミを使えるはずがないだろ!」

「今までの前提条件の話ではなく、状況から見た推測の話だ」

 ヒウチはなおも口調を変えず、カワジを淡々といさめる。

「私たちが知るヤタカガミとは姿が違うが、“行使した盾の先にいる者の時間を巻き戻す”という効果が見られる。この効果がある盾は、やはり私たちが知る限りヤタカガミだけだ。姿が別でも効果が同じなら、おおむねヤタカガミか、それに近い盾を行使したと考えるのが妥当だろう」

「あ、それで言えば」

 ヒウチの言葉に納得し、黙って聞いていた椎名は思い出したことがあり口を開く。


「盾を出す前に、わたし、ヤタカガミのことを考えていました。二種類の盾……攻撃を弾く盾と、攻撃を取り込んで動きを塞ぐ盾を使った後に、ふたつを同時に扱えずに突破されてしまったんです。それで、ひとつの盾でどちらの攻撃も防ぐ方法はないかと思っていた時に、ヤタカガミを思い出しました」

「それで、気付いたらさきほどの光を出していた、ということか」

「はい」

「いやいやいや。ヤタカガミはちょっと思っただけで発動できるシロモンじゃないだろ」

「カワジ」

 元同僚を見やるヒウチの目は冷たい。

「もう一度言うが、今までの前提条件……を再確認しているんじゃない。を検証してるんだ」

「ヒウチ、」

 カワジは口を開きかけて、黙る。その視線にとがめるものを感じたのか、次にシーナに向き直ったヒウチの口調は幾分か柔らかくなっていた。


「シーナ。おそらくシーナは、ヤタカガミか、少なくともそれと同じ効果を持った盾を使ったのだろう。だが、先ほど守学校しゅがっこうで話を聞いて分かったと思うが、このはただのじゃない。八咫ノ銅鏡なしで使えるとなると、特別な意味をもつ。あまり人前でおおっぴらに使わないほうがいい」

「同感だ。もちろん、俺たちは他言無用、だよな……逃げてったヤタノカミの連中には口止めしようが無いが」

「ああ」

 頷いてから、ヒウチは顔をしかめる。

「不可抗力とはいえ、ヤタノカミに知られたのはまずいな。この件は私のほうで対応を少し考えてみる。カワジは、くれぐれも内密に頼む」

「了解だ。だが、一人で抱え込むなよ。お前ほど頭の回転は早かないが、相槌あいづちを打つくらいはできるからな」

「ああ。だが盾については、いろいろと確かめてみたいことがあるからな。補助盾なしでヤタカガミを扱えるならば、基本盾理論が実証されるかもしれない」

 突然椎名が知らない用語を連発したヒウチに、カワジがにやりと笑いかける。


「おい、シーナが置き去りになってるぞ。お前やっぱり、守護職よりも研究者のほうが向いてるよ。あるいはミネ師みたいに、研究に特化した守護者しゅごしゃになるか」

「知っているだろう。私がそんな二足のわらじをはき分けられるほど器用な人間ではないということを」

「ま、それがわかってんなら、なおのこと無理するんじゃねえぞ」

 カワジはヒウチの肩をぽんと叩くと、すたすた歩きはじめた。


「俺は学校に戻る。あんまり長居していると怪しまれるからな。“中央府のヒウチ殿のマニアックな研究薀蓄うんちくを聞いていた”とでも言っておくよ」

「人を変質的な研究者のように言うなよ……まあでも助かる。頼んだ」

「ああ。またな」


 軽く手を挙げて、カワジは去って行った。

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