秋 透さん 5
用具倉庫にあった分厚いマットを床に敷いて座る私とミオ、それと西洋甲冑。私の隣にミオ、その隣には西洋甲冑。ちなみにその西洋甲冑さん、今、兜を脱いで顔が無い。
なんと言ったか、ほら、向こうのお化けの、あの……、えと、そう、デュラハン。首無し騎士のデュラハン、そんな感じ。
その彼女にミオが楽しそうに言う。
「だから私、おにぎりはおかか派なんだよね。元々先祖はのり弁な訳だし」
それに明るい声で答える彼女。
「なるほどです。でも私、おにぎりは梅干し派ですね。バシッと王道いいじゃないですか」
なんだろう、さっきからなんか隣で二人めっちゃ談笑している。
ミオさんのコミュニケーション能力荒ぶってるし、そのお相手も中々お強い感じで、うん……。
彼女たちと違ってコミュニケーション関係の能力が万年寝太郎な私は無理に会話には参加しないで、と言うか上手く参加できそうにないだけだけど、一人黙って頭の中を整理することにした。
とりあえずこれまでの経緯を思い返してみる。
そのためにはまず新しく出会った登場人物である西洋甲冑さんの概要から思い返す。
先ず彼女の名前は
「透さんって呼んで欲しいです」
とのことなので、お言葉に甘えて透さんと呼んでいる。
透さんはこう見えて実は西洋甲冑とかデュラハンではないらしい。彼女の本体は中身。そう、空っぽに見える中身だ。なんと彼女、透明人間なんだとか。と言ってもそれも彼女の自称で本当かどうかは分からない。
でも確かに目の前の彼女の姿は見えないので信じるしかないのだけれど、見ている私たちにとっては紛れもなく甲冑が動いている訳で、認識できる見た目がその人を現すと言うのなら彼女は今西洋甲冑な訳だけど、あれ? うーん、分からなくなってきた。深く考えてしまうと透明人間って意外と結構哲学的存在? あー、うん、混乱している場合ではないし、それについて考えるのは一旦止めよう。
透さん曰く、彼女はいつもこの体育館周辺にいるらしい。
「私の縄張りってやつですね」
だそうだ。
そして今日も今日とてその自分の縄張りである体育館で遊ぼうと思った彼女が、先日見つけたと言う西洋甲冑を着込んで、意気揚々と倉庫から出て来たらちょうど話し声が聞こえて来たそうで、驚き慌てて用具倉庫に戻って隠れたんだとか。
ちなみにその話し声って言うのが私とミオで、私たちは透さんが戻り隠れた用具倉庫に用があった。
近付く気配に透さんは焦った。逃げられない、甲冑を脱ぐ余裕もない。困った彼女はとりあえずポーズをとってそのまま西洋甲冑のふりをしてやり過ごそうとした。
だけど結局さっきのこけし落下事故。思わず体が動いてしまったのだそうだ。
あのあと、ミオの上に覆いかぶさった彼女は言った。
「大丈夫でしたか?」
「あ、ありがとう」
もちろんミオも私も驚いていた、けれどちっとも怖がらないミオと全然騒がない私。そんな私たちの様子に透さんは逆に驚いていたみたい。まあ私はただ声が出なかっただけなんだけど。
とにかくそれで透さん、思い切って私たちと話してみようと思ったらしい。
「あ、あの、少しお話しをしませんか?」
そう言って屈んでミオに手を差し出した内股の動く西洋甲冑の姿は全然怖くなかった。
「久しぶりに人とお喋りをしたいと思っていたんですよ」
あとで彼女はそう言っていたんだけど、透さん元々人懐っこくてお喋りな人なのかも知れない。横で見ているとそんな風に思う。
とまあ、こうして現在に至った訳だが、しかし私もこう言う変な状況、ちょっと慣れて来たな。順応性が上がったと言うか、上がってしまったと言うべきか、むむむ。
一人で眉間に皺をよせ悶々としていると、ミオが私を呼んだ。
「ねえねえさくら、ほら、透明キョンシー」
「キョンキョン」
透さん、お札の付いた中華帽子を被っている。ちなみにこの帽子がさっきミオが頭をぶつけてまで手に入れた物だ。
手甲を嵌めた両手を前に伸ばし手首より先をだらりと垂らしている透さん。
「キョンキョン」
もちろん彼女は透明なので帽子は首のない西洋甲冑の上で浮かんでいるように見える。おまけに謎のポーズと変な鳴き声。
対応に困る私。
「あ、うん、へー、あはは……」
ごめん、キョンシー見たことないんです。
と、そこにミオの突っ込み。
「キョンシーはキョンキョンとは言わないでしょ」
「あれ、そうでしたっけ?」
とぼけた様子の透さん。
一瞬あと二人爆笑。
私は蚊帳の外。
あはは、うん、まあ、でも、うん、二人が楽しそうで良かったよ。
「ね、ところで透さんはなんで透明人間やってるの? 生まれつき?」
ミオが急に核心を突いた。でも私もそれは気になるところ。
私たち二人に視線を向けられた透さんは少し黙ったあとに答えた。
「透明になりたいなあと思っていたらいつの間にかなっていました。生まれつきではないですよ」
「へー、そうなんだ」
ミオの簡単な返事で終了した。
軽い。透さんもミオも凄くあっさりしている。いいのかそれで?
私のちょっと不満気な表情を見たのかミオが微笑んで言った。
「ま、いいじゃん」
続けて透さんも。
「すみません」
彼女は透明だから見えないけれど、きっと舌をペロッと出して笑っている。
はあ、まあ、追求してもしょうがないことか。
「はい、いいです、それで」
正直に言うと、透明人間の秘密を知りたくなかった訳じゃない。だけど、不思議愛好家の一人としては、不思議なものは不思議なままにしておきたいっていう気持ちもある。それも正直な気持ちだ。だから、しょうがない。彼女は彼女のままでいいとしよう。
するとその時、外から突然大きな音。何かを壁にぶつけたような鈍い衝突音が窓の外から聞こえて来た。
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