秋 透さん 7
透明なのでその姿を直接見た人は居ないが、動く甲冑、首だけゾンビ、低空飛行手首など、透明な彼女が遊び動かしているであろう様々な物の目撃証言はある。
性格は明るく人懐っこくてお茶目。彼女はいつもチャンスがあれば人と話をしてみたいと思っている。特に同年代? の女子と。
だからもしも少人数の女子だけで体育館に行くことがあれば、高確率で彼女に出会えるかも知れない。
実は彼女は元々普通の人間で透明人間では無かったらしい。彼女が透明になってしまった理由は不明だが、本人はあまり気にしていない。
おにぎりはバシッと王道梅干し派。
文化祭当日。
校内を一通り見て回って、私は一人校庭にやって来た。
青空に映える活況と、乾いた風がどこからか運んで来る香ばしい匂い。
今日は校庭にもたくさんの屋台が並んでいて校内同様お祭りの会場となっている。
「さてと」
賑わう辺りを一度見回して私は足を踏み出した。
校内ではなくここを突っ切って待ち合わせ場所の職員玄関まで行こうと思ったのは、このあとミオと文化祭を見て回る約束をしているから。その下見になればいいと思ったのだ。
ちなみに現在ミオはクラスの仕事でゾンビに変装中。私とはその仕事が終り次第待ち合わせ場所で合流する予定だ。とは言え私も結構校内をぶらついていたので、もうそんなに待つことは無いと思うけれど。
私はそれぞれの屋台に視線を送りながら人波の中を歩いていく。
さっき貰った文化祭のしおりに書いてあった通り、校庭は運動部の食べ物系屋台がメインのようで、あちこちから美味しそうな香りが漂って来て鼻をくすぐる。胃袋もそれに反応する。
あー、これはあとでミオと食べ歩きだな。
両手に抱えきれないほどの食べ物を持って歩くミオ、その中にはおにぎりもあったりして。
そんな場面を想像して一人頬を緩ます私。
その時、頭を過ったのは見えない彼女のこと。
そう言えば、透さんは今どうしているのだろうか。
今日は体育館も文化祭の会場になっているはずだし。あ、でも、彼女のことだ、そんなことお構いなしに案外普通に文化祭を見て回っているのかも知れない。彼女なりに楽しみながら。彼女はそう言う明るい子だ。
……だけど。
ごめんね。ありがとう。
最後に聞いたあの言葉がどうしても私に考えさせる。
だったらどうして彼女は透明になりたいなんて思ったんだろう。
どうして、ごめんね?
透明。
そう言えば、いつだったか私も自分のことを透明人間みたいだと思ったことがある。
誰からも相手にされず、話も聞いてもらえず、そこに居るのに居ないみたいで、まるで透明人間みたいだって。
あれは決していいものではない。ただ寂しくて孤独で、決して自分から望むようなものではない。でもじゃあどうしてそんなものに彼女はなりたがったのだろうか。
本当に彼女は透明になりたかった? それとも、それとももしかして、自分を、消してしまいたかった?
正面から吹いた優しい秋の風が私の足を止める。
目の端に桜の花弁が舞った気がして振り返る。
すると人波の真ん中にポツンと空間が出来ていて、私はそこに明るい笑顔で大きく手を振る透さんを見た気がした。
ああ、でも、いいか、彼女が今笑えているなら。変に私が詮索することじゃない。
そう思えた私は透明な彼女に小さく手を振り返して、また待ち合わせ場所へ向け歩き出した。
ぼんやり校庭を眺めると遠く屋台の向こうに桜の気配を感じる。
職員玄関に来たもののまだ早かったようで私は意外と待たされていた。
なんとなく周囲に目をやる。
ここも文化祭用に装飾されていて普段よりも賑やかだ。何かのイベントの運営用スペースやごみ箱、休憩用ベンチもある。それに待ち合わせなのか、私と同じように立っている人も数人。
まあ、そんな中でいつもと変わらず立派な時計は変わらず止まったままだけど。……でも、前に見た時よりも進んでる? いや、気のせいか。
手持ち無沙汰な私は文化祭のしおりを開いた。
なんの気なしにパラパラめくっていると、とあるページに目が留まった。
そこは文化祭実行委員が書いたコラムのページで、この学校にまつわる不思議について書かれていた。
『例に違わずこの学校にも不思議は存在している。』
そんな風に始まったコラムには、どこの学校にもある、定番の『不思議』がこの学校にもあること、それと同時にこの学校には他の学校にはない特有の『不思議』もあると言うことが書かれていた。ちなみにそれは私も知っている話だった。
『動かない時計。散らない桜。』
いつかミオが言っていたやつだ。
それと私が知らないはずの話がもう一つ。
『屋上の……。』
だけどそれを見た時、私は既視感を覚えた。
「あれ? これ……」
前にも読んだことがあるような気がする。でも、あれ、いつ……? その時も私、確か、ここで……。
既視感をなぞるように顔を上げ屋上の方を見ようとした時だった。
「さくら」
意識を現在に引き戻すように聞き慣れた声が私を呼んだ。
そちらを向くとミオが手を振っていた。
「あ、ミオ、と……」
「遅くなってごめん。ちょっと寄り道してて」
そう言うミオの隣にはもう一人、良く知っている顔があった。
「あやちゃん」
「……さくちゃん、久しぶり」
少し気まずそうにそう言ったのは
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