秋 透さん 8
私も上手く言葉が出て来なくて「あ、えと……」なんてモゴモゴしながら、
「ど、どうしたの?」
と、やっと一言そう聞いた。
「あ、私、さくちゃんに……」
どこか神妙な面持ちで彩花が何かを言おうとした時、ミオが手を挙げ割って入って来る。
「はい、私が彩花さんを連れて来ました」
私と彩花の視線がミオの顔で交わり、それを合図にしたようにミオが話し出す。
「ほら、前にさくらから一年生の頃のこと聞いてたから。今度こそは一緒に文化祭を過ごせたらって。私もあやちゃんと仲良くなりたいと思ってたし、ちょっと驚かそうとして黙ってたのはごめんだけど」
「そ、そか」
ミオに返事をすると彩花も頷いた。
「私もずっと……」
「まあまあ、積もる話もありますが焦らなくても大丈夫だから、とりあえず座らない? あやちゃんも重いでしょ? それ」
ミオにそう言われて私もやっと気が付いた。二人とも片手にビニール袋を幾つか提げている。
「あ、そうだね。あやちゃんごめん、私も気が付かなくて」
振り返り休憩用のベンチを確認するとちょうど空いていたので、私たちはそこに移動することにした。
私と彩花が並んで、ミオがこちらを向いて向かいのベンチに座る。
「待ちくたびれてると思って色々買って来たんだ」
そう言ったミオの隣にはパックに入った食べ物の数々。
たこ焼き、焼きそば、から揚げ、クレープ、ピザトースト。このベンチの上だけでもちょっとしたお祭りのよう。
「あとあやちゃんからも」
「あ、これ、うちの部活の……」
ミオに促されて彩花もビニールから小袋を取り出した。それは個包装にされている網目模様の焼き菓子。
「ベルギーワッフル。そか、今年もやってたんだ」
「うん、伝統だから」
「さくらまだ食べたことないでしょ? 美味しいよ。ね、先に食べてみてよ」
「え、あ、じゃ、じゃあ……」
ミオの勧めに私、ワッフルを受け取って早速一口頂く。
表面はサクッとそれでいて中はふんわり、そして優しく口の中に広がるパールシュガーの甘さとバターの香り。
「美味しい」
自然と零れた言葉に彩花が微笑む。硬い蕾が綻ぶように。
その顔に私もつられて、ふっと力が抜けて、変に緊張していたことに、それと同時に同じように彩花も緊張していたのだと言うことに今更気が付いた。
急にミオが立ち上がる。
「あ、そーだ、飲み物忘れてた。買って来るから二人で話でもしながらちょっと待っててよ。先に食べてていいからさ。ほら進化系のり弁もあるし」
「進化系のり弁?」
聞き慣れない言葉に彩花が首を傾げた。
「あ、おにぎりのこと」
すかさず私がフォローを入れる。
ミオは隣のビニール袋から最後の一パックとしておにぎりの詰め合わせを取り出した。
しかし本当にたくさん食べ物買って来たんだな。きっとあとで食べ歩きもしたいって言うんだろうな。胃袋のリミッター解除しておくしかないなこれは。
「味は三種類ね。おかかは取っておいてね。あやちゃんは何にする?」
「え、じゃあ、梅干しかな」
そう言えば昔からあやちゃんは梅干し派だったっけ。
ちなみに残りの一つはシーチキン。元々シーチキン派の私にはちょうどいい。
「うん、やっぱりバシッと王道だよね。あ、じゃあ、ちょっと行って来るね、すぐ戻って来るけど無言じゃ気まずいくらいの時間はかかると思うから、うん、なんか、適当にさ、お喋りしててよ、ね」
最後に早口でそう言うとそそくさとベンチから離れて行くミオ。
一方残された私たちは、なんとなく返事をしただけでポカンと彼女が行った方を見つめていた。
少しして彩花が呟く。
「気を、遣ってくれたのかな」
「うん、そうかも。私たちが久しぶりだからだと思う」
「そっか」
「うん」
二人、黙ると感じる秋の空気。乾いていて涼しくて高い空へと賑やかな祭りの音を響かせる空気。それがどこか寂しくて懐かしく感じるのは私にも思い出す過去があるからなのかな。
気が付くと目の前に一年生の頃の私が背中を向けて立っていた。
制服が秋色の風に揺れている。
「……さくちゃん」
だけど呼ぶ声に振り返ることが出来るのは今の私だけだ。
「ん?」
「一年生の文化祭の日、約束を守れなくてごめんなさい」
そんなことを言って突然彩花が頭を下げるから少し戸惑ってしまった。
「え、あ、いいよ、そんな改めて、もう過ぎたことだし」
「うん、でも謝りたいのはそれだけじゃないの」
「それだけ、じゃない?」
「……うん、あの日を切っ掛けにそれからも私、色んなことを見て見ぬふりをして来た、あの日だけじゃない。一人で居るさくちゃんを見て、いつも話しかけたいと思ってた、このままじゃ駄目だと思ってた、でも、思ってるだけで私はいつも目を逸らしていた。部活に集中して忘れようとさえしてた」
辛そうに言葉を吐き出す彼女を見て私はやっと分かった気がした。
ああ、そうか、あやちゃんはずっと私のことを気にかけてくれていたんだ。
「もっと早く話せばよかった。一言だけでも伝えれば良かった。だけど怖くて、何も出来なくて、こんな自分が嫌で、嫌で……、消えてしまいたいなんて勝手に思ったりして……、ごめんなさい……」
あやちゃんはまた頭を下げた。
そんな彼女に私は答える。なるべく優しくなんでもないようにして。
「……大丈夫だよ、そんなに謝らなくて、確かに私は一人で居ることも多かったけどさ、それであやちゃんのことを悪く思ったことなんて一度もないし、と言うかそもそもあやちゃんのせいなんかじゃないし。全然気にしなくていいのに。むしろそんな風に考えていてくれたなんて嬉しいくらいだよ」
真剣な、だけどなんだか泣きそうな顏を見せる彩花に私は微笑みかける。
「それにさ、今はミオだっているし。あ、そーだ、ミオがあやちゃんと友達になりたいって前から言ってて」
「ミオ、ちゃんが……?」
「うん、だからさ、今まで中学ではあんまり話し出来なかったけど、これからは時々三人で話そうよ。部活も忙しいと思うけど」
「これから……」
「うん」
「……いいの?」
「いいよ、友達じゃん、今も、これからもさ。そうだな、卒業しても友達でいられたら私は嬉しいな」
卒業してもなんて、そんな先のことを言うなんて私らしくなくてなんか照れる。でも、そうだ、そうなれたら本当に嬉しい。
「あのね、さくちゃん……、私も、ずっと、そうなれたらいいって……、ずっと友達だからって、伝えたかった……」
遂に彩花は顔を歪め涙を零した。私が思う以上に本当に彼女は私のことで思い詰めていたのかも知れない。そんな彼女になんて言ったら正しいのか頭では分からなかったけれど、胸の奥のあたたかさが教えてくれた。
「ありがとう、あやちゃん」
こんなにも自分を想ってくれる友達がいることが幸せだった。
その時ミオの声。
「え、嘘、さくら、あやちゃん泣かしてる!?」
顔を上げると少し離れた場所でペットボトルを三本抱えたミオが驚いた顔でこちらを見ていた。
「あ、ミオ、これは、ちょっと、なんて言うか……」
そのあと結局、下手な言い訳も出来なくて為す術なく責められることになった私。
分かっているくせにからかい混じりで容赦なく責めるミオ。
やがてそんな様子が可笑しくて笑い出す彩花。
それから小さな文化祭のようなこの場所で飲んで食べて話して、私は楽しくて楽しくて、顔が痛くなるくらいずっと笑っていた。
時計の針は気付かず進み、見守る桜の花弁が風にそっと舞って行く。
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