桜々の補習授業

てつひろ

春 1

 私、今日の些細ささいな冒険のことを最後に書き加えて、それからペンを挟んでノートを閉じ隣に置いた。

 前を向いて景色を見て思う。

 平凡な町。

 特別な何かが在るわけでもなく平坦に縦と横に広がっている。強いて言うなら今いるここがランドマークなのかも。きっとこの町に生きている人のほとんどが当たり前のように通り過ぎて行く場所。でも私にとっては目の前に立ち塞がった四角い灰色の壁みたいな、そんな場所。


「あーあ、つまんなかったなぁ」


 なんとなく声に出す。誰かに聞いてほしいとかじゃない。ただなんとなく。少し演技臭い。ちょっと、はしゃいでいるのかも。壁の上にいる高揚感?

 そんな私の頬を叩いて、伸ばしっぱなしの髪をからかうみたいに風。冷たい。春なんてまだまだ遠くにいるみたいだ。


 乱れた髪を直そうとしたら微かに歌が聞こえた。知っている歌だ。別れを惜しむ想いを歌った歌。

 メロディーに鼻歌を重ねる。やっぱり気持ちが高ぶっているみたい。

 足をぶらつかせた。波立つようなこともなく空気は少しも混ざったりしない。地面は遠く深い。足元にはなんにもない。なんにも。


 しばらくそうしてから鼻歌を止めると歌も聞こえなくなっていた。

 私、立ち上がって両手を横に広げた。

 また風が吹いて私の輪郭を浮かび上がらせながら吹き抜けていく。なんだかしょっぱい。きっと多くの人が泣いているからだろう。卒業式もそろそろ佳境かな。


 風は私の足元のノートにも吹き付けてバラバラとページをめくった。

 それを見てノートから彼らが飛び出し消えていくイメージが浮かんだ。幼い私の不格好な夢の欠片。

 ああ、そうだ、行け、行け、行って誰かと、私みたいな誰かと、出会ってあげて。私もすぐにその一つに。


 そう思った私、体を校舎の外側に倒した。制服のえりがはためいて、それが名残惜しそうに感じたのは本当は感傷的になっていた証拠だと思う。


 短い時間の中で見た反転した景色、校舎の脇の桜のつぼみに気が付いた。

 まだ咲いていない花。灰色。

 最後に見る桜が蕾で少し残念な気もしたけれど、かえって自分に似合っている気がして、それがまた残念で可笑しくて、私、ほんの少し笑った。

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