秋 透さん 3
一年生の二学期、文化祭の季節、あの頃の私はまだ普通に学校に通えていて、あやちゃんとも今ほど疎遠ではなかった。とは言え中学校に上がってからは、あやちゃんは部活で忙しく、帰宅部の私とはすれ違ってばかりで一緒に過ごすことはほとんどなくなっていた。文化祭の準備期間もあやちゃんは部活の方に掛かりきり、私は忙しなく走る彼女のことを遠くで眺めているだけだった。
そんな秋のある日の放課後、下校途中の商店街で私は偶然あやちゃんと出会った。
制服姿の彼女は買い物袋を手に歩道の隅に一人で立っていて、私に気が付くと少し恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに顔をほころばせた。
「さくちゃん、今帰り?」
あやちゃん、と言う呼び方に対して同じ二文字で、さくちゃん。
今も私のことをそう呼ぶのは中学校じゃ彼女だけだ。
私は自分のことを手短に伝えて聞き返す。
「うん、文化祭の準備あんまり手伝うことないみたいで、あ、あやちゃんは?」
「買い出し。部活の方のお店の準備で。今他の子が別の所に買い物に行ってるんだけど、私の方は早く済んじゃったからここで待ってるの」
そう言われてみれば商店街には同じように制服姿で買い出しに来ている生徒らしき姿がチラホラ見える。どのクラスや部活も同じなのだろう。
「そうなんだ、えと、バド部は何やるの?」
あやちゃんはバドミントン部に所属している。
「ベルギーワッフルのお店。ほらラケットのガットと模様が似てるでしょ? 伝統なんだって」
「へー、ベルギーワッフルかあ……」
確かにどちらも網と言うか格子柄と言うかその通りだ。
「良かったら、さくちゃんも食べに来てよ」
「うん、行きたいな」
「来てくれるの楽しみにしてるね」
そのあと一拍置いてあやちゃんは思い付いたように言った。
「あ、でも、それより、一緒に文化祭見て回る?」
突然の提案、戸惑ってしまう私。
「え、でも、いいの?」
「え、いいよ、なんで?」
「あ、ほら、部活の人達とかと見て回ったりするのかなって」
「あー、そっちはそっちと言うか、実際はみんな忙しくてさ、クラスのお店と掛け持ちしてる子もいるし、同じ時間に空いてることがあんまりなくて」
「そっか」
「それに、最近あんまりさくちゃんと一緒にいられなかったでしょ? だから、せっかくだからと思って」
そんな風に彼女が付け加えた言葉が私はちょっと嬉しくて、ちょっと照れてちょっと俯いた。
「そっか……、じゃあ、一緒に見て回ろう」
そのあと私たちがそこで約束の詳細を決めていると、程なくしてあやちゃんの部活仲間が買い物を済ませて戻って来た。
なので、私は話を終えあやちゃんに別れを告げた。
正直に言えば、私はあやちゃん以外の人と上手く話せる自信がないし、それに彼女の部活仲間の中に同じクラスの少し苦手な人が居たのが見えたから、あんまり良くないとは思うけれど、早くその場を離れたくなってしまったのだ。
「あ、うん、じゃあまたね」
そんなあやちゃんの声を最後に振り返る。
私の背中に微かに「何話してたの?」なんて声が聞こえたけれど、胸に宿った小さな期待を消さないように足はすぐに雑踏の中へ私を運ぶ。
色んな想いはあった。でも、久しぶりに彼女と話せたことと交わした約束が胸の期待を無意識に膨らませていて。
また、前みたいに話せるようになれたら……。
ただそんな思いが私の心をくすぐっていた。
体育館のドアの前、私はミオに続きを話す。
今歩いてきた渡り廊下を時々吹き抜ける風は涼しく、何処からか落ち葉を運んで来る。
「だけどね、結局文化祭の当日、私はあやちゃんと一緒に見て回ることは出来なかったんだ」
「どうして?」
「うん、約束の時間にあやちゃんが来なかったんだよ」
あの年、文化祭の日、あやちゃんは約束した待ち合わせ場所に現れなかった。
「約束したのに……?」
ミオの言葉、私のためにほんの少しあやちゃんを非難する気配を感じた。
私は慌ててあやちゃんを弁護する。
「あ、でもね、あとで、文化祭のあとで会った時、ちゃんと謝ってくれたよ。ごめんって、部員の都合とかもあって急にシフトが変わったりして、どうしてもお店が忙しくて行けなかったって。それに、私も実はバド部のお店を少しだけ見に行って、忙しそうにしてたのは見たんだよ。だからしょうがないかなって」
「さくら……」
ミオが心配そうな顔で真っ直ぐ見るから誤魔化せない。
「……うん、やっぱり少し、残念だったけどね」
それから私はすぐに続ける。黙り込んで気まずくなりたくなかった。
「二年生の時は出席だけ取って帰っちゃった。そんなに見たいお店とか無かったし。特に約束とかもしてなかったからね」
もちろんあやちゃんとも約束はしていない。それどころか、あれ以来話す機会はもっと減って、今に至ると言う感じだ。
「そっか」
結局ちょっと沈黙。そのあと同時に。
「だから」
「じゃあ」
あ、とか、え、とか、お互いに戸惑って譲り合ってから、私が先に喋る。
「だから今年は、ミオと一緒に文化祭を過ごせるのは楽しみだなって」
するとミオがそれに答えるように言う。
「私も。じゃあ、今年こそは私と一緒に文化祭楽しもうって言おうとしてた」
二人、顔を見合わせて笑う。涼しくも暖かい秋の陽射しが差す体育館のドアの前で。少し照れて。
「じゃあそのためにもとりあえず今は準備だ」
ミオが言う。
「そうだね」
頷く私。
そして私たちは気を取り直して体育館のドアに手を掛けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます