秋 透さん 2
道すがらお喋りを続ける私たち。階段を降りている途中でミオが私に聞く。
「あ、ねえさくら、ゾンビって何?」
「ん?」
なんで急に彼女の口からゾンビなんて言葉が出て来たのかと言えば、私たちのクラスの文化祭の出し物がゾンビ喫茶だからだ。
どう言うものかと言えば、店員がゾンビの仮装をしていたり、メニューも敢えて食欲が失せるような色や、おどろおどろしい造形にしてみたりと、いわゆるコンセプト喫茶と言うやつだ。
と言うか……。
「ミオ、知らないで参加してたの?」
「うん、まあ、なんとなく雰囲気で」
軽い口調で返って来た答えがなんともミオらしい。でもまあ、そんな人もいるだろうし、知らないことは別に悪いことではない。
それから階段を降り降り私は彼女にゾンビの説明をした。
しばらくフムフムと頷いているだけだった彼女、途中で何か妙に納得したようで明るく言った。
「なるほどね、キョンシー的なやつだ」
だけど今度は私が首を捻った。
「キョンシー?」
キョンシーってなんだ?
私はキョンシーを知らない。
「あ、ごめん、知らなかったか、えっとね……」
次はミオが説明する番だった。
私が聞いたその説明によれば、キョンシーは死んでいて、顔色が良く無くて、気持ちが悪い。確かにゾンビと似ている。
私は彼女の説明に納得した上で一番に思った感想を伝えた。
「でもキョンシーって名前、全然怖くなさそうだよね。むしろ響きが可愛いかも」
この発言がなぜかミオの対抗意識に火を付けたみたい。
彼女は階段の最後二段を飛び降りて踊り場で振り返った。
「ゾンビだって全然怖くなさそうだよ! ゾ、ン、ビって濁点が二つも付いてて、なんか凄くのんびりしてて動き遅そう!」
合ってる。それゾンビ。
「うん、まあ、その通りなんだけど」
「じゃあやっぱり怖くないね。襲われたりしても逃げ切れるでしょ」
得意げに言う彼女、踊り場で追いついた私と合流してまた一緒に歩き出す。
ちなみに階段と踊り場は、学園祭のチラシとか装飾品が沢山貼ってあっていつもより賑やかだ。
私は隣のミオに言う。
「いっぱいいるんだよ。とにかくいっぱい」
「えー、何それ邪魔じゃん。ゾンビ遅いし邪魔だよ」
不満気なミオ。
「まあ、邪魔ではあるんだけど。でもそれならキョンシーもいっぱいいるんだよね?」
どうしてこうなっているのか、なんとなくゾンビの弁護をする私とキョンシーの肩を持つミオ。
変なテンションは学園祭の非日常感がそうさせているのだろうか。分からないけれど、分からないからそう言うことにしておこう。
「キョンシーは一列に並んでるから」
「一列に並んでるの? 行儀がいいんだね」
「そう、意外と賢い。だから邪魔ではないかな」
「でも並んでてもいっぱいいたら、ほら、大名行列みたいになっちゃわない?」
「大丈夫。平伏す必要はないから」
何が大丈夫なのか。
しかし実に不毛な会話。毒にも薬にもならないってやつ。最近ミオとはこんな感じの会話ばっかりしている。
だけど私は思ってしまった。
ミオとこんなくだらない会話が出来る自分、嫌いじゃないかも知れないと。
ふと、さっきより一つ下の踊り場、姿見に映る自分が目に入る。
私、やっぱり楽しそうに笑っていた。
それから犬も食わない不毛な会話を続けてしばらく。
「だから私おにぎりって、のり弁の進化系だと思うんだよね」
ミオののり弁進化論が一応の着地を見せた時、私たちは職員棟から体育館への渡り廊下へと差し掛かっていた。
春とは違う、ほんの少しの寂しさを感じる秋の穏やかな午後の空気、私たちの制服を撫でる。
その時、ちょうど私たちが外へ足を踏み出した時だ、体育館から誰かが出て来た。
出て来たその子、女子生徒は、後ろ手にドアを閉めるとそのままそこで俯いて立っている。
「あれ、今出て来たの……」
ミオの声。
私も気が付いていた。
見覚えのあるその姿。
ドアの前に立っているのは、同級生の
小学生の頃、仲が良かった女の子。相変わらず最近は、ミオに紹介も出来ないまま、少し疎遠になってしまっているけれど。
「あやちゃん」
「そうだよね、おーいっ、あや……」
ミオがいつかの保健室の時のようにまた呼びかけようとする。
しかし、あやちゃんはそれに気が付くことはなく、と言うかミオが声を出したのとほとんど同時に駆けだしていた。
あやちゃんはそのままこちらを一瞥もしないで走って行ってしまった。
「あれ、急いでたのかな?」
ミオがあやちゃんが去って行った方を見ながら呟く。
確かにあやちゃんは部活にも入っているし文化祭のこの時期はきっと色々と忙しいと思う。
「そうだね」
相槌を打った私の方を振り向くミオ。
「そう言えばさくら、一、二年の時の文化祭はどうしてたの? あやちゃんと見て回ったりしたの?」
「え、ああ、うん……」
そう聞かれて私は思い出した。
「そんな約束も、してたんだけどね……」
一年生の頃の文化祭のことを。
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