秋 透さん 1
夏は過ぎ、秋の入り口、二学期の始まり。
ざわつく朝の教室は、どこに行ったとか何をやったとか、持ち寄ったそれぞれの夏の欠片がちょっと眩しい。けれどその煌めきが、ほんの昨日までの寂しさを新しい季節への期待感にも変えているようで、教室中どことなく色めき立っている感じがする。
そんな教室の片隅、ざわめきをよそにひっそりと私とミオ、目を合わせ互いの意志を確かめ頷き合う。
誓うのは勝利。
私とミオの共同戦線。
「さくら、来たよ、リベンジの時が」
「うん」
「やってやろうぜ」
「うん、やってやろう」
「絶対に私は倒れない」
「私も倒れない」
ミオが私に向かって拳を突き出した。
私も拳を握り彼女のそれにぶつけるように重ねる。
二人、声を出さず不敵に笑う。
合わせた拳は誓いの証。
行く場所は残暑厳しい晴天の校庭。
挑むは始業式だ。
そして三十分後。
私は保健室で天井を眺めていた。
隣のベッドには同じく天井を眺めるミオがいる。
無機質な天井の模様を視線でなぞっていると、恐らくは同じようにしていたミオが呟いた。
「私、もう、あの校長嫌い」
長い、長い話をするのだ。あの校長先生は。
「分かるよ」
ミオに賛同しながらも私、外で始まった体育の授業の音を聞きながら、体鍛えなきゃなあ、なんてぼんやりと考えていた。
そんな風に始まった二学期も線をなぞるみたいにスルスル進み、高い空を吹く風も涼しくなっていよいよ秋も深まってきた頃、学校は学生生活の一大イベントである文化祭の準備で慌ただしくなっていた。
学級会では文化祭に向けたクラスの出し物を決める会議が行われ、放課後には毎日大小様々な準備に追われるようになっていた。
もちろん私とミオも例外ではなく、二人一緒に用具委員なる役割を与えられ、文化祭の準備に参加することになったのだった。
ふと思う。
あ、そうだ、今度先生に連絡をする時は文化祭のことも話そう。
ミオを待つ私、開けた廊下の窓に肘をのせ、外を見ながら続けて考える。
そう言えば先生の新しい学校の文化祭いつやるのかな?
新しい学校、そう、先生はあのあと、私たちの補習授業が終わってから二学期が始まるまでの間に、予定通り新しい学校へと転勤して行った。
先生が居なくなったあとの保健室は、正直に言えば、冷たくよそよそしくなった感じで、代わりに来た先生も少し厳しく、居心地が良いとは言えなくなってしまった。
だけど、
その理由は単純で、今も先生と連絡を取り合えているからだ。しかもミオが言っていた通り、本当に友達のように。
ふふ。
それを想うと思わず笑みがこぼれて来る。
私、距離は離れていても自分のことを気遣ってくれる人がいてくれることの心強さを初めて知った。
ふふふ……、ん。
頬が緩んでいることを自覚して口をつぐんだ。
危ない、こんな風に一人で笑っているところを知らない人に見られたら変な人だと思われる。いや、知らない人じゃなくても、ミオに見られたとしてもきっとからかわれる。
「さくらぁ、何一人でニヤニヤしてるのぉ?」
しっかり見られていた。
いつもみたいに気配無く現れたミオに戸惑いつつも私は言う。
「またそうやって突然出て来るー」
するとミオがキョトンとした顔をする。
「あれ? さくら、あんまり驚かないね。いつもならもっと反応凄いのに」
「え、まあ……」
驚いた、驚いたけれど、実はちょっとミオのこんな登場にも慣れてきていた。もしかしたら私、成長しているのかも知れない。もしくは、免疫ついた?
そんな私の前で渋い表情になるミオ。
「んー、なんか悔しいな。これは新しい技でも考えないと駄目かな」
相も変わらず変なことを言い始める。
「あ、新しい技?」
「そうそう、例えば消える魔球みたいな」
「消える魔球って、あ、それ昔の野球漫画のやつでしょ?」
「そうそう野球漫画、あれみたいにさ、こう、こっちに向かって来てるって思ったら、途中で消えて近くで急に出て来るの」
「それは……、えと、一瞬、透明人間になる感じ?」
「あー、そうそう」
「そうそうじゃないよっ。いいよ、普通に出て来てよ」
「えー、でもなー……」
「今後は普通に出て来て下さい。ほら、もう、行こう」
私、そう言って少々無理やり話を切り上げて歩き出した。
今日、私たちはクラスの出し物で必要な道具の在庫を確認するために用具倉庫に行くことになっていた。それで私は先に廊下に出てミオが来るのを待っていたのだ。
「でもなー……」
まだ渋っているミオ。
「早く行かないと遅くなっちゃうよ。体育館遠いんだから」
用具倉庫は職員棟の向こうの体育館に併設されている。私たちの教室からはちょっと遠い。もちろん同じ校内ではあるのだけれど。
「ミオ」
私の声に彼女は「はーい」と返事をして渋々と言った感じで歩き出した。でも、顔は笑っている。私も彼女が本当に渋っている訳じゃないことは分かっている。まあ、結局のところ、私もミオもじゃれ合っているだけ。
「ね、さくら、そう言えばさ……」
「ん、何?」
こんな具合で私とミオはお喋りを続けながら用具倉庫へ向かうのだった。
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