秋 透さん 4
両開きの重たいドアを開けると目の前に大きな空間が広がる。
窓から入る光が照らす艶めく床と、そこに描かれた各種スポーツのための何色かのライン。視線を送ればバスケットゴールが幾つかと、深紅の
隣のミオが呟く。
「なんであれ、いつもあそこにあるんだろうね」
「分かんない」
「まあいいや、体育館到着っと。さて用具倉庫だよね」
「うん」
用具倉庫はステージとは反対、ステージから見てコートを挟んで正面にある。
早速、倉庫に向かい体育館の中に踏み出す私たち。
上履きのゴム底が床を蹴る音が響く。
「ここはまだあんまり準備してないんだね」
ミオの言葉に辺りを見渡す私。
確かに少しだけ飾り付けはされているがほとんど何時もの通りの体育館だ。それに私たち以外に準備に来ている人の姿も無い。
私はミオに答える。
「授業でも使う場所だし前日にやるんじゃないかな」
「そっか」
そんななんてことのない私たちの会話は体育館の深い空白に飲み込まれるように消えて行く。
誰も居ない静かな体育館はちっぽけな自分たちがどこか心もとなく感じるくらいに広い。二人だけだとどうしようもなく持て余す感じもして少し落ち着かない感覚さえ覚える。
「さくら? どうしたの?」
「ん? なんでもない」
程なくして用具倉庫の扉の前に辿り着いた。
こちらも体育館の入り口と同じくらいの大きな扉だ。
ちなみに隣には体育用具の倉庫も並んでいる。
「あれ? 開いてる」
ミオが言うように用具倉庫の扉は少し開いていた。人が体を横にして通ったくらいの隙間。まあ、最後に利用した人がちゃんと閉めなかったのだろう。
私たちはまた、体育館の入り口でもそうしたように二人で扉を開けた。
倉庫内の空気が流れ出る。
その空気はなんて言うか「ぬるい」、それでもって何となく鼻をくすぐる籠った「変なにおい」。
私が思ったことをミオがそのまま口に出した。
「ミオさん取らないで」
「え、何が?」
とりあえず電気のスイッチを探す。
用具倉庫の中は薄暗いよりもう少し暗かった。ドアの正面、胸の高さくらいに窓はあるが室内を明るく照らすほどの光は入って来ていない。それに窓の前にも雑多な物が置いてあり、それらが影を落としている。
ドアの横にスイッチを見つけたので、電気を付けると、明るくなって全容が見えるようになった。
「用具倉庫初めて来たよ私。結構広いんだね」
ミオが言う通り、用具倉庫、結構広い。教室の半分くらいはあるだろうか。
それに内容量と言うか、仕舞われている備品の数も一目見て多い。
窓の部分を覗いて壁に沿って天井近くまである棚に、棚以外にも何台かあるキャスター付きの大きな籠台車に、はたまた直接床に。隣に体育倉庫があるので運動部系の用具はあまりなく、どちらかと言うと文化部のイベント、例えば演劇で使うような舞台の美術品とか大道具とか小道具と言った物が多くあった。
それらを眺めながら私とミオは腕まくり。
「中々手応えありそうだね。さて、始めますか」
「そうだね」
ミオの言葉に同意して、いよいよ仕事を開始する。
先ずは倉庫の中を全体的に物色してクラスで必要な物を色々と確認していく。
ゾンビのマスクなんて、本当にそんな物学校にあるのか? なんて最初は思っていたけれど結局発見。
「本当にあったよ」
目の前にしたゾンビのマスク、顔色悪いし気持ち悪い。
ちなみに近くには落ち武者の生首とか、切り落とされた腕のレプリカとか、飛び出した目玉とか……。なんかこの辺りホラー用品多いな。
でもとにかくこの倉庫バラエティ豊か。これは歴代の学園祭での必要用具の積み重ねなんだろうか。
様々な物に目を奪われながらも用具のチェックを続ける。
だけど少々集中力が切れて来た私、棚の段ボールの中を見ながら誰にともなく小さく呟く。
「本当に、うん、色々、あるなあ……」
チラリ、と。
これで何回目かの視線をそれに送る私。
集中力が切れて来たせいもあるが、正直さっきから異常に気になる物があるのだ。
ちょうど今ミオがその隣にいるのだけれど気にせず作業をしている彼女は凄いと思う。と言うかミオはミオで穴熊みたいに棚に体を突っ込んで備品を掘り返していて、それはそれで気になるのだが。それでもとりあえず彼女は通常運転みたいだからいいとしよう。
私が気になってしょうがないのはミオの隣で立っている甲冑だ。
なんでか分からないけれど用具倉庫に西洋騎士の甲冑がある。しかも全身揃った立派なやつ。ミオの隣で悠然と屹立している。
ここに入ったばかりの時は荷物で隠れて見えなかったのだが、姿が見えるようになると異様にそれが気になるようになった。
何故なのかその甲冑は斜に構え、体をくねらせモデル立ち。片手を腰に当て、もう片方の手には切っ先を下に向けた剣を持っていた。
しかもそいつから何か視線を感じるのだ。後ろを向いていると後頭部がチリチリする感じと言うか。んー……。
その時、急にミオが声を上げた。
「あった! あったよさくら! キョンシー!」
それは探してないけど。
だけどミオは仕事を忘れてキョンシーを見つけた喜びで興奮している。そのせいなのだろう、彼女は立ち上がりざま思いっきり棚に頭をぶつけた。痛そうな音と声も私の耳に届いた。
「だっ! 痛っ!」
「大丈夫!?」
振り返った私、もう一度驚く。
頭を抱え
「危ないっ!」
咄嗟に声を出すもミオは痛がったままだし私も全然届かない。
容赦なくミオめがけて棚から落ちるこけしたち。
次の瞬間、私が目に映すのはこけしを浴びるミオ、のはずだった。しかし幸いにもそんな光景を私の瞳は映さなかった。だけど代わりに私はもっと衝撃的なものを見た。
さっきから気になっていたあいつ、西洋甲冑、が動き、ミオを庇ったのだ。
瞬間、見えた甲冑の素早い動き。
ミオとこけしの間に体を入れ、棚に手を着き、まるで壁ドンのような体勢を作った、すると間髪入れずこけしがその甲冑の背中に衝突。ミオの頭に当たっていたらと考えるとゾッとするような、金属と固い木のぶつかる音が何回も。
それからこけしは床に落ちて、中には頭が取れたのもあった。その頭が一つ転がって来て足に当たって私の方を向いて止まった。だけど私は目の前の出来事に声も出せず唖然としていた。
「痛たたた……、え、何? どしたの?」
そしてミオが見上げた、西洋甲冑。
「大丈夫でしたか?」
喋った。女の子の声で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます