夏 ミイラ先輩 2

 ミイラ先輩。日の暮れた放課後のグラウンド、居残りで練習をしている陸上部の生徒の前に現れる。一人でトラックを走っているといつの間にか前を走っている。格好はランニングパーカー、ショートパンツ、シューズ。フードを被っているので後ろからだと顔は分からないが体格からは女性のように見える。特徴的なのは包帯で一部分だけではなく肌の露出しているところ全てに巻かれている。それと走るフォーム。とても綺麗で見る人が見れば陸上経験者のそれだと分かるらしい。


 その二つの特徴よりいつからかミイラ先輩と呼ばれるようになった彼女、噂では幽霊だと言われているけれど実際は何者か定かではない。ただ興味本位で彼女を追い抜き振り返った目撃者の話によると、その顔は目と口を除き包帯で覆われていて、驚き立ち止まった目撃者を睨み付け走り去り、音もなく闇の中に消えて行ったと言う。


 と、そんな感じで陸上部の部員の間でまことしやかに語り継がれている不思議。それが先生とミオの話をまとめた結果だった。



 ミオと二人、校庭を横目に見ながら昇降口から校門に向け歩く。


 帯包おびかね先生はミイラ先輩の話がちょうど終わったくらいに事務職員の人に呼ばれてすぐに行ってしまった。本当はもっと色々聞いてみたかったけれど、先生も「また今度な」と言っていたので、それは次に会った時の楽しみと言うことにして、私たちも余計な質問はせずに簡単な挨拶だけしてその場で先生と別れた。


「さっきの話、先生が学生の頃ってことは十年ちょっと前のことかな」


 遠慮なく降り注ぐ強い日差しの下、歩きながらミオが言う。ワイシャツが眩しい。


「そうだね」


 先生のことを思い浮かべながら答えた。年を聞いたことはないけれど大体それくらいだと思う。


「ね、どうする? またオオカミ君の時みたいに確かめに行く?」


 楽し気で声もどこか弾んでいるミオ。


「んー、そうだなぁ……」


 私も確かに気にはなる。考えればワクワクもする。それにオオカミ君と出会えたと言う実績だってある。だから正直に言えばミオといればまた不思議なことに遭遇できるかもしれないと言う期待すらある。でも。


「今回は少し様子を見ようかな」

「あれ、意外だ。さくらならすぐに飛びつくと思ってたのに」

「うん、まあ、ほら場所が校庭だし、部活やってる人の邪魔になっちゃうと良くないし。それに……」


 私、校庭に視線を送った。

 影の少ないそこは、試験期間も終わって、真夏に向けて熱を蓄えているようで。


 暑そう。と言うか現状暑い。


 それがミイラ先輩に出会うための条件なのかは分からないけれど、こんな中トラックを走ったり居残り練習をするのはちょっと、と言うかたぶん校庭に長く居るだけでも冗談抜きで危ない気がする。特に運動は、少し、うん、苦手だし。


「もう夏休みになるし、確かめるなら夏休み明けの涼しくなってきたらかな」


 私はミオに向き直ってそう言った。


「そか、そうだよね、もう夏休みだもんね。あーあ、そっか、テスト終わったのは嬉しいけど夏休みかぁ」


 彼女はどうしてか残念そうな表情を浮かべる。


「夏休みは楽しみじゃないの?」

「楽しみだけどさ、夏休み中は学校でさくらと会えないじゃん」


 ミオは何気なく言ったみたいだけれど、私、そんなこと言われたことないし内心戸惑ってしまった。


「え、そ、そっか」


 沈黙。

 足元。

 風景。

 夏。

 暑い。


「あ、あのさ……」


 夏休み中も会おうよ。


 視線も心も少々さまよったあと思い切ってそう言おうと思って口を開いたのだけれど、残念ながらミオの「あー!」と言う声で未遂に終わった。


「な、え、ど、どうしたの?」


 さっき階段の手前でもそうしたようにミオが立ち止まった。私、単純に驚いたのとか他にも色々で胸の中を心臓に叩かれて声が少し震えてる。


「私、カバン持ってない」

「カ、カバン?」


 そう言われて私も気が付いた。確かに彼女は何も持っていない。


「……持ってないね」

「うわーやっちまった。テストで脳を破壊されてたからだ。あー、もう、取りに戻らなくちゃ」

「ごめん私も気が付かなくて、一緒に行くよ」

「ん、いいよいいよ、こんな暑い中私のバカに付き合わせちゃうのも悪いし。さっと行って取って来るだけだし」

「そ、そか」

「うん、じゃあ、また学校でね」


 ミオはそう言うとあっさり振り返って昇降口の方へ戻って行く。途中こっちを向いて手を振ってくれたけれど。


 そんな彼女のワイシャツが夏の陽射しで白く光って、それがいつか夢の中で見た桜の花弁みたいだな、なんて思いながら、振り返した手も下ろさないで遠ざかるその背中をしばらく見ていた。戸惑ったり驚いたり、瞬間的に忙しかったせいかちょっとボーっとしている。


 眩しい。そっか、夏、夏休みか。

 呆けた頭で考える。


「……あれ」


 そして自分の中にある感情にふと気が付いて、一人呟いた。


「私、学校に来れないの残念に思ってる」




 だけど夏休み、来れないのが残念とかそんな風に思っていたはずなのに、結局、私は学校に来ることになった訳で……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る