春 オオカミ君 4
オオカミ君。毎年この時期、誰も居なくなった金曜日の放課後の教室に現れる。体は普通の男子生徒、だけどその顔は血に飢えた恐ろしい狼。昔から学校に潜んでいる怪人だとか、狼男の子供だとか、その正体に関する説は色々あるけれど、どれも定かではない。びっくりするのは目撃証言が多いこと。下校時、校舎を振り返ると教室の窓にそのシルエットを見た。放課後、廊下に響く遠吠えを聞いた。忘れ物を取りに行った教室で窓から飛び出す後ろ姿を見た、などなど。しかもミオの話だと今年は特に見た人が多いらしい。それも、私のクラスの教室で。
金曜日、放課後の図書室。
私は新しく持って来た本を机に置いて何度目かの着席をした。
隣に座っているミオが言う。
「それ、どこにあったの? て言うかそれって卒業アルバムだよね?」
「え、普通に本棚に、あれ、本当だ卒業アルバムだ」
「気付いてなかったんだ」
「適当に持って来ただけだったから。返してくる」
座ったばかりなのにまた席を立った。ついでに壁掛け時計に視線を送る、時計の針の傾きはさっき見た時からそんなに変わっていない。最終下校時刻まではまだ少しある。
フスーと、少し荒い息が鼻から出た。
自分でも分かっている。私、ソワソワしている。なかなか前に進まない時間がもどかしい。
「ねえ、さくら、そろそろ行こうか?」
そんな私を見かねたんだと思う、ミオが言った。
「え? もうそろそろ大丈夫かな、あ、でもまだ早いかなって」
私とミオは最終下校時刻過ぎ、オオカミ君の目撃情報が一番多いと言う時間の訪れを待っていた。
あのあと、教室でオオカミ君の話を聞いてから、休み時間も放課後も、浮ついたまま落ち着かなくなってしまった私に「金曜日の放課後、二人で確かめてみる?」とミオは提案してくれた。私はもちろんその提案に大賛成して、今日に備えて二人で簡単な計画を立てたのだった。
オオカミ君は誰も居なくなった教室に現れるから、私たちは一度教室を出て図書室で時間になるのを待とう。
二人の計画、その待っている時間が今と言う訳だ。
ミオは一度時間を確認してから私に言った。
「そろそろいいんじゃないかな」
「うーん……」
彼女の言う通り確かにあとちょっとで時間にはなるのだけれど、どうにも思い切れない。なんて言うか私、失敗したくなかったのだ。あんまり早く行き過ぎてオオカミ君が現れなくなってしまったらどうしよう、とか考えてしまうのだ。だからできるだけちょうどいい時間に行きたいと思っていたのだ。
「そう、かな。いい、かな」
でも、胸の中のワクワクが私をくすぐっていて、早く教室に行って確かめたい気持ちも隠せない。
「ほら、ちょっと寄り道しながらゆっくり行けばちょうどいいんじゃないかな」
「寄り道?」
「うん、オオカミ君の他にも知ってる話あるからさ、そう言うのとか」
ミオのその一言が決め手になった。
「え、本当に!? じゃ、じゃあ行こう。あ、これ、すぐ返してくるね。痛っ」
歩き出した途端に椅子に足を引っかけたけれど止まらない。気持ちはもう走り出してしまっているから。
そんな私の背中に遠ざかるミオの声。
「うん、あの、転ばないようにねー」
図書室を出た私たちはまず同じ職員棟にある職員玄関へ向かった。
ミオ曰くそこにある不思議は止まったままの柱時計。
果たして柱時計はそこにあった。
「これ? 確かに止まってるね」
「うん。そうなの」
恐らくどこかからの寄贈品なのだろう、私たちよりも背の高い重厚感のある立派な柱時計だ。ミオの言う通り確かに振り子も針も動いていない。だけど……。
「これって壊れてるだけなんじゃ」
つい口にしてしまう私。
「そうなんだよね。それか、ただ単に動かしてないだけとか……」
「この時計の不思議な話とかあるの?」
そう聞くとミオは申し訳なさそうな顔になった。
「ごめん、実は私、時計が止まっていると言う事実しか知らなくてですね……」
「あ、ううん、大丈夫、知らなくても全然問題ないんだけどね。へー、そっか、へー」
私の態度、白々しかったと思う。ごめん。
「もう一つ、もう一つあるから、そっちに行こう」
逆に気を遣わせてしまった。やっぱりごめん。
それから移動して次に見たのは桜の木。
外に出て職員棟の前から校庭の向こうに遠めに見た感じ。校庭を囲むようにコの字に本校舎、職員棟、体育館が配置されているのだけれど、近くまで行く時間は無さそうだったから。
「散らない桜」
そう言ってミオが指さす先には夕焼けを背景に数本の満開の桜の木。夕日の中、花弁の色を空に移してしまったように影濃く咲いている。
「うん、でも、毎年見てるよね、あの桜」
「うん、あの桜に関する話があるらしいと言う噂でして……」
また段々しゅんと萎れていくミオの元気。指先も徐々に下がっていく。
「あ、ごめん、気にしないで。教えてくれて嬉しい。時計も。ほら、どんな話なんだろうって色々考えるの楽しいし」
「うー、さくらごめんねー。私ちゃんと知ってるのオオカミ君の話しかなくて」
「大丈夫だよ、うん、本当に」
なんだかいつもと逆になったみたいだ。私がミオを慰めてる。
「ありがとう、さくら優しい」
「それに私、噂とか全然知らないし。知ってるだけでも凄いと思う」
「そうかな、たまたま聞いただけなんだけど」
「そうだよ、私なんかそう言うの話せる友達……」
その時、私の言葉を遮るようにチャイムが鳴り始めた。最終下校時刻を知らせるチャイムだ。
スピーカーから鳴る少しひび割れた音が学校中に響く。
大きく空気を震わせるのに、音が通り過ぎたあとは前よりも静かな時間になっていく。
すべての音が鳴り終わり、反響音も空気に馴染んで消えてしまうと、風は止み、夕闇が濃くなり、ついにその時を迎える。
逢魔が時。
「時間だ」
胸のワクワクが形になって掴めてしまいそう。
「ね、さくら、そう言えば聞いてみたいことがあったんだけど」
不意にミオが言った。
「ん、何?」
「
急にミオの口から出て来たのは最近俄かに思い出す機会が増えた名前だった。
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