冬 屋上の桜 3
下校の前に昇降口に戻って来た私たち。元々遊ぶつもりだったので荷物を適当に置いて出て来ていたのだ。
「んー、寒い。外と変わんないね」
手袋の中のなかなか温まらないかじかんだ手も冷たい
私、回収した荷物を持って外履きのまま校内を見やる。
影を伸ばす濃い夕焼けの光が差し込むも、陽はもうほとんど落ちているため暗く、廊下も階段もしんと静かで人の気配も感じられない。
「ちょっと遅くなっちゃったね」
冷えた汗が余計にそう感じさせた。
さっきまで元気だったミオも流石に疲れたのかマフラーに顔を埋めて寒そうにしている。
そんな彼女に私は話し掛ける。
「遊び過ぎかな? 私たち三年生なのにね」
不思議だけれど自分で言っておいて、そう言えばそうだったなんて思う。
私の言葉に一呼吸置いてミオが少し目を細め頷いた。
「そうだね」
私、さっき言いかけたままだったことを思い出した。いや、本当はずっと引っ掛
かっていたから無意識に言う機会を窺っていたのかも知れない。
「ね、ミオ」
彼女が私を見上げて「何?」と言った様子で小首を傾げた。
「来年も一緒に居られたらいいね」
告白、かな、自然と口から出ちゃった感じを装った。もしかしたらと言うか、やっぱり結構恥ずかしいことを言っちゃったのかも知れないけれど。でも本当の気持ちだ。来年も、再来年も、出来ればその先も。本当にそう思っている。だから伝えたかった。
だけどミオは私を見て目を丸くしたまま何も言ってくれない。
「ねえ、ちょっとミオさん、黙ったままだと恥ずかしいんだけど。なんとか言ってよ」
そう言うとやっと彼女は微笑んで口を開いた。
「うん、そうだね、ごめん、さっきのお返し」
「もー」
「私も思うよ、さくらと来年も一緒に居られたらって、ううん、その先も、大人になっても友達で居られたらって」
「……そっか」
きっとミオも同じ風に思ってくれている、正直に言えば聞く前からそんな期待が心のどこかにあった。でも相手の口から直接聞くと、自分で思っているだけとは全然違うもので、私はまた頬が熱く、そして胸の中が暖かくなるのを感じた。
それから少しの沈黙。心地良い疲れとか、まだ残る恥ずかしさとかが言葉を遅らせる。
「ん、帰ろっか」
やがてそう言って歩き出した私。外に出る手前、ミオの足が止まったままなことに気が付いて振り返った。
「どうしたの?」
私を照らす夕焼けの光が影を伸ばし、暗い校舎の闇の中に居るミオの足元に届く。
「ごめん、用事思い出した」
「え?」
「ごめん、先に帰ってて」
そんなに謝る必要もないのに彼女はごめんと言う。
「いいよ、待ってるよ。必要なら手伝うし」
ミオは私から目を逸らすと振り返り、上履きに履き替えて廊下へ上がる。
「大丈夫、疲れてるだろうし、さくらは先に帰って」
いつかと似たようなシチュエーション。だけどあの時よりもミオの言葉と態度に突き放すような冷たさを感じた。
「え、そ、そう。じゃあ、そうする。ミオも無理しないでね」
「うん、ありがとう」
それから彼女は数歩歩いて立ち止まり私を振り返った。
「さくら」
「ん? 何?」
「ちゃんと明日を選べるよ。私が居なくてもみんなが居るから」
「え?」
それだけ言ってミオはまた歩き出す。
私は言葉の意味をよく理解できなかったけれど、校内の闇の中にそのまま吸い込まれて行ってしまいそうなミオの背中に寂しさを覚えて彼女を呼び止めた。
「ミオ」
静かな廊下に響くその名前。
彼女がまた立ち止まって半身をこちらに向ける。
私はなるべく明るく、彼女に届く必要十分な大きさの声で言った。
「また明日!」
すると私の言葉に彼女は微笑んで小さく手を振った。だけどそれだけで彼女は再び歩き出し、「また明日」とは言い返してくれなかった。
私はそれ以上何も言えず、ミオの背中が見えなくなるまでその場で彼女を見送った。
その翌日からミオは学校に来なくなった。
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