冬 屋上の桜 4
『例に違わずこの学校にも不思議は存在している。トイレの花子さんや十三階段など、何処にでもあり一般に学校の七不思議と言われるようなもの、それとそれらとは別に他の学校にはない本校特有の不思議。このコラムではその後者、本校特有の不思議について書いていく。
最初に結論を述べてしまえば、筆者はそれらの不思議を辿った先に忘れてはいけない一つの悲しい出来事を見つけた、のかも知れないのである。
まず確認の意味も含めて紹介したい。本校の生徒であれば勿論知っている者も居ると思うが、本校には以下の三つの特別な不思議がある。
一つ目は【動かない時計】。
職員玄関にある柱時計の針が何度調整しても同じ時刻で止まってしまい動かなくなると言うもの。その止まった時刻には意味があって、条件が揃えばその止まった時の中に閉じ込められてしまうのだとか。
二つ目は【散らない桜】。
季節を過ぎても散らず満開のまま咲き続ける桜があったと言うもの。或いは違う季節に狂い咲く桜。それを一人の時に見てしまうと魅入られ違う世界に誘われてしまうらしい。
三つ目は【屋上の幽霊】。
屋上から学校を見降ろす女子生徒が居るのだが、しかし屋上は閉鎖されている。どうやらその女子生徒は普通の生徒ではなく幽霊のようで、彼女と目が合ってしまうと……。
それぞれ多少のバリエーションはあるのだが、大まかな内容はこのような感じだ。
では何故本校には他の学校にはないこれらの不思議があるのか。
筆者はその疑問を解決するためにこれらの不思議について年代ごとに聞き取り調査を行った。すると現在バラバラに語られているこれらの不思議が、年代を遡るにつれて、元は一つの不思議として語られていたことが分かった。
それはこう言ったものだ。
「春、別れの季節、とある時刻に学校の屋上に行くと女子生徒の幽霊が現れる。そしてその幽霊の女子生徒と一緒に屋上から桜を見ると、時計の針が止まった散らない満開の桜が咲く終わらない学校生活へと誘い込まれてしまう」
確かに時計、桜、屋上と全ての要素が含まれている。
さらにこの一つの不思議の起源を探っていくと今度はある年代以上は遡れなくなった。筆者はその年代にこの不思議の始まりがあると仮定して同時期に屋上や桜に関わる出来事がないか調査を続けた。
そして見つけたのだ。それは当時の文芸部で発行した文芸誌の片隅であった。そこにはこのように語られていた。
「たとえ大勢が口を噤んでも、あの卒業の日、人知れず屋上に散った桜の花を私たちは忘れてはいけない」
ここからはその他文献調査なども踏まえた結果ではあるが、あくまで飛躍も含めた筆者の推測であることを先に断っておきたい。
こう考えてみたらどうだろうか。
この不思議の背景には隠されてしまった出来事があったのではないか。そう、例えば、いじめや、何かしらの原因で自死を選んでしまった生徒が居た……。
「別れの季節」これは卒業の日、「とある時刻」これは事件のあった時刻、「屋上」これは事件のあった場所、「桜」これは恐らく生徒個人を示した記号、もしくはストレートに名前。「幽霊」「散った」これは死をイメージさせる言葉。そして後半の終わらない学校生活と言うのは、忘れてはいけないと言うメッセージ……。
とまあ、ここまで仰々しく語って来た訳だが、これは文化祭のパンフレットの片隅に載るただのコラムである。今年の文化祭では偶然にもオカルトネタの出し物をするクラスが多かったので筆者もそれに乗っからせていただいただけだ。筆者の考えが正しいかどうかなどは二の次でいいのである。ただどのオカルトにもきっと由来は有って、それが語られ始めたきっかけがあるはずだ。そんなことにたまに思いを馳せてみるのも楽しいものである。
このようにせっかく本校には特別な不思議があるのだ。例えその起源が本当に悲しい出来事であるのだとしても筆者はこの不思議を語り継いでいきたいと思う。これから本校を通り過ぎる多くの生徒に出会ってもらうためにも。きっとそれがこの不思議を作った人物の本望であると思うし、その先にまた新しい出会いもあるのだと思うから。
ではでは、こんなところまで読んでくれたあなたに大きな感謝を送りつつ、本コラムを終わらせていただく。ほんの少しでも本校の不思議に思いを馳せつつ文化祭を楽しんでいただけると幸いである。そして願わくばあなたにも心震わす不思議との出会いがあらんことを。』
ミオの居ない日々は、私に酷く現実を感じさせた。まるで彼女が居る日々の方が、夢のように。
朝、明るく挨拶をしてくれる友達も居なければ、授業中に笑いを堪えてこっそり話しかけてくる友達も居ない。移動教室に行く時も、食堂でお昼を食べる時も、休み時間もずっと一人。
だけどそれは私の良く知っている学校だった。
私にとって当たり前だった灰色の日常。教室も、廊下も、昇降口も、体育館も、食堂も、校庭も、桜の木も、色を失ってしまった現実。辛くて苦しくて果てしなく長く感じていたあの頃。それが目の前に戻って来たみたいに、ただここにあった。
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