第4話 避難
包丁を紙で包み、いつでも取り出せるようにリュックの横ポケットに入れる。
手では、刃物を持ち歩きたくないからな。
玄関から運動靴を持って裏口に向かい、靴を履いてから恐る恐るドアを開いた。
「変な生き物は……いないな」
紫の小人にオオカミっぽい動物。そして、鬼。その三種類だけじゃないかもしれない。
ここからは慎重に行動しなければ。
裏口の扉を閉めて鍵をかける。
一応、戻ってくるかもしれないからな。
防犯のためだ。
裏口ということもあって、ここは道路の方の反対方向に位置している庭なので、道路側は見えない。
ここからなら、鬼から見つかることもなく避難することができるだろう。
裏庭から、俺は後ろの家の敷地に侵入。
道路の方に静かに近づき、辺りを見回し何もいないことを確認する。
「よし、いけるな」
静かに、だけど素早く。俺は正面の家に向かって走る。
それにしても、何かおかしい。
人がやけに少な過ぎはしないか?
あの地震の後ならもう少し外に人が出たり、避難所に向かうなりしている人がいると思うんだが……いたとしても、怪物たちがいるから隠れているとか?
だけど、なんで道路にこうも服がたくさん落ちているんだろう?
誰かが捨てた? 何のために?
服一式落ちているからそんなことないと思うけど……。
そう思いながら、大通りに向かって一直線にいろんな家を突っ切っていく。
大通りが見えた。
家の影からそっと見てみると、大通りには三体の緑色をした二足歩行の生物がいた。
三体……それも見たことがない生物……大通りに出ないと避難所に行けないのにこんなところで遭遇するとは。
三体は、身長が小学生くらい。
手には木で出来ているだろう棍棒のようなものが握られていて、顔は……なんだろうか。
とにかく形容し難い位に気持ち悪い顔をしている。
見ているだけで眉間に皺が寄るほどだ。
それよりも、さっき見た動画の紫色のやつと同じくらいの強さだろうか? それだと、俺には勝ち目は全くない。
動画のように内臓を穿り出されてゲームオーバーだ。
「現実世界だからコンテニューとかないし、死んだら人生終了まっしぐらだな……」
呟きながら、俺は三体を観察する。
その時、三体がこちらに向かって歩き出してきた。
クッソ、バレたか?
などと思いながら、俺は後ろを確認しながら大通りよりも一本奥の道へと引き返す。
だが、そちらにも怪物はいた。
紫色のヤツだ。
二種類の怪物に囲まれてしまった……。
もし、バレたら襲い掛かられる……。
まさか、こんなにもあっけなく終わるとはなぁ。
などと思っていた、そんな時だった。
「おい、お主! こっちに来るんじゃ……!」
何処からか、しわがれた声が聞こえた。
辺りを見ると、俺が現在いる家の隣の家の庭に、地面に繋がるようにして設置されているドアから顔を覗かせこっちに手招きするおじいさんの姿が見えた。
俺は、急いでそこへ向かう。
おじいさんのところにたどり着くと、おじいさんはそのまま中へと入れてくれた。
「お主、大丈夫じゃったか?」
ドアをくぐり、おじいさんが扉の鍵を閉めると、そんなことを聞いて来る。
「はい、大丈夫です。助けてくれてありがとうございます」
おじいさんがランタンで階段を照らしながら、階段を下る。そして、俺は前を歩くおじいさんに礼をいった。
それにしても、俺以外に生きている人がいて本当に良かった。
外に全然人いないから一人でも人がいて安心した。
「どういたしまして。それよりも、お主は一人だけかの? 家族は?」
その質問で、俺は嫌な記憶を少し思い出す。
嫌な記憶は、今でも鮮明に脳の奥底に焼き付いており、俺を今まで苦しめてきた。
そして、多分これからも俺を蝕んでいくんだろう。
「家族は……いません」
その答えを聞いたおじいさんは、足を止める。
こちらを振り向く顔は目を見開き、驚いた顔をした後、申し訳なさそうなそんな顔をした。
「もしかして、今日突然現れた『モンスター』に……」
小さな声で、俺にそう聞く。
『モンスター』か。あの怪物たちのことを言っているんだろうか。その呼び名は、なんかしっくり来る。
これから、あの変な生き物は『モンスター』と呼ぼう。
「いえ。何年も前に母親と、妹が死んで……父さんは、知りません。離婚していたので」
母さんと、妹は俺が中学校一年の時、俺の目の前で死んだ。
その時の事件のせいで、本当は父さんに身柄を引き取ってもらうはずだったが、父さんは俺に毎月生活費を振り込むだけで、俺は一人暮らし。
まぁ、そうなったのは全て俺が悪いんだけどな。
「そ、そうじゃったか……大変じゃったの」
おじいさんは、そう言って悲しそうな目をした。
それにしても、地下室か……。避難するには良さそうな場所だな。
「ところで、なんで俺をここに……? 近くにその『モンスター』がいたのに……」
あの状況。それもあの数。もしモンスターに見つかっていたら、助けようとしたおじいさんまで危ない目に遭う場面だった。
なのに、おじいさんは俺を助けた。
俺は、ついさっきモンスターに追われている人を見殺しにしてしまったのに。
だけど、そんな俺を見殺しにせず、おじいさんはこうして避難させてくれた。
そんな勇気、俺にはなかった。
悔しさで歯を食いしばりながら俺は聞くと、おじいさんは足を止めこちらを振り向き、俺の頭に手を添えた。
「たまたま見かけたからじゃな……見かけて、それもピンチで……儂よりも若いものを、将来の期待できるものを見殺しになんてできるかい? 助けられそうな命は、儂の手の届く範囲でいいから助けてやりたい……ただそれだけの儂の自己満足じゃ」
皺のよったその顔を、優しそうにニコリと微笑む。
この人は……自己満足で危険を顧みず、人を助けようとしてしまうのか。
俺はそんなこと、できない。
俺は死ぬのが怖い。
そんな自ら死にに行くようなことできない。
「怖く、ないんですか?」
「怖いに決まっておる。儂だって、死ぬのは怖い……だけどのぉ、助けられた命を助けず、見殺しにして一生後悔するより、自分が後悔しないように行動した方が良いではないか」
この人は、強いな……。後悔しないように……か。
俺は……正直あの時、女性を助けなかったことを後悔している。
あそこで、助けていたらどうなっていたんだろう? 俺も、死んでいたのかもしれない。
そう考えると……この人はすごいな。
多分、そうゆうことも考えての後悔しないように生きているんだろう。
「さて、ここに長く居過ぎたの。地下室に入ろうではないか」
目の前を見ると、どうやら既に地下室の入り口まで来ていたようだった。
地下室の扉は金属でできていて、重く頑丈そうだ。
ここなら、大丈夫だろう。
「そうですね、中に入りましょうか」
おじいさんが、重そうな扉を開ける。
ゆっくり、ゆっくりと地面と扉が擦りあって甲高いキィィという音を鳴らしながら開いた。
「あ、おじいちゃん! おかえり、どうだった? ……って、え…………せん、ぱい?」
中には、俺の母校である中学校の制服を着た少女がいた。
元気よく、おじいさんに話しかける少女の胸には、俺の一個下の後輩ということを示す青色のバッチ。
その少女は、俺のことを途切れではあるものの、しっかりと俺のことを『先輩』と、そう呼んだのだった。
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