第3話 氷華


 氷華にバケツの中を水で満たしてもらい、俺は風呂場でタオルを濡らして体を拭いていた。

 今は7月なので寒くはなく、ちょうどいい感じだ。

 身体を拭き終えると、残ったバケツの水を使って髪を洗っていく。

 少量の水を髪にかけ、手でシャンプーを泡立ててから髪を洗う。

 髪をある程度泡で洗い、余分な泡を手で掬って床に落とす。

 余分な水を使うわけには行かないからな。


 ある程度泡を落とすと、風呂場にある桶でバケツの水を汲み少しずつ頭にかけて泡を流す。

 水で髪を洗うと髪が痛むと言う知識はあるが、今はそんなこと言ってはいられない。


 シャンプーを完全に落とし、乾いたタオルで髪をふく。いつもならコンディショナーを使うが、それを使って洗い流す水はない。

 氷華に頼めばいいだろうが、めんどくさがってやらなそうだ。


 俺の評価の第一印象はめんどくさがり。これが決して変わることはないだろう。


 髪をしっかりと水分を吸い取る感じで拭き、体を拭く。

 拭き終わって先程まで来ていた汚いジャージではなく、動きやすいズボンと上着。その上にパーカーを着る。


「ふう、さっぱりした」


 本当は温泉にでも入りたかったが、今はお湯が出ていないと思う。

 少し遠出をすれば天然温泉が沸いているところまでいけるが、そんな時間はない。

 ……あ、『転移』を使っていけるではないか。

 失敗した。次からはせっかくの『転移』を有効活用しよう。


 自分の部屋に戻ると、そこには変わらず氷華が布団に包まれている。

 何度も言うが、それは俺の布団だ。


 ただ、包まれているだけで寝転がってはいない。

 その代わり、俺に背を向け何かを啜っている音が聞こえる。


「おい、氷華」


「ん?」


 氷華が振り向くと、その手には湯気が立ち上っているカップラーメンが。

 いや、お湯どうやってって……水魔法か? 水魔法でお湯が出せるのか?


「水魔法ってお湯出せるのか?」


「ん、出せるよ」


「じゃあなんでバケツに水入れたんだよ……」


「水を出してって言ったから」


「そうか……」


 できればお湯で体を洗いたかったが、もうしてしまったことだ。仕方のない。

 それにしても、腹が減ったな。

 カップラーメン食べるか。


 カップラーメンの包装を剥がし、蓋を少し捲る。

 このカップラーメンはシーフード。カップラーメンといえばこれだろう。


「氷華、カップラーメンにお湯注いでくれ」


「ん」


 氷華に容器を渡すと、その中にお湯が注がれてく。

 お湯を注いだカップラーメンを床に置き、三分待つ。

 

「冬哉は、なんで一人でいるの?」


 カップラーメンが出来上がるのを待っていると、いきなり氷華がそんなことを聞いてきた。

 その手にはもうカップラーメンはなく、あるのは空き箱のみ。


「なんで一人か……他の数人の仲間は避難所にいるんだけど、元々俺たちがいた避難所が崩壊しててさそこにいた避難所の人たちがどこにいるか今わからないわけ。だから、俺が一人で探しに来てる」


「そうなんだ……まぁ私はやることないし、とりあえず生きていければいいから冬哉に着いてく。肉壁はいたほうがいいし」


「また肉壁って……二回目だぞ」


 カップラーメンを開け、割り箸を割る。

 綺麗に真っ二つにできた割り箸で麺を混ぜ、それを掬って啜る。


「肉壁。だって私、強いし」


「へぇ……根拠は?」


 ジッと嘘を言ってなさそうな目でこちらを見つめる。

 その目を見て、俺は麺を啜りながら聞いてみる。


「私、魔法たくさん使える」


 氷華がそういうと、氷華の周りに一瞬にして魔法の玉が展開された。

 その属性は四属性。氷、火、水、光だ。

 四属性……俺が適正を知っているのは三属性だけ。それも放射系は使えない。

 正直、頼りになる。


「へぇ、MPは?」


「極振り」


 ……ん?

 箸から麺がこぼれ落ちる。


「え? もう一回言ってくれないか?」


「極振り」


 ……ん? 聞き間違えじゃない?

 え、極振りってあれだろ? ステータスを一つだけに特化させる……え?


「えっと……それは何に?」


「MP」


 えっと……MP極振り……ですか。

 MPだけに特化してるんですか。


 これは……強いのか? いや、強いわけないだろ。

 他に何も振ってないってことは物理攻撃は弱い。防御力も低い。遅い……。

 ダメダメじゃないか……。


「お前、バカだろ?」


「ば……っ! バカじゃないし。一人で安全に楽に狩るにはこれが一番だっただけだし……」


「はいはい、そうかそうか。そう言うことにしといてやるよ」


「だから……! 違うって」


 カップラーメンを食べながら、俺は氷華をいじり遊ぶ。

 これもスキンシップのうちだ。何もいじるのが楽しいからいじっているわけではないぞ?


「そ、それで? まずどこに探しにいくの?」


 氷華をいじっていると、氷華は唐突に話題を変えてきた。

 どこを探すか……そうだよな……。

 どこを探すかで困ってるんだよな。


「まだ未定。この辺を探してみようとは思ってる」


「ん。それならホームセンターはどう? あそこなら物資もあるから人がいるかも」


 確かに、近くのホームセンターだといろんな物資があるから人が集まりそうだ。

 そこをまずは目指してみるか? 道中は歩いて人を探せばいいだろう。


「そうだな……ホームセンターに行ってみるか……あそこならいるかもしれないし」


「わかった」


「それじゃあ、カップ麺も食い終わったし行くか」


 空のカップラーメンの容器をゴミ袋に入れる。

 そして、リュックを背負い立ち上がる。


「交通手段は?」


「徒歩」


「拒否する」


 氷華が交通手段を聞いてきた。

 徒歩に決まっているだろう? などと思っていたが、首を振って拒否された。

 だったらどうやって移動するんだよ……。


「じゃあ、どうやって移動するんだ?」


「車」


「そっちの方が却下だ! 運転できないぞ!」


「ちっ……使えない」


「俺に運転させるつもりだったのかよ! てか、車は音が出るからダメだ」


 それに道路も塞がれてる時があるしな。乗り捨てられた車とかで。

 幸い、死体とかはないのでいいんだが。


「じゃあ自転車」


「誰が漕ぐ」


「もち、冬哉」


「なんでよ!」


「足届かない」


 それを聞いて、氷華の身長を思い出す。

 小さかったな……。足、届くか? 届くよな? いや、でも……。


「あーもう! どっちにしろ歩きにしたってお前ステータス振ってなかったな! しょうがねぇ……自転車漕いでやるよ!」


 そうして、俺は自転車で氷華とニケツをして向かうこととなった。


「安心して、後ろからモンスターは殺すから」

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