第9話 襲撃者


「お主ら! 今すぐ逃げるんじゃ……!」


 部屋の中に、おじいさんの大きな声が響き渡る。

 先程までのおじいさんの気の抜けたような表情は、扉を開いた瞬間に険しいものへと変わり果てた。


「おじいさん! 俺も手伝います……!」


 その顔を見て、俺は咄嗟におじいさんの近く行こうとする。

 だが、


「来るな! 冬哉!」


 おじいさんの今までにないくらいに厳しく大きな声で言う。

 その目はとても鋭く俺を睨みつける。


 見られているだけなのに、俺は身体が動けなくなった。


「冬哉よ……お願いじゃ、梨花を連れて、逃げておくれ」


 俺を見るその目は、鋭い目から少し穏やかになり、僅かに微笑んだ。


 その間にも金属の扉は段々と開いていき、筋肉が削ぎ落ち骨が丸見えとなった手がドアの隙間から何本も顔を出す。


 梨花さんを見る。

 梨花さんはその手を見て、へたり込んでしまっていた。

 

 俺は……一体どうすればいいんだ?

 おじいさんを手伝う? そしたらおじいさんの言っていることに背いてしまう。

 かといって、梨花さんを連れて逃げる?


 逃げるってどこに?

 安全な場所は?


 もし、ここで梨花さんを連れて逃げれば、おじいさんはどうなる?

 命の恩人だ。

 大切な人だ。

 こんなところで失ってはいけない人だ。


 そんな人を、見捨てるなんてできやしない。


「ハァァ……梨花! この馬鹿を連れて早く逃げるんじゃ!」


 おじいさんがため息をついた。

 そして、ただ唖然と立っている俺から、今度は梨花さんにおじいさんは言う。

 

 ダメだ。逃げれない。

 おじいさんを置いてなんてとてもじゃないが逃げれない。


 梨花さんだってこんな状態じゃ……。


 その時、俺の腕が引っ張られた。


「先輩、逃げましょう……この部屋には、出入り口が二つあります」


 真剣な顔で梨花さんがそう言う。

 話によると金属の扉の反対側、木製の扉の向こうに金属でできた扉がもう一個あるそうだ。

 それは庭ではなく家の中に繋がっている扉だそうだ。


「で、でも……おじいさんは!」


 振り向きざま、俺はそこまで言いかけて梨花さんの表情を見て言い淀んだ。

 梨花さんは、目尻に涙を浮かべ唇をギュッと噛み締めていた。


「……わかった」


 梨花さんは決意したんだ。

 おじいさんを置いて逃げる決意を。


 俺はそんなことできなかった。

 だけど、梨花さんは直ぐに決断した。

 梨花さんは、強いと思う。


 直ぐに俺はここに持ってきたバックを持ち、梨花さんの後をつける。


「冬哉よ! 反対側の壁収納にスコップが入っておる! それを武器として持っていくんじゃ!」


 おじいさんの声が聞こえ、俺は言うとおりに壁に行ってクローゼットを開ける。

 その中には、鉄製の先の尖った大きなスコップが壁に立てかけられており、俺はそれをとると、おじいさんの方を見た。


 扉が先ほどよりも開いている。

 ほぼ骨の状態の手が、おじいさんのドアを押さえている腕を掴み、おじいさんの腕に血が滲んでいる。


 本当に……おじいさんを見捨てていいのか?

 

 俺は心の中でそう思う。

 梨花さんは置いていくと決めたようだが、俺はそうじゃない。

 

 そう思いながら、俺はおじいさんを少し見ていると、おじいさんがドアを押さえながらコチラを見た。


「梨花は……行ったか」


「はい」


 梨花さんはもうこの部屋にはいない。

 先に地上の方に向かっているんだろう。


 おじいさんの表情は、こんな時なのに穏やかだ。


「冬哉よ……お主はまだ若い。この先いろんなことがあるじゃろう…………だが、忘れるでないぞ。こんな世界になったからには、人は死ぬ。簡単に死ぬんじゃ……だから、お主は強くなれ。強くなり、守りたいと思える存在をしっかりと守るのじゃ」


 まるで、これが最後かのようにおじいさんは俺に言う。

 俺の視界は、段々とぼやけ、うまく言葉が喋れない。


「さぁ、早く行け! 儂はそろそろ限界じゃ!」


 おじいさんの言葉に頷いて、俺は反対側のドアに向かって走りだす。

 後ろに、おじいさんがいる。


 おじいさんが後ろにいると心強い。


 あぁ、いつかおじいさんのような強い人に俺はなりたい。


 ドアに着き、重いドアを開ける。

 急いで身体をドアの中に入れドアを閉めようとすると、微かに地下室からおじいさんの声が聞こえた。


「達者でな……冬哉」


 そして……ゆっくりとドアが閉まった。




 ドアが完全に閉まると、俺はそのまま急いで暗い階段を登り、地上へと出る。


「先輩……」


 梨花さんがドアの目の前にしゃがみ込んでいる。

 顔はよく見えないが、今はそれどころではない。


「梨花さん……とりあえず安全そうなところに避難しましょう」


 この辺で安全そうな場所はどこだろうか。

 ……俺の家の近くに、あの『鬼』はいるだろうか?

 

「安全そうなところって言っても、この暗さじゃそんなに遠くに行けないですよ?」


 安全そうなところ……そもそも、地下室がダメならどこも無理じゃないか?

 ていうか……なんで地下室の場所がバレたんだろう。


 いや、それは後で考えよう。

 とりあえず、ここにいたらダメだ。

 一か八か、俺の家に戻ろう。


「俺の家に、いきましょう」


 『鬼』がいないとは限らない。

 しかし、ここからなら俺の家は安全なルートで到達できる。

 一夜を越すには家でも大丈夫だろう。


「そう……ですね。分かりました。行きましょう」


 梨花さんは目元を擦り立ち上がる。

 その目は少し赤くなっているが、おじいさんによく似た鋭い光を宿していた。


「行きましょうか」


 地下室からでるドアを開ける。

 ドアを開けると、そこは廊下だった。


「もう一つの地下室の扉は庭にあるので、玄関の方から出ましょう」


 家の中を梨花さんに案内してもらう。

 外を見ると、街灯がないせいかとても暗い。

 月明かりだけが暗闇を照らしている。


「外には……大丈夫です。モンスターはいません」


 梨花さんが玄関のドアを少し開け、覗き込むとそういった。

 よし、それなら静かに移動しようか。


 扉をゆっくりあけ、二人とも外に出る。

 扉を閉めると音が響くため、ここは開けたままにしようと梨花さんが提案したのでそれに従う。


 静かに、ゆっくりと移動を始める。



 暗闇で視界がほとんどない中、月明かりを頼りに俺たちは俺の家に向かって移動を始めた。

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