第8話 晩餐
ステータスを決めたあとは、暇だった。
テレビがあるわけじゃない。スマホだって、インターネットが繋がらない。
梨花さんは『魔力操作』のスキルを使っていろいろ試していたようだけど、俺のスキルは完全に戦闘用。しかも、武器がないと無理。
今ある武器といえば、俺の持ってきた包丁くらいだ。
今はおじいさんが避難した後暇だろうからと持ってきたマンガを読んで暇を潰している。
今読んでいるマンガはスポーツ物。
今風の絵柄じゃなく、俺が生まれる前くらいに流行ったバスケットボールの漫画らしい。
不良がとある女性と出会ったことがきっかけで、バスケを始めるという内容だ。
結構面白い。
それを読んでいると、夕方になっていた。
昼飯は話し合いで取らないことにした。
おじいさんがいうには、三人が一ヶ月は余裕で暮らせるだけの食料があるが、モンスターがいる以上保険を取る必要があるからだ。
おじいさんがその時呟いたことが今でも忘れられていない。
『食料なくなったら、モンスターでも食ってみるかの……』
うん、聞かなかったことにしようとしても無理だ。
あのモンスターを食う? 人型だぞ? それも緑のやつなんかめっちゃブサイクでくさそうで不味そうだぞ?
俺は無理だ。それなら一日一食でいい……。
それはそうと、俺が呑気に漫画を読んでいる間に、梨花さんが『魔力』らしきものを操作できるようになったようだった。
本当にすごい。俺は何もしないで漫画を読んでいたというのに。
梨花さんが言うには、魔力は心臓に集まっているか、心臓で生成されているらしくそこを意識してみればわかるそうだ。
今、梨花さんは魔力を全身に均等に行き渡らせる練習をしているらしい。
ちなみになんでそんなことをするのかと聞いたら、『なんか修行って楽しいじゃないですか?』だそうだ。
意味がわかんない。
ただ、どうも回復魔法は使えないらしい。
どうやって魔法を使うのかも分からないらしいから、相当難しいんだろう。
ただ、おじいさんが耳打ちで何かを言った途端、顔を真っ赤にした梨花さんが『できるわけないですよ⁉︎ やってみて何も起きませんでしたーだったら、おかしな人だと思われるじゃないですか! 嫌ですよ、私厨二病じゃありません』
などと言っていたが、厨二病とはなんだろうか……? 病気……?
「もうそろそろ、夕食にするかのぉ」
漫画を読んでいると、おじいさんがそう言いながら壁際にある段ボールからいろんなものを出した。
最初に出てきたのはカセットコンロ。その次にガスが何本も出て来ると、次はなんとジブロックに入った、仕込み済みの生肉が出てきた。
「え? なんで生肉?」
俺はてっきり保存食とか出てくると思ったんだけど……え? なんで?
横を見ると、梨花さんも驚いた顔をしている。
一緒に避難したのにしらなかったのか。
「おじいちゃん、その肉どうしたの?」
「あぁ、この肉。冷凍庫に仕舞ってたんじゃが、腐ってしまうじゃろ? どうせなら夜にでも食べたいのぉと思っての」
肉は続々と出てくる。
どんだけ買ってんだ。この肉を一体誰と食べるつもりだったんだよ……。
そう思い、俺は気がついた。
そういえば、梨花さんの家族ってどうなったんだ?
梨花さんを見る限り、平然としてるけど……。
「さてさて、今夜は焼肉パーティーと洒落込もうではないか」
考えていると、テーブルの中央にはカセットコンロ。その上には中央に向けて少し膨らんだ鉄板が敷いてある。
その周りには、見る限りジブロックには牛カルビ、牛タン、ホルモン、豚バラ、豚トロ、鳥モモ肉などが並び、他に様々な野菜が用意されていた。
「ご、豪華……」
とてもこれが避難中とは思えない。
普通、缶詰とか乾パンだろ? なんで焼肉なんか……これじゃあ、まるで最後の晩餐みたいじゃないか。
そういえば、この家ソーラーパネル設置してあるんだったな……冷蔵庫、家から持ってきたら普通に食材保存できるな……。
いや、作る人がいなければ売る人もいないか。
電気あってもダメじゃないか。
おじいさんが、豚バラの袋をあけ一枚ずつ定間隔に……中央をきれいに開けながら並べていく。
一枚、また一枚と鉄板の上に置かれるたび、熱で脂が蒸発する。
「いい匂いじゃのぉ」
「今が避難中とはとても思えないね」
豚バラが九枚、置かれた。
鉄板に置かれ脂が焼かれる匂いが部屋中に充満し、小山型の鉄板を、脂が下に滴っていき溜まっていく。
肉を観察していると、段々と肉の表面が脂でツヤツヤになっていくと、おじいさんはそれを鉄製のトングでゆっくりとひっくり返す。
ひっくり返すと、肉の表面を覆っていた脂がいい音と共に匂いとなって俺の腹を刺激してくる。
ご飯が欲しい。
匂いだけでも何倍も飯が食えそうだ。
「高い肉は匂いもいいのぉ」
フォッフォッフォッと、ノリノリでおじいさんが肉を焼いていく。
ひっくり返した肉の表面は均等に焼けており、焦げ目がない。
てか、高い肉なのか。
いい肉だなとは思ったけど、まじかよ。そんな肉焼いてるのかよ。
「ほれ、できたぞ。さっさと取らんと焦げるから早めにの」
焼けた肉を取ると、豚バラ特有の脂っぽさが見るからに少なそうな見た目をしていた。
程よくツヤツヤで、肉からはさほど脂が落ちない。
この、鉄板のおかげか。小山型になっているから余分な脂は端の方に行くんだろう。
薄い紙皿に、三枚の肉を置く。
底が深い紙皿を取ると、その中にテーブルの上に置いてある焼肉のタレを注ぐ。
あぁ、この焼肉のタレも店でよく見る高いやつじゃないか。
皿の上に垂らすと、トロッとした薄い茶色のタレが底に広がっていく。
「ほぉ、豚バラうまいのーさすが、儂が焼いただけあるわい」
豚バラ。ただの豚バラである。
あの脂が多い豚バラ。
肉を箸で掴み、タレにつける。
タレにつけると、豚バラの表面についた脂が流れ出す。
だが、量が少ない。それだけ、ついていた脂が少なかったんだろう。
タレから上げて、口に運ぶ。
「ん⁉︎」
一枚全てを口に入れ咀嚼する。
少しカリッとした食感。その後にくる程よく甘い香り。
あぁ、高い肉の脂はこんなに甘い香りがするんだな。
一枚食べ、また一枚……気づいた時には、三枚は全てなくなっていた。
「あぁ、なくなっちゃった……」
なんともいえない虚無感が俺の心を支配する。
そして、空腹感も倍増した。
「ほれ、まだまだあるぞい」
いつの間に焼いていたのか。俺の目の前には、次の肉が置いてある。
ジブロックを見る限り、今目の前にあるのは豚トロ。
焼く前の大きな豚トロは、今やツヤツヤに光る水晶のように脂で輝いている。
「美味いですね」
豚トロを摘み、タレにつけ口に運ぶ。
俺の口から漏れ出た言葉は、ただただシンプルだった。
焼肉の余韻を感じながら、椅子にもたれかかる。
美味しかった。
こんなにも美味しい焼肉は、初めてだった。
もちろん、食材本来の美味さもあるんだろう。
だが、それを損なわせないおじいさんも腕があるんだろう。
「ふー食後の酒もいいのぉ」
そんなおじいさんを見ると、日本酒をペットボトルに入れた水で割り飲んでいる。
おじいさんが日本酒の瓶を持っていると、なんか映えるな。
長い髪を後ろで一本結いをして、少し厳つい顔のおじいさん。
この人が、和服を着て日本刀を持ったらものすごくかっこよくなりそうだと俺は思う。
「全く、おじいちゃんお酒はほどほどにね?」
梨花さんが苦笑いをしておじいさんを見る。
その手には、プリンが握られておりテーブルの上にはたくさんのプリンの容器が積まれていた。
まさか、梨花さんが避難時に持ってきていたバックの一つにプリンがたくさん入っているとは。
先ほど、焼肉を食べ終えたかと思うと、梨花さんは部屋の隅に置いてあったバックを持ってきて中からプリンを出した。
普通のプリンから焼きプリン。かぼちゃプリンなど、様々な種類のプリンが出てきてとてもびっくりした。
「プリンなんて別腹です」
などと梨花さんはそう言っていたが、流石に食べ過ぎだと思う。
「……ん?」
二人を見ていると、ふと妙な胸騒ぎを覚えた。
なんでこんなにも胸騒ぎがするんだろう?
考えているだけで、だんだんその胸騒ぎは大きくなっていき、落ち着かなくなってくる。
「冬哉よ、どうした? そんなキョロキョロして」
おじいさんにそう言われるが、俺自体もよくわからない。
けど、なんだこの胸騒ぎは。
「い、いや。なんでもないです」
「そうかの? まぁゆっくりするといい」
おじいさんはそう言って、空になったグラスにお酒と水を加えていく。
そんな時だった──
部屋の中に、金属の扉を乱暴に叩くような音が聞こえたのは。
「なんじゃ? 誰か来たのかのぉ」
それに反応したおじいさんがグラスを置いて席を立つ。
その足取りは確かなものだ。
だが、俺は先程から止まない嫌な胸騒ぎ、そして今の外の状況がどんなだったか顧みて『誰かが来た』というのはないんじゃないだろうか?
「おじいさん、待って……!」
俺がおじいさんを止めようとする。
だが、おじいさんは一番その金属の扉の近くに座っていたので、俺が止める声と同時に扉の開く音が聞こえた。
「「「ぅあぁぁぁあぁぁ……」」」
扉を開けるとまず聞こえてきたのは、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい無数の声。
そして、濡れた柔らかいモノを引きずるような、そんな嫌な音が聞こえたのだった。
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