第26話 鬼、再び


 小学校に向かうたび、血のついた衣類が増えていく。


 みんな、あの『鬼』にやられたのだろう。

 そう考えると、あの鬼を絶対に倒さなければならない。

 そして、一刻も早く小学校に着かないと。


 十字路を曲がり、走る。残るはもう一つの十字路を曲がるだけ。そこを曲がれば小学校の真正面だ。


 だけど、正直めっちゃ怖い。

 今だって『危険察知』がガンガンと俺の心に嫌な予感がすると訴えかけている。

 あの鬼は、俺がレベルを上げたとしてもまだ勝てない相手なのか。


 隣にいる今野さんを見る。

 今野さんの顔は、いつも以上に必死そうだ。しかし、顔が微妙に引き攣っている。

 今野さんも危険だと感じているんだろう。


 後ろを見るが、残り四人はいない。

 このスピードに追いつけないのだろう。

 あの四人は来ない方がいいだろう。俺でも『危険察知』がガンガンと訴えかけているんだ。俺よりも弱いと思われる四人は瞬殺されそうだ。

 いや、もしかしたら俺くらいでも瞬殺されるかもしれない。


 そうしているうちに、残り最後の十字路だ。

 そこをスピードをキープしながら曲がる。

 

 ようやく、校舎が見えた。

 校門には三メートルくらいの赤い巨体が鉄製の棍棒を振り回しているのが見える。

 その周りは、赤く染まっていた。


「冬哉ッ! いくぞッ!」


「はい!」


 今野さんがスピードを上げ、鬼にそのまま走っていく。

 俺は、それについて行き右手にずっと持っていた片手剣を握りしめる。


 鬼に向かって走っていると、歳をとった男の人が鬼に体を持ち上げられているのが目に入る。

 ニヤニヤしており、碌でもないことを考えていそうだ。



 そんな鬼のすぐ近くに、今野さんはたどり着いていた。

 

 今野さんはそのスピードのままジャンプし、足を鬼の方に向ける。

 ジャンプキックだ。


 そのジャンプキックは鬼の後頭部に綺麗に直撃し、鬼は男の人を手放した。


 男の人を、俺は片手剣を逆手に持ちキャッチして地面に下ろす。


「助けに来ました」


「あ、ありがとう……」


 男の人は礼を言い、小学校の方へと走り出す。

 そちらを見ると、俺と同じくらいの若い男の人たちが剣や槍などを持って構えている。


 見る限り、全部ゴブリンの物で質は悪い。


「ウオォォォ!」


 雄叫びが聞こえ、慌てて鬼の方を振り返る。 

 鬼は今野さんの方を見て雄叫びを上げており、そのまま今野さんに向かって走る。

 スピードは昨日のホブゴブリンよりも遅いと思う。

 

 その鬼に向かって今野さんは拳を握り名一杯身体を使って捻り……一気に振り抜く。


 だが、その拳は鬼の鉄製の棍棒により防がれていた。


 拳と鉄製の棍棒。どちらが勝つかなど明白。

 今野さんは、次の瞬間その場から消え、学校近くの家から大きな音が聞こえた。


「……え?」


 そちらを見ると家には大きな穴が開いており、中には瓦礫に埋まった今野さん。


 あの交差の後、一瞬にしてあそこまで飛ばされたのか……!


 鬼を見ると、俺には眼中がないかのように今野さんにむかって走り出そうとしている。


「こっちを見ろや!」


 片手剣を握りしめ、鬼に近づき無造作に鬼に向かって斬撃を放つ。

 その斬撃は鬼の足に当たり血が吹き出した。


 攻撃は……通る!


 そのまま次の斬撃を繰り出そうと剣を振りかぶる。


 だが、鬼はいつの間にかこちらを向いていた。

 先程までは今野さんの方を向いていたはず──。



 ──左側から『危険察知』が尋常ではないほどに働いた。



 すぐに左側を見る。

 だが、目の前はゴツゴツとした灰色の塊しか……え?


 咄嗟に剣を両手で構え、その塊……棍棒を迎え撃つ。

 棍棒と片手剣が火花を散らし交差する……が、それは一瞬のこと。


 棍棒が片手剣に当たった瞬間、俺の身体が浮き上がる。

 足が地面から離れ、とてつもない力で俺は上空へと飛ばされた。


「クッソ〜ッ!」


 回る視界。鬼を見ると、完璧に棍棒を振り抜いていた。

 野球のフライを上げるような感じだ……。


 浮遊感が全身を襲う。

 身体が回りながら上空へと打ち上げられた俺は、最高点に達する時回転が止んだ。


 下を見ると、一軒家を余裕で越している。

 そして、鬼がこちらを見ている。


 『危険察知』がガンガンと訴えてくる。

 これは、俺でも結末はわかってしまう。


 落ちた瞬間、鬼は俺を棍棒で叩きつけるんだろう。


 今野さんはまだあの家からは出てこない。

 気絶か……最悪、死んでいるのか……。


 死んでいるとしたら、俺もそちらにいくかもしれない。


 小学校にいた人たちを見る。

 あの人たちは、俺たちの姿を唖然としてみており足元には武器が転がり落ちている。

 完全に、戦意を喪失してやがる。


 再び、浮遊感を俺を襲う。

 今度は、落下だ。


 腹の奥がキュッと絞られるような感覚とともに、頭部から落ちていく。

 流れる視界の中、ようやく俺たちに追いついてきた四人が見える。

 遅すぎるだろ。

 その四人は俺を指さして何かを言っている。


 そんなことより、俺はどうやってこの状態から抜け出そう。

 俺は今、頭部から落ちている。


 このまま落下すれば潰れたトマト。

 かといってそのまま落下しなくても、鬼の棍棒で叩きつけられて潰れたトマト。


 どっちに転んでも、俺の運命は潰れたトマトになるだろう。


「はは、来世はトマトになりたかねぇな」


 もはや乾いた笑いしか出てこない。

 完全に、この戦闘は詰んでいる。

 こんなことなら、もう少し強いスキルを手に入れとくべきだったな……って、そもそも俺には『刃神』があったか。


 下を見ると、鬼がいる。

 棍棒を、野球でバットを振るような姿勢で構えており、また俺を上空へと弾き飛ばそうとしているようだ。


 地面に、叩きつけられなくて済む。

 だが、何も変わらない。

 いつかは俺は地面に叩きつけられて死ぬ。


「だけど……最後まで、俺は抗う」


 片手剣を握りしめ、また棍棒をガードできるように両手で持つ。

 ここは空中だ。足場なんてない。

 また、飛ばされよう。


 今野さんさえ起きれば、この俺が遊ばれている状況を打破できる……そう信じたい。


 鬼の正面を、通過した。

 もうすぐ近くには地面だ。


 予想通り、鬼は棍棒を振るってくる。

 それを片手剣でガードし、また弾き飛ばされる。


 あぁ、めっちゃ手がいてぇ!


 流れる視界の中、そう思わずにはいられない。

 腕が千切れそうなほど痛い。


 そう考えていると、背中にとてつもない衝撃がきた。


「ぐッ……ぶはッ」


 肺の中の空気が全て抜け、腹から鉄の味がするナニかが吹き出してくる。

 背中が痛い。かろうじて見える視界には、小学校にいた人たちの姿。


 もしかして……俺は上空じゃなくて、壁に向かって飛んだのか……。

 くそ……こっちに飛んじまったらこいつらも危ねぇのに……!


「にげ……ろ」


 辛うじて声は出る。

 こいつらは、逃げた方がいい。

 多少でも、時間稼ぎにはなるだろう。


 こいつには勝てる人はいない。

 レベルをめっちゃ上げないと、こいつには勝てない。


 小学校にいた人たちは、それを聞いて逃げ出す。

 そうだ、それでいい……。

 ったく……助けようとしたのに、助けられないとはな……。

 黙って、『危険察知』の通りそんな場所には行かなければよかったものを……。


 鬼が、ゆっくり棍棒を地面に引き摺りながら俺に向かってくる。

 その顔は狂喜に満ち溢れている。


 鬼が俺に向かって棍棒を天高く掲げる。


 俺には、もう抵抗できる余力はない。

 こんな場所で、俺は死ぬのか……。



 鬼が、棍棒を振り下ろす。

 鉄の塊が、俺に向かって落ちてくる。


 俺はそれを見つめ……あることを思い出した。


「そういえば……梨花さんに……『いってきます』、言うの……忘れてた、な」


 棍棒が目の前に迫り、俺はソッと目を閉じる。

 あぁ……死んだな。





 だが、諸撃は俺のすぐ真横にきた。

 目を静かに開けてみると、棍棒は俺んすぐ隣に当たって俺は無事だ。


 鬼を見る。


「……え?」


 だが鬼の頭は首から先がなく、静かに横へと倒れた……。


 そして、人影が現れる。


「これは……一体、どうゆう状況ですか?」


 メガネを戻し、そういう白髪の男の人を記憶の最後に……俺はそっと意識を手放した。 

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