第21話 悩んだときにはビンタを



 あれから、俺はナイフを梨花に返さずそのまま自分のテントに戻った。

 俺は……今度は自分の意思で、しっかりと目的を持って人を殺した。


 これで、俺はステータスの称号の通り人殺しだ。


「もう、俺が他の人関わることなんてできない」


 誰もこんな人殺しと関わろうとする訳がない。

 今野さんも、あの塔から帰って来たら俺のことを軽蔑するかもしれない。

 あの、優しい梨花さんだって俺から離れていってしまうかもしれない。


 だけど……正直、楽都を殺したことに後悔はしていない。


 あいつがいれば、あいつの餌食になる人が増えていく。

 梨花さんだって襲われるかもしれない。

 そんなやつを、こんなところに置いてはいけない。


 布団を転がって、テントの天井を見る。

 

 これからどうしようか……。

 人を殺した俺がこんな場所にいてはいけない。


 それに、周りも黙っていないだろう。


「やっぱ、他のところに行くかー」


 だけど、他の避難所に行くのはなんか違う。

 俺は、もう人とは関わってはいけない。

 一緒に過ごす過程で、俺がまた人を切ってしまうかもしれない。

 今日だって、人を罰する=人を殺すと言うふうに勝手に思って楽都を殺した。

 

 そう考えていると、テントの外から音が聞こえた。

 塔屋登る梯子の音だ。


 一体、誰だろうか?


「先輩……ここに、いますか?」


 テントの外から声が聞こえる。

 この声は、梨花さんだ。


 全く、梨花さんがこんなところになんの用があると言うんだ。


「いるよ……どうしたの?」


 テントの薄い壁越しに、返事をする。

 俺は君と関わる資格なんてないのに……。


「先輩……楽都さんを、どうしたんですか?」


 どうした……か。ほんとのことを言ったら、軽蔑されるだろうな……。

 かといって、嘘をついてもバレたときに軽蔑されそうだ……。


「あいつは……殺したよ」


 テントの外から、驚きが伝わってくる。

 当然だろう……。


「どうして……ですか?」


「あいつは……女の人を、襲った……到底許されることではない。そんなやつを、こんな場所で生かしてなんて……俺にはできない」


「そう……ですか」


「だから……もう俺が梨花さんと関わることなんてできない……」


 人殺しと関われば、梨花さんにだって被害が及ぶ。

 そんなことは、だめだ。


「先輩、そこから出てきてください」


「え?」


 どうして。なんでここから出なくちゃいけない。

 俺は、もう君に合わせる顔なんて持ち合わせてないのに。


「いいから出てきてください」


「……わかった」


 一体、急になんなんだろう。

 ここから出ろなんて。

 もう、こんな人殺しとなんて関わらなければいいのに。


 テントの中にしまってある靴を取り出し、出入り口をあける。

 そして、靴を履いて外へ出た。


 外はもう暗くなり始めている。

 今野さん達は、もう帰ってきているかな?


「先輩、どうして……そんなこと言うんですか?」


 振り返ると、梨花さんは涙目でこちらを見ている。

 なんで、そんな顔をしているんだよ。

 なんで、梨花さんが泣いているんだよ……。


「俺は、楽都を殺した。自分の意思で、だ……こんなやつとは、梨花さんは関わらない方がいい……」


 その目から顔を背け、屋上の外の風景に目を向ける。

 梨花さんが何を思っているかはわからない。

 

「先輩……」


 泣きそうな声が聞こえる。

 だから……なんでそんな……。


「歯、食いしばってください!」


 そんな声とともに、俺の頬が強く叩かれた。

 ……え? 叩かれた?


 思わず梨花さんを見る。

 梨花さんは、涙目でこちらを見て右手を開いた形で振り抜いていた。


「……え?」


「なんでビンタされたかわかってないようですね、先輩!」


 本当に、なんで俺はビンタをされたんだろう?

 ビンタされるようなことは……まあ、してる。

 だけど、どうして?


「なんで先輩は、自分から『関わらな方がいいって』言うんですか! 私は、好きで先輩と自分から関わっているんです! なのに……なんで自分から関わらない方がいいって言っちゃうんですか!」


 梨花さんが、俺の胸ぐらを掴みそう言う。

 その声は、とても俺の言葉に響く……。


「そ、それは……俺が人を殺したから……梨花さんに迷惑かけると思って……」

 

「そんなの知らないですよ! 先輩は、好きで人を殺したんですか⁉︎ 先輩は、人を殺して楽しんでいますか⁉︎ 違いますよね? 先輩は……そうやって、人を殺して悩んでいます。正しいことじゃないって、自分で思ってるじゃないですか」


 掴んでいた胸ぐらを離し、俺の目をジッと見つめてくる。

 その視線に、耐え切れなくなりサッと視線を逸らしてしまう。


「先輩は……優しいんです。私は、知っています。先輩は、常に誰かのことを考えている人だって」


 なんで、君はそんなことを言えるのだろう。

 出会って、わずか数日。俺の……何を見てきたと言うんだ。


「先輩は覚えていないかもしれませんが、私は覚えてます。私が中学校に入学したとき、上級生から絡まれてた私を先輩は助けてくれました」


 上級生から絡まれていたのを助けた……思い出した。

 たまたま通りかかったところで絡まれていた後輩を助けた覚えはある。


 だけど、こんな可愛くはなかった気がする……。

 髪はボサボサだったし、目も髪でみえなくて、大人しい感じだった。


「あれから、私は変わったんです。見た目にも気をつけたり、明るく振る舞ったり……今の私があるのは、先輩のおかげなんです」


「そっか……」


「先輩……私は、先輩が人を殺しても気にしません。だって、先輩は……私のヒーロですから」


 ヒーロー……ヒーローか。

 俺とは真逆の存在だ。

 そんな俺が、ヒーローか。


「でも、俺と関わったら梨花さんに迷惑が……」


「大丈夫ですよ、先輩。私は……私だけは先輩の味方であり続けますから……例えこの世界の全ての人から非難されても、私は先輩からずっと離れませんから」


 梨花さんの目は、俺を真剣に見ている。

 そこまで俺のことを考えてくれているのか。


「ありがとう」


「いえいえ、どういたしまして」


 そういって、梨花さんは笑う。

 その笑顔を、俺は守りたい。


 そう思ったとき、甲高い音が何回も鳴った。

 気になって下を見ると、何か言っている。


「ゴブリンだー! ゴブリンの群れが来たぞー!」


 ゴブリンの群れが来た。

 梨花さんの方を見ると、ニコニコしながら俺の方を見ている。


「先輩、行ってください……そして、私にカッコいいところを見せてくださいね」


「あぁ!」


 梨花さんにそう言われ、俺は苦手だったナイフを手に走り出す。

 

 ──全ては、梨花さんの笑顔のために。

 

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