第39話 恋のペンデュラムが選んだ相手


 ※※※



「はぁ、はぁ、はぁ……」


 上条は息を切らしながらも武藤が指定した場所へと辿り着いた。

 それから上条は放送室と書かれた部屋の中に入っていく。

 なんで武藤が放送室の鍵を持っているのか、なんでそんなに沢山あるボリュームのネジと放送用のスイッチを迷いもなく、むしろ使い慣れた感じで操作できるのかと普段なら突っ込み所満載ではあったが、今は生憎そんな事に費やしている時間は一秒もない。


「よし、いけるぞ」


 そう言って「テステス」とマイクに口を近づけて言う武藤。

 だが可笑しい。

 放送はおろか機会がうんともすんとも言わない。

 電源は確かに入っているし、電気も通っているはずなのに。


「どうした?」


「可笑しい。設定は完璧なはずなのに――あっ? マジか!?」


 その時、武藤がある事に気付いた。

 それはコードが抜かれていることだ。


 ここまでかと上条が思ったその時、武藤は舌打ちをすると同時に動き始めた。


 そんなことから上条は武藤を黙って信じることにする。


 それにしても武藤がここまで頼りになる男だったとは意外。


「えっと……このコードがここで、あっちのコードがこれと繋がって――」


 ブツブツ何かを言いながらも手際が良さそうに見える武藤にお前さては常習犯だなと心の中でツッコミを入れる上条。そう言えばよく昼食時間に流れるの放送曲って武藤が好きな音楽ばっかりだったな……。


「おい、まだ一分程かかるからそこの窓開けて二人が校舎を出て行かないか見てろ」


「わ、わかった」


 上条は急いで放送室の窓を開けて、そこから福永と江口が出て行かないかの確認を始めた。

 どうやら姿が見えない事からまだ二人は校舎の中を歩いていると思われる。

 緊張し切羽詰まった独特の雰囲気に放送室全体が包まれる。

 こうなった以上、後は時間との勝負だろう。


「武藤まだか!?」


「後少し……」


 それからしばらくして二人が会話をしながら校舎から姿を見せた。


「武藤、二人が出てきた」


 それと同時に。


「こっちも準備OKだ!」


 と声が聞こえる。


 上条は武藤が用意したマイクの前へとゆっくりと歩いて行く。

 それを見た、武藤が最後の確認をする。


「ギリギリ間に合ったな」


「あぁ」


「最後の確認だ。本当にやるんだな?」


 武藤の言葉に上条が頷く。


「――当たり前だ」


 初めて見る男の顔に武藤はつい心の中で確信する。

 コイツ、この土壇場で完全に迷いがなくなりやがったと。

 そして小さく微笑むその姿に絶対の自信があるのだろうとも感じた。

 それはこの学校一の美少女――江口唯が手掛ける作品『アイリス』に出てくる想い人にただ一途で真っ直ぐな主人公にそっくりだった。


「マジかよ……こりゃ二人が惚れる理由がようやくわかったぜ」


 普段は優しくてバカ正直な男。それでいて相手の気持ちを尊重するせいか自分の意見を強く人に言わないちょっと頼りがいがない男。だけど今の上条は違った。ここぞと言う時にはしっかりと男になるたくましい存在であるとようやくわかった。


 いつもと顔つきが違う。


 いつもと雰囲気が違う。


 いつもと目に見えないオーラが違う。


 そう――全てがいつもと違った。

 学校一の美少女と学校一可愛い幼馴染の初恋対決にようやく決着がつく時がきた。

 そのカギを握るのは紛れもなく、今武藤の前にいる男――上条湊しかいない。

 そう思わされたしそう思った。

 なにより――。


(俺余計なお世話焼いたな。多分三人の関係がこれで壊れる事はない。だって今の上条見てると嫌いになんかぜってぇーなれねぇ)


 そう思ってしまう程、男の武藤から見た上条はとてもカッコ良かった。

 そう、ただ立っているだけでも十分過ぎる程に。

 もしこれが女の目線だったらと考えると多分上条の好感度が振られても上がってしまう、そう錯覚するぐらいになにかがいつもと違った。多分それは言葉だけでも勝者と敗者の二人に伝わるのだと思う。いやそうであって欲しいとまで思ってしまった。


 大きく息を吸いこむ上条。

 そして。


「――さよ! ゆーちゃん!」


 その言葉に校舎を出て、校門へと向かっていた二人が歩みを止める。

 そして驚いた表情で目を大きく見開き、口をポカーンと開けて、ただそこからは姿が見えない上条のいる放送室を遠目で見ていた。


 ここから二人の心に届くか届かないか、これが一番大事になる。

 だけどそんな武藤の心配はすぐに無駄に終わる。


「今からあの日の答えを伝える。だから聞いて欲しい!」


 いやこれ二人どうするんだ……返事。

 武藤は窓の外に見える二人を遠目から見て心の中で思った。

 こんな放課後学校に残っている生徒全員の前での告白ある意味一生忘れない学生時代の思い出となることは間違いない。ただし上条にとってはいい思い出でも二人にとってはさぞ疑問である。


「俺は二人の事が今も昔も大好きだ!」


 全校放送で学校中に響く声。

 だけどその声は聞いている人間を不快にさせるのではなく、興味をそそられる声でもあった。

 本来なら恥ずかしくて逃げたくなる場面。

 だけど好きだからカッコよく見えるのか、好きじゃなくてもカッコよく見えるぐらい今の上条がカッコイイ事をしているのかが二人の女の子は唐突過ぎてわからなくなってしまった。一人はお姫様にしてくれるような勇気ある行動をしてくれたらずっと愛してあげるわと甘い言葉で先日誘惑した。一人は私の思い出に一生残るような最高のサプライズプレゼント。私の為に湊が私の事を考えて贈ってくれる一生記憶に残るプレゼントが欲しい! とお願いした。


 偶然か必然かそれは本人以外誰にもわからない。

 だが上条が二人の要望にあろうことか同時に答えようとしているのだけは事実。


「みーくん……?」


「みなと……?」


 二人の女の子はお互いの顔を見て、この状況からこれから起こる事を何となく察した。

 だから二人は先に約束した。


「私達これからも友達で間違いないかしら?」


「うん。友達と言うよりかはライバルでいいんじゃない?」


「そうね」


 二人はお互いを認め合うことにした。

 だって自分の想い人が大好きって言ってるんだったらそうするしかないから。

 そう心の中で言い訳して。

 本当は似た者同士分かり合えるかもしれないと思っていたけど。それは恥ずかしいから内緒。だってそんな事言ったら、自分の気持ちある意味丸裸になってしまうから。


 幼き日からの片想い。

 その思いに気付くのが早い遅いはあったにせよ、ここまでくるのに一人は七年、一人は十一年待った。そう思うと、目から涙が零れてきた。まだ聞きたい言葉は聞けてない。だけどここまで頑張った達成感みたいなのが先にきてしまったのだ。


「ゆーちゃん! 俺はあの日振られた。それに後悔はない。だからよく聞いて欲しい。俺は高貴で気品があるゆーちゃんも、泣き虫で臆病なゆーちゃんも友達として今は大好きなんだ。だからごめん。俺が優柔不断なばかりに最後まで傷つけてしまって」


 少し間をあけて。


「それからさよ! 俺はお前の事が異性として大好きだ! これが俺が贈る今年の誕生日サプライズプレゼントだ!」


 そうこれが上条湊が土壇場で思いついたこと。


「――俺と付き合って下さい!」


 ハッキリとそう告げた、上条。


「俺は福永さよが隣にいない人生なんて考えられない。なにより何があろうとどんな時であろうと俺がお前を幸せするとこの場で約束する! これが十年分の答えだ! 返事はいつでもいい! 待ってる!」


 それからマイクを切り、放送室を出ようとしたところで


「私も湊の事が大好きだよーーー!! それと十年じゃなくて今年で十一年目だ、このばかぁーーー!! 最高の誕生日プレゼントありがとう!!!」


 いつも以上に元気のいい福永の声が聞こえてくる。


 それを聞いた上条と武藤はお互いの顔を見てクスッと笑いハイタッチをした。


 ――これが俺の考えた土壇場でのもう一つの最高のサプライズプレゼント。


 それからどうなったかは皆の想像に任せるとしよう。


 ただし、その日以降。


 ――俺と福永が、さらに親しい関係になった。のもまた事実。










 え? 俺の口から聞きたい?


 ったく、しょうがねぇなぁ。男女の仲にようやくなったんだよ。



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可愛い幼馴染のライバルは学校一の美少女だった~幼馴染に後退(失恋)と言う二文字はない、あるのは前進(一途)の二文字のみ~ 光影 @Mitukage

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