第19話 約束 (前編) 


 俺は全力で走った。


 全身の力が足の裏に伝わる度に次の一歩を力強く踏み出す。

 全身をバネの様にして、身体で風を切る。


 今は誰もいない無人の校門を駆け抜け、下駄箱で靴を履き替える。


 それから最後の力を振り絞り廊下を駆け抜け、階段を駆け上がり、教室に向かう。


「よし、八時四十三分。ギリギリセーフだ!」


 そう言って俺が教室の後ろの扉から入ると、


「遅刻だ、この大馬鹿者!」


 と、聞こえてきた。

 それと一緒に白いチョークが俺の頭に直撃した。


「いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 あまりの痛さに俺はその場で頭を抑えて座り込んでしまった。

 嘘だろ。おい、体罰はよくねぇんだぞ。


「上条!」


 年齢二十六歳独身、性別女、身長百五十三センチ(本人曰く)、体重四十キロ(本人曰く)の女教師――担任が俺の名前を呼んだ。だが低身長だからと言って舐めてはいけない。このオバさん……じゃなくて美人教師めっちゃ強い。なんでも空手で黒帯かつ有段者らしく、俺が今から本気で殴りかかっても瞬殺で返り討ちにされる程の実力の持ち主である。先日も夜の街でナンパされイラっときたとかなんとかで暴漢二人を瞬殺で返り討ちしたと校内で噂になっているぐらいだ。相手は確か体格の良い黒人男で元軍人だった気がする。


「は、はい……」


「この場で生きるか死ぬかを選べ」


「えぇぇぇぇぇ!? 嘘だろ!? それ先生が言っちゃダメな言葉!!」


「そんな言葉は、この世にない!」


 担任が言いきった。


「いや、あるだろ! 教育上よくない言葉とかさ!」


「ない! あるとすれば私が素手で殴り壊すだけだ! それで死ぬ覚悟はできたか?」


 その言葉に教室がざわざわし始める。

 だがこんな所で止まるわけがなく、担任は教室に視線を飛ばしながらハッキリと皆に聞こえる声で言いやがった。


「お前達は黙っていろ! それと今から起こる事は他言するな、いいな、絶対にだぞ」


 その一言にクラスがシーンと静まり返った。これが俗に言う恐怖による支配なのだろう。担任の右手には投擲用の白いチョークが三本ある。下手に逃げようなど考えてはダメだ。


 この場で一体何が最適解かを今すぐに導け。

 そうだ、脳よ。今こそ限界を超えて、目覚めろ、考えろ、知恵を振り絞れ、脳内回路を引きちぎれ、そして一筋の生を掴め、オレェェェェェェ!


 ――ピキーン!


 閃いた。行くぞ、これが俺の答えだぁ!!!


「遅刻して申し訳ございませんでしたぁぁぁぁーーーー!」


 俺はその場で正座をして地面に頭をつけて全力で土下座をした。

 恐る恐る顔をあげるとその姿を教壇の上から見ていた担任が舌打ちする。


「チッ。素直に謝りやがった……仕留めそこなっ……まぁいい。席につけ」


 ちょっと待って。今舌打ちしたよね?

 絶対に俺を殺す気だったよね?

 仮にも俺達の担任だよね?

 なに、担任の先生は今年から実力行使が認められるようになったの。

 てかいつまでその手に持ったチョークを俺に向けてるの。

 怖いからもうやめて。


 俺は心の中でワーワー喚きながら、


「はい」


 と返事をして自分の席に座った。

 俺はなんとか命拾いをした。

 俺達の担任は怒ると怖いので、皆機嫌が悪い時は何も言い返せないのだ。こう言ってはなんだが身体もスレンダーなので男子達からも密かに人気がある。胸が貧乳なのは残念だがそれを差し引いても黙っていればお高い花なのだ。そう黙っていればな。

 そんな美人教師は女子達からも人気があり、この口の悪さが問題になったことは過去の一度もないという強運の持ち主でもあるのだ。

 世の中、運がある人間はありのままの姿を全員に見せても受け入れて貰えるらしい。本当に世の中って理不尽だと思う。


「先に言っておくが、今後遅刻をした者は手加減しないから各自肝に銘じておけ」


「「「「「はい…………」」」」」


 クラスの心が一つになった瞬間だった。

 それから担任は必要な連絡事項を事務連絡として手元にあるプリントを見ながら話し始めた。途中眠たくて欠伸をすると、睨まれたりと朝からハラハラドキドキする朝を俺は迎えることとなった。


 生と死を実感した朝のHR。

 勉強不足を実感した一時間目。

 ただでさえ朝から体力を消費した俺に更なる運動を強いた二時間目。

 三時間目、四時間目は俺の集中力を根こそぎ持っていく、描写の時間。


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