第20話 約束 (後編)
全くもって肉体的にも精神的にも疲れる一日だなと実感したその日の昼休み俺は机の上にぐだっーとなっていた。
そこに一人の女子生徒がやって来た。
「お疲れ様。朝は災難だったわね」
俺が顔を上げるとそこには江口がいた。
江口は口元を手で隠し、クスクスと笑っている。まぁ今の俺は死んだ屍のような顔をしているから見てて面白いのだろう。それにしても江口って人前でも笑うんだな。まぁいいや、今は大人しく笑われてやるか。そしてなぜかそんな江口を見ていると元気が出てきたので、身体に力を入れて上半身を起こす。
「本当だよ。あの担任朝から容赦なくてもうクタクタだよ」
「それは上条君が遅刻してきたくせにセーフとか言うからよ」
「だって……」
俺は少し我儘になってみた。
なんか江口の前ではもう自分を着飾っても仕方がないかなって思えたのだ。
昨日の電話で心の距離感がやっぱり縮まったらしい。
「あらあら、いじけてから」
「…………」
「黙ったってことは図星ね?」
「う、うるさい!」
「うふふっ、わかりやすいのね」
江口とこうして仲良くなれてドキドキしながらも普通に話せることはとても喜ばしいのだが、なぜ俺は福永と言い江口と言いからかわれるのだろうか。これでは二人から見たら愛嬌のあるおもちゃ……みたいでなんかカッコ悪いと思うのは俺だけだろうか。それにさっきから周りの突き刺さるような視線が痛いのだが、これは全部無視することにした。
「クッ、……今こそ右手の封印を解くときか!?」
「うなれ、俺のロンギヌスの槍(100均のハサミ)。狙いは上条ただ一人だぁ!!!」
「江口が居なくなった時が貴様の最後だ! このリア充めが覚悟しろ!」
等々耳を澄ませば色々と聞こえてくるのだ。
てかハサミ本当に投げるなよ。もし俺じゃなくて江口に当たったら、木菊一華殺人未遂とかで全国に名前が載るぞ、田中雄一郎君。仮に殺人罪に問われなくても原稿が止まり、新刊が出せなくなった時点で木菊一華ファンにお前は社会的に殺されるだろうな……。そうなったらマジで笑えんから今すぐハサミをしまいなさい。まぁ後は大したことないし突っ込まなくてもいいだろう。
「江口って性格悪いんだな」
「あら、そんな性格が悪い女の子に恋したのは誰だったかしら?」
ぐはぁぁぁぁ、精神がやられる……。
46→7
心のHPゲージが早くもゼロになりそうだった。
「冗談よ。それにしてもいい反応するわね。見てて面白いわ」
胸に手を当て机に頭をつけて苦しむ俺を見て江口がそんな事を言いだした。
マジで俺を愛嬌のあるおもちゃにしてないか江口の奴……。
幾ら好きな人とは言えな、俺にも心のHPゲージがあるんだぞ!?
「って、なに湊をイジメてるのよ。可愛そうだから止めてあげて!」
「なにってお話しよ?」
「ならなんで湊が苦しそうなのよ」
「それは私がからかったからかしら」
「そうゆうのは止めて。湊が可哀そう。からかっていいのは私だけだから!」
うん?
いま、なんと?
顔を上げると教室に戻って来た福永が目の前にいて、すぐ隣にいる江口は冷静に福永の対応をしているように見える。
「そうなの?」
「そうよ!」
「ってちょっと待て、さよ! さよもダメだから!!」
「えっー、私はべつにいいじゃん!」
「なんでだよ!? 江口がからかって可哀そうって思ってるんだったら福永にからかわれても俺の心のHPゲージが減るって意味であまり変わらないだろ!?」
「「……ん? 心のHPゲージ?」」
福永と江口が小首を傾げてきた。
こいつらなんていいタイミングで強調するんだ。
さては似た者同士か! 確信犯か!
「お前らな……」
これは弁解するのも説明するのもめんどくさそうなので俺が諦める事にした。
「なんでもありません。今後はお二人共加減を間違わない程度にお気を付けください」
この際クラスのNo,1を争う美女二人に従う事に俺はした。普段なら折れないが、俺の心のHPゲージはもうほとんどなく疲れ果てているのだ。それにこれ以上削られたら午後の授業に精神が不安定になって支障がでてしまう。具体的には授業中に突然一人発狂したりとか。
「それで江口さんから湊に話しかけて何の用だったの?」
「あーそれ?」
そう言って江口は俺に視線を向けてきた。
「上条君今日放課後暇かしら?」
「暇だけど」
「なら悪いんだけど私とお買い物行かない?」
「えっ?」
驚く俺。
「はっ!?」
イラっとしたと思われる福永の冷たい声。
「アイリスの最新刊に男性とのお買い物シーンがあるのだけれど、いまいち描写にリアリティーがなくてね。そこで私の買い物でいいから付き合ってくれたら嬉しなーなんて思って。お礼はそうね~アイスクリームかなにかでどうかしら? 別に夜ご飯でもいいけど」
「次巻のアイリスはそうゆうシーンがあるのか。そうゆうことなら別に俺は構わないけど……」
俺はチラッと福永に視線を向けて言った。
急に顔から笑みが消えた福永の許可が多分おりない気がしたからだ。
別に付き合っているわけではないが、俺は江口とも福永とも喧嘩するつもりはないのだ。
確かに事情はどうであれ江口との放課後デートは乗る以外に男としては選択肢がないわけだが、そんな男の欲望も幼馴染のご機嫌一つで潰される事もあるのだ。
なんで神様さ、男って生き物に狩猟本能と多くの子孫を残す為に沢山の異性を好きになる本能を人間に備えたの……。俺今心臓バクバクして破裂しそうなんだけど。だって江口もさ、福永に対してなんか目力が強くなり始めたしさ。
「なら問題ないわね、幼馴染さん」
「福永よ!」
「それはごめんなさい、福永さん」
「わかったわよ。湊の気持ちを尊重する」
「別に貴女の許可はいらない気がするけど一応お礼を言っておくわ。ありがとう」
「勘違いしないで湊の為だから。って事で私も一緒に行く!」
ん? さよ?
俺の聞き間違いだよな。
「はい?」
江口が戸惑う。
そりゃそうだろう。
幼馴染の俺ですら突然のことに少し戸惑っているぐらいだからな。
「だから私も一緒に行く! 別に小説の為とは言え二人きりじゃなくてもいいでしょ。描写程度なら私がいても雰囲気が味わえれば書けるでしょ?」
「まぁそれは否定しないわ。上条君の反応が一番大事だし」
「なら三人で行くでいい?」
「上条君はどうしたいかしら? 私は上条君がいれば、まぁ三人でもいいわ」
福永と江口が仲良く……は多分すぐには無理なんだろうなと俺は思った。
だって見てる感じ磁石のS極とS極って感じしかしないもん。
「まぁ俺は二人がいいならいいけど」
「なら決まりね。場所は放課後……いやこれは放課後の帰り道に言うわ。でないとクラスの男子達がついてきそうだから」
俺と福永が周りを見ると、クラスの男子達がこちらを見ていた。
まぁ無理もないだろう。なんせクラス、いや学年の美女No,1争いをしている二人が放課後一緒にお出掛けとあれば皆ついてきたくもなるだろう。それで偶然を装ってお近づきにと男は考えているに違いない。俺だって逆の立場だったら絶対にそうする。そう考えると、少し懸念材料があり素直に喜べないが俺はあいつらに比べたら恵まれているのだろう!
「そうね。私も男は一人でいいかな」
「貴女本当に上条君大好きよね?」
「す、好きじゃないもん! ただの幼馴染だもん、今は!」
「顔赤いわよ?」
「う、うるさい!」
「まぁ似た者同士ね、うふふ」
こうして俺と福永と江口の放課後の予定が決まった。
クラスの男子達の嫉妬の目にビビった俺は小声で「頼む、二人共。今だけでいいからここにいてくれ」と頼み福永と江口に側にいて貰うことで身の安全を確保した。好きな人と急にお近づきになれたことはめっちゃ嬉しんだけど、二人が近くにいると緊張も二倍なのか手汗がさっきからヤバイ事は俺だけの秘密。
てか頼む。福永、江口仲良くしてくれ。
だけど俺の心の声が二人に通じることはなかった。
それからも昼休み終わりまで、クールな江口、感情的な福永の話し合いが続き、俺はそんな二人を見守った。だけどなんだろうずっと見てて思ったのは、ちょくちょく江口が笑い、それを見た福永も笑いと物凄く仲が悪いって気はしなかった。むしろ二人共――。
放課後になればすぐにわかるし今は言わなくていいか。
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