第22話 先制攻撃は江口、放課後の時間 後半


「私は本の為とは言えこうして男友達に身体を近づけるの初めてだからいい意味でドキドキしているわよ」

(建前はとても大切よね、うふふっ)


「お、俺もドキドキしてる」


「こうして男の人と身体が触れるか触れないかの距離とても新鮮だわ」


「そ、そうなんだ……」


 緊張して言葉が上手くでない。

 あーダメだ。俺今超幸せ。鼻下あたりにちょうど江口の頭があるんだけどシャンプーの甘い香りが俺の鼻を刺激してくるんだよ。それにさ、江口も緊張しているのかちょっと表情が硬くなっているのがまた新鮮でいいと言うか。


「でも……」


「そんなに心配しなくてもいいのよ。上条君からイチャイチャしているわけでない、つまりこれは不可抗力なのだから」


 そのまま俺の顔を見上げて。


「私の物語もこれできっと少しは豊かになるわ。六年近く雪が積もっていた私の心にもようやく春が訪れそうって意味でね」


 江口はそんな事を言ってきた。

 俺の頭は正直、その意味を正しく理解できなかった。

 物語の幅が広がるとかそうゆう意味なのだろうが、雪と春の意味がわからない。作家としての成長なら雪と春ではなく険しい道が広くなるとかの方が適切だと思ったからだ。

 だけどそんな俺を見て江口は「そうやって素直に受け入れてくれる所、昔から大好きよ」と言ってきた。


「え? 昔?」


 俺は思わず聞き返してしまった。


「えぇ。まだ気付かないんだ」


「それは一体どうゆう意味?」


「そうね、素直に教えてもいいのだけれどどうしようかな~」


 江口は俺の目を見ている。

 綺麗な黒い瞳には頭の処理が追いついていない俺の顔がハッキリと映っている。

 と言うか、江口に見つめられたせいで顔が熱くなり始めた。


「あら照れてるの? 女の子に見つめられるの苦手?」


「……うん。なんか恥ずかしくて」


「可愛いわね。でも上条君も去年私とすれ違う時よくチラチラと見てたでしょ?」


「えっ……いや、それは……」


「いいのよ、別に怒ったりしないから。それに去年も一応友達だったしね」


「まぁ……って話し誤魔化さないで、昔ってどうゆう意味?」


 俺はいつの間にか脱線していた話しを元に戻す。


「そうね、とりあえずこのお話しは今度時間があるときにゆっくりしましょう。みーくん」


 そう言ってレジへと持っていた本の会計をしに行く江口。

 だけどなんだろう。急に江口との距離が一気に縮まった気がした。

 最後の言葉、聞き間違いかと一瞬思ったがそうじゃない。

 確かに最後「みーくん」と江口は言った。

 その呼び名で俺を呼ぶ人間は過去に一人しかいなかった。

 その人物は小学生低学年の時に仲が良かった女の子。だけどその子は黒髪短髪で当時の俺と変わらない髪型をしていたような気がする。それに江口のように棘があったと言うか、ん? あれ……棘? ちょっと待てよ……。

 でも言われてみれば雰囲気がどこか似ている気がする。確か名前は江口……。

 えっと……江口……ゆ……い……そう江口唯だった気がする。

 ん? ん? ん!?

 だとしたら俺の初恋相手って、もしかして……。

 俺が一人考え事をしていると会計が終わった江口が俺の名前を呼び、そのまま手を掴んで歩き始めた。


「上条君? どうしたの? とりあえずここは次の人の邪魔になるから福永さんの所に行くわよ」


 もしかして小学生の時に仲が良かった女の子と今目の前にいる江口唯って同一人物なのか?


 俺の頭はそれで一杯になった。

 だから俺は。


「もしかしてゆーちゃん?」


 と聞いてみた。

 もしそうならめっちゃ嬉しい。

 だけどこれで人間違いだったら俺は多分殺されるだろう。

 女性に対して違う女性の名前を口にした時点で覚悟を決めなければ生きていけないのがこの世界だからだ。


 ゴクリ


 江口は俺から手を離して立ち止まった。


「うん、久しぶりだね。みーくん。やっと思い出してくれたんだ。でも今は話しがややこしくなると思うから今だけは今まで通りでいましょ。でないと福永さんが戸惑うわ。それに話したいことが沢山あるのはお互い様だと思うし。それでいいかしら?」


「わ、わかった」


 俺は頷いた。

 それにしてもまさか江口があの時の女の子だったとは。

 髪型、胸、お尻、脚、……ちょっとピンポイントになってしまったが幼児体系からすっかり大人の女性へと身体つきが変わっている。改めて見ても……あっ。


「幾ら私との接点が昔に合ったからと言ってもセクハラはダメよ?」


 江口の冷たい視線と急に低くなった声に俺はゾッとしてしまった。


「すみませんでした」


 前にも言ったが、健全な男子高校生ならば女の子の身体に興味がある年頃のわけで興味がないとは言い難い。これは江口を性の対象としてみているからとか、いやらしい目で見ているかとでなく、人間が成長していくなかで遺伝子レベルで先祖から刻まれた人間として当たり前の生理現象である。なので俺は正常だ。でもこれは一歩間違えれば人生が終わるレベルで大罪となることだってある。なんて恐ろしいのだ、人間の本能を取り締まるこの国の法律は。


「胸とお尻の時だけ凝視の時間長かった理由を一応聞いてあげる」


「…………」


「素直に言いなさい。でないとセクハラで訴えるわよ?」


「……昔に比べると立派に成長していてエロいなとつい本心で思ってしまったからです」


「まぁいいわ。これが上条君じゃなかったら本気で怒っていたけど好きな女の子の身体に興味があるのは仕方がないことだと思うし。今回は許してあげるわ」


「あ、ありがとうございます」


 俺は頭を下げた。

 それから顔をあげると、江口の表情に微笑みが戻る。


「もういいのよ。私の方こそ強く言い過ぎたわ、ごめんなさい」


「いや……そんなことはないけど」


「なら福永さんの所に戻りましょ」


 それから俺と江口は並んで歩いて一人『アイリス』を立ち読みし本の世界に入り込んだ福永の元へと行った。

 その後、俺が声をかけると福永が最後まで『アイリス』第三巻を読みたいと言ったので今度俺の部屋にある『アイリス』を貸すことで納得してもらい、三人で本屋を出て次の目的地へと向かって歩き始めた。


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