第8話 嘘が本当になってしまった瞬間 1


 一人の少女は放課後男子生徒からの思わぬ告白を受けて、誠に申し訳ない気持ちになりながらも告白を断った。それから校門を出て真っ直ぐ家に帰宅した。

 両親は仕事の都合で帰りが朝方になると言う事から今夜は一人きりである。江口唯は一人娘であり、小さい頃から一人の時間が多かった。両親が共働きで日本全国を拠点として働く以上仕方がないことだった。


 今は身体を洗い、湯舟に浸かりながら天井をぼんやりと眺めている。


「ふぅ~。今日も疲れたわねー」


 なんとなく今日はいつも以上に疲れた。

 そう感じる日だった。

 いつもならここでぐったりして、身体の疲れを癒すのだが今日は違った。


「初めてだったな……。私の気持ちを考えながら告白してくれた人」


 江口は今日の放課後の事を思い出していた。

 今まで両手の指だけでは数え切れない男性に告白された過去を持つ。だけど初めてだった。振られた事が悔しくて泣くのではなく、私の気持ちを考えて泣いてくれる人に告白されたのは。


「てか……あんなの反則よ……」


 そう。江口とって上条湊は昔から大切な友人だった。

 向こうは覚えていないように見えるが、江口と上条は同じ小学校で一年生から三年生までの三年間友達だった。

 ある日、両親の仕事の都合で引っ越しをすることになり離れ離れになってしまったが、江口が『アイリス』を書きだしたきっかけは上条がきっかけだった。

 教室でいつも一人ぼっちだった江口に初めて出来た友達は上条。


 ――。


 ――――。


 私が一人寂しく本を読んでいると上条はいつも声をかけてくれた。それから一緒に遊んだり、本の話しをしてくれる唯一の友達となった。あの頃は男の子と変わらない髪型で口が悪く、棘しかなかった為に周りからは毛嫌いされていた。その為かよくいじめられていたし、男女(おとこおんな)と言われてからかわれてもいた。

 だけど上条は女の子として私と接してくれた。とても嬉しかった。

 それから三年。私は上条といる時間がかけがえのない大切な時間となっていた。


「懐かしいな……みーくんとの思い出」


 そして小学一年生の時に上条は本が好きなのだと知った。

 それから唯一の友達と呼べる上条に喜んで欲しい一心で試しに下手くそながら一生懸命に頑張って本を書いてみた。

 それを見せると、上条は褒めてくれたし好きだと言ってくれた。

 生まれた時から出来て当たり前と思われていた為か、両親からあまり褒めてもらえることがなく、友達と呼べる存在がいなかった私にとってはそれがとても嬉しいことだった。


 だけどある日別れは突然やって来た。


「やだよ……私ずっとみーくんと友達したかったから……頑張って唯一の繋がりを護って来たのにこんなお別れやだよ……」


 気付けば涙が湯舟に落ちていた。

 今まで告白された相手の事を思って泣いたことがないのに、今回だけはやっぱり違った。


 私が本を書き続けている理由。

 それは当時スマートフォンをお互い持っていない二人を繋ぐ唯一の方法であり手段だと幼い私が思い勝手に書き続けてきた友達との見えない絆でもあった。

 内容は上条が好きなライトノベル。いつか私にファンレターとして連絡が来るかもと思い書き続けた結果、気付いた時にはプロとなり、活躍していた。

 そして偶然進学した高校で上条を見つけた。最初は綺麗になった私に気付いてくれるかなと思い心の中で密かに期待していた。だけど上条は気付くどころか、幼馴染と小学生の時より仲良くなって楽しそうに学校生活を送っていた。名前が一緒なんだし、私に気付いてくれてもいいのではないかと思い、ずっと待ってみたが、上条から声を掛けられることはなかった。


 ならばと思い、私から偶然を装って声をかけてみた。

 それから言葉の節々に前から知っているよ? とメッセージを残してみたが、全然気付いてくれない。

 前みたいに友達がいない私は目立ちたくなかったが、仕方がなく自分から声を掛ける事にした。だけど、あろうことか向こうは私の本はいつも読んでみてくれているのに、私の事は全然見てくれない。見てもチラ見ばかりだし話しかけるのはいつも私から。なんかずるい。なんか一方的な友達って感じがしてそれはそれで嫌だった。


 そこで何で話しかけてくれないんだろうと考えた結果、ある事に気付いた。

 それは私の周りには先輩、後輩関係なく変な男達が周りにいつもウヨウヨしているからだと思い至った。だから私は嘘で「他に好きな人がいる」と言って周りの男達を全員遠ざけてみた。

 これで上手く事がいくと思った私は仲良く話し始めるきっかけ作りにと本の感想を口実に幼馴染が近くにいない瞬間を待ち声をかけた。


「……はぁ。中学の時は友達いなかったし、高校でもこのまま一人なのかしら、私」


 それから二人きりになった時、なんで今まで声をかけてくれないかわかった。


 理由は二つ。

 一つは私との過去を忘れている、もしくは私の存在にまだ気付いていない。

 一つは私の事を友達ではなく異性として見ていて、それで緊張している。


 確かに見た目は大きく変わった。

 あの時はスポーツ刈りに近い短髪だったし、胸なんてまったくなかった。


 江口は自分の胸をなんとなく触ってかなり大きくなったなと思った。


「相変わらず相手の気持ちを考えてくれる優しい人。だから私も友達続けたいなと思っていたのになんか残念。でも今は恋愛したくないし、仮にしても執筆で忙しいからな~、それに最近またスランプなのよね……。はぁー」


 なんとなく、自分に言い聞かせるようして呟いてみる。


「でも約六年会ってなかった相手に気付けって言う方が無理か。ならこれでお別れかな。結局男の人って私の身体かお金、後はステータス向上目当てな人が多そうだし、女の子の友達頑張って作ろうかな……」


 その時だった。

 ほんの一瞬胸の奥がチクリとした。


「あれ……なんで?」


 止まっていた涙がまた零れ始める。

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