第7話 幼馴染との時間 2


「気にしなくていいよ。本当に悪いと思ってるならさ、付き合ってよ」


「さよ……」


「私まだ好きだからさ。どうかな?」


「………………」


 俺の言葉を待っている。

 福永の眼を見ればわかる。冗談みたいな口調だけど本気だ。


「でもお前……」


「うん。曖昧な気持ちでもいいし、別に私の事好きでいてくれるなら今は江口さんの事も好きでもいいよ」


「でもそれは……」


「私の気持ちを考えられるだけの心の余裕はあるんだね。なら良かった」


 俺はもう振られた。

 だったら新しい恋を始めるきっかけはなんだっていいのかもしれない。

 例えばそれは周りから見たら、最低だと思えるきっかけでも。

 極論今みたいな状態でもいいのかもしれない。

 だってさ、心が弱っている時にこんな事されたら、誰だって好きになっちまうじゃねぇかよ。沢山傷つけてきたのに、それを気にせずこんな俺の事を今でも好きと言ってくれる可愛い幼馴染なんかこの世に福永しかいねぇんだからよ。


 だけどさ、俺って本当にバカなんだと思う。


 どうしてこんな時まで相手の事考えちまうのかな……。


「この際だからハッキリ伝えて置きたいことがあるんだけどいいかな?」


「いいよ」


「俺今めっちゃ心揺れてる。江口の事がまだ大好きなはずなのに、さよにも心が惹かれてる。そんなの最低だよな……ゴメン。こんなバカみたいな返事しかできなくて……」


「そっかぁ。本当に優しいんだね、湊わ。私が湊を好きな理由の一つはね、いつも私の気持ちを考えてくれる所なんだよ。こんなに辛い時でも私の事を考えてくれる。だから私も湊の事を一番に考えてるの」


 すると恥ずかしくなったのか頬が赤くなった。


「ばかぁ。好きな人にそんなに見つめられたら照れちゃうよ。それに好きな理由を告白とか本当に恥ずかしいからさ、見るならさり気なくみて欲しいかな」


「ごめん……」


 俺は慌てて視線を逸らす。

 だけど慌てていた為に逸らす方向を間違えて、視界に福永のお腹しか映らなくなった。

 でも今は下手に何も見えない方が精神的な負担が少なくてもいいかもしれない。


 それから俺はもしものことを考えてみた。

 福永の提案に俺がのったときのことだ。


 多分だけどもし俺が福永と付き合えばそれはもう上手くいくと思う。

 だって小さい頃からお互いにありのままの自分を見せてきたわけだし、お互いの性格だって把握している。それに今までがぶっちゃけ近すぎた為に多分付き合っても俺と福永の関係は大きく変わらないと思う。

 なにより福永は女性としての魅力がかなり高いと思う。

 茶髪で肩下まである髪の毛は肌触りいいし、容姿は可愛い系。

 小柄の癖に巨乳で童顔で甘えん坊さんの癖に困った時はいつもこうして俺を支えてくれる。それに気付けばいつも近くにもいてくれる。俺には本当に勿体ない可愛い女の子。だからこそ曖昧な気持ちで付き合えない。それだけ福永の事も大切な存在だから。


「今日ぐらいさ、素直になった方がいいと思うよ。それとも私が相手じゃ嫌かな」


「いいのか?」


「いいよ。なら一緒に少し寝よっか」


 俺の枕になっていた福永の太ももが動かされ、布団に寝かされた。そのまま俺の横に並ぶようにして寝転んでくる。すると、後頭部に手を回されて引き寄せられた。


「ほら、しばらくこうしておいてあげるから、頭の中整理するって意味でも寝た方がいいと思う」


「柔らかい……」


「そっかぁ。でも恥ずかしいから言うのは禁止だよ」


 女の子の胸に顔を埋めるって思ったより最高!


 めっちゃ柔らかいのに温もりがある!


 それになんかめっちゃ落ち着く。


 なにより、福永の心拍数が上がっているのが鼓動を通して伝わってくる。


 これはこれで幸せな気持ちに……。


 …………。


 ………………。


 ………………――――。


 次に俺が目を覚ますとまだ女の子の胸の中で、ぎゅーって頭を抱かれてた。

 いつの間にか日が沈み、部屋の電気はついておらず真っ暗だった。


「あっ、起きた?」


 もぞもぞと顔を動かしていたことで福永がどうやら気付いたらしい。


「うん。気付いたら寝てたみたい」


「それで私の胸の中はどうだった?」


「とても柔らかくてこんな俺を受け入れてくれる、そんな温もりがしてとても寝心地良かった」


「なら、よかった」


 暗くてハッキリとは見えないけど、福永は笑顔で言ってくれた。

 もしかしたら照れていて本当は顔が真っ赤になっていて、照れ隠しをしているのかもしれない。

 だとしたら、嬉しいな。


「ちなみに寝ている間にキスしたのわかった?」


 向かい合った顔と顔の距離は数十センチ。

 そんな中でちょっと恥ずかしそうにして福永が告白してきた。

 頭の中で想像してしまった為に全身の血の巡りが速くなっていく感覚に襲われる。


「うそっ……、ま、まじ?」


 暗くて見えない福永の唇がそう言われてみればいつもよりプルンとしている気がする。


「う、うん……」


 俺は右手で自分の唇に触れてみる。

 寝ている間に俺ファーストキスしたのか。

 それも福永と。

 嬉しい気持ちと、戸惑い、困惑と言った物が同時に心の中に生まれた。

 だけどなぜだろう、そこに嫌だと言う感情は一切生まれなかった。


「うそ♪」


 そう言ってクスクス笑い始める福永。


「顔に出てたよ。ドキドキしたんだね。なら私今日は帰るね」


 それから福永は俺の頭を引き寄せて唇をあててきた。

 女の子の唇って柔らかいんだな。


「今はオデコで我慢して。今日辛かっただろうけどちゃんと私の気持ちも考えてくれたお礼だよ。もし唇がよくなったらその時は私を彼女にすること。いい、わかった?」


「……はい」


「よろしい。……ってそんなに見つめないでよ。照れちゃうから……ね?」


「……ごめん。初めてのことだったからつい」


「うぅ~意地悪な湊は嫌いだよ」


 そう言ってもう一度キスしてきた。

 この瞬間、俺の心が確かに揺れ動きだした。

 今まで江口一途だった心が江口と福永の二人の間でペンデュラムのように揺れ始めた。


「えへへ~、好きだよ湊。ごちそうさまでした」


 福永がペロッと自分の口周りを舌を使い舐めながら言った。

 それから荷物を持ち、俺の部屋からでていく。

 部屋を出る前に一度振り返って「私も初めてだから」と言って姿を消した。


 一人になった俺は暗闇の部屋の中で、さっきの一連の流れを確認するように呟く。


「ってことは俺の初めての相手はさよで、さよの初めての相手は俺なのか……」

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