第6話 幼馴染との時間 1
放課後の屋上で泣き崩れた。
どれくらい泣いたかはわからない。
とても辛くて、胸が張り裂けそうになるぐらい、たくさん泣いた。
福永には悪いが今は誰かと一緒に帰るなんて心の余力が一切なかった。
とにかく今は一刻も早く家に帰りたいと思った。
「……湊」
学校の廊下を歩いていると、途中福永の声が聞こえたが、今は返事をする気力すら湧かなかった。
俺は聞こえないふりをして、鼻をすすり、学ランの襟で涙を何度も拭きながら、目を腫らしながら一人家へと向かった。
※※※
玄関を開けて、重い足を動かして自室へと向かう。
家は一軒家で二階に自室があるので、最後の気力を振り絞って階段を一段、また一段と上っていく。まるでこの一段一段が俺の心の中にある後悔の数みたいなだなと弱った俺は意味がわからない事を考え始めた。
もう気が可笑しくなるぐらいにまで傷付いた心は正直俺自身でも制御がきかない。ならばこの階段の数だけ少なくとも俺は今までに後悔することをしてきたのだろうか。
ガチャ
部屋の扉を開けて鞄から手を離してベッドへ落ちる。
沈みゆく夕日が俺の部屋を照らすがどうやら俺の心にまでは届かないらしい。
グズグズと女々しくも俺はまた一人泣き始めた。
ここならば誰の目にも入らないし、誰にも見られない。そう思うとちょっとだけ安心した。母さんはあと何年か単身赴任、父さんは母さんと喧嘩し離婚して別居している。
「ホントさ大馬鹿者だよな、俺……」
恋はスパイスだと誰かが言った。
だけどそれがいつも程よい刺激をくれるとは限らないと今日知った。
ダメだとわかっているのに友達としてではなく、まだ異性として江口を好きな俺が心の中で残っている。
今度はちゃんと順序を隔ててしっかりと関係を築き上げていけば、付き合えるのではないかと思っている。諦めようと思えば思う程諦めきれない。
高校生の恋なんてものは叶うも叶わないも大人になれば全て青春で終わるのかもしれない。だけど、高校生の今の俺は叶う以外の青春はいらない。結局は報われない恋は辛いし、好きな人が誰かと仲良くするのは正直見てて辛いから。
「結局俺は振られたのか……」
そう思うと、涙がまた溢れてきた。
明日は学校を休もう。
そう思う程に心の中はぐしゃぐしゃな気持ちでいっぱい。
「うっ、うぅ……うっ……うぅ……」
涙が止まらない。
布団に顔をうずめ、声を出して泣いているのにこの心の傷は全く癒える気配がしない。
「――湊?」
あれ可笑しいななんで俺の部屋なのに福永の声が聞こえるんだ。
とうとう幻聴いや福永にまで甘えようとしているのか俺って奴は本当に自分の事しか考えていない大馬鹿野郎だ。
でも今はなんでもいいや。
「さよ……」
泣きすぎて声がかすれた。
それでも心が弱い俺は縋るようにして腹の底から息を吐いた。
「……心配で来ちゃった。どうして欲しい?」
「ごめん。今は一人にしてくれ……。でないと俺……またさよを傷つけてしまう」
そう言えば玄関の鍵閉めてなかったんだっけ。
好きな人に振られてみっともなくすぐに泣いてしまう情けない男の顔は見せたくない。幼馴染だからこそ心を許しているからこそ今は親しい間柄の人間には特に会いたくない。多分俺は優しくしてくれる人間に甘える自信しか今はないから。
「振られたの?」
「………………」
俺の部屋に静寂が訪れた。
――。
――――。
「そっかぁ」
何かを察したように、そして俺が自分を責めないように、福永はどこかお気楽な感じでまるで興味がないような感じで答えてくれた。
布団が揺れた。
たぶん福永がベッドに座ったのだろう。今は泣き顔を見せたくない一心で布団で顔を隠していて細かい事はわからない。
「ほら、今日は特別。だから私の所においで」
そう言ってもぞもぞと動いた福永が布団に埋もれた俺の顔を両手で優しく持ちあげて太ももに乗せる。それから俺の頭を撫で始めた。
「うっ、うぅ……うっ……うぅ……」
「ほら、我慢しないで」
それから福永は俺の心が落ち着くまで、何も言わずにただずっと俺の言葉を待っていてくれた。その間、ずっと頭を撫でてくれていた。
時間にして――五分ぐらい?
いや十分ぐらいが経過してようやく俺の心は落ち着きを取り戻し始めた。
正確には泣きすぎて疲れた為に、自分を責める事を止めたと言った方が正しいのかもしれない。
とりあえず俺が起き上がろうとすると福永の手に止められた。
顔を上げると「いいよ、そのままで」と優しく微笑みながら言ってくれた。
「ありがとう。なぁ……」
「どうしたの?」
「あの日、さよもこんな感じだったんだよな」
「それは恥ずかしいから秘密かな」
「ゴメンな。俺のせいでさよを傷つけてしまって……」
今ならわかる。
福永があの日どれだけ落ち込み、どれだけ傷付いたのかを。
それなのに次の日には何事もなかったかのようにどう接していいかわからない俺にいつも通り話しかけてくれたんだっけ。
それがどれだけ凄いことで、どれだけ強い心の持ち主じゃないとできないことか今なら痛い程わかる。だから遅くなったけど、ちゃんと福永の目を見て謝った。
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