第9話 嘘が本当になってしまった瞬間 2
「そう言えばなんで私は六年ぶりに会ったのに入学式の日に、あっ、みーくんだ! ってすぐに気付いたんだろう」
そう何かが可笑しかった。
相手も成長し、見た目は変わっていた。
前より背も大きくなっていたし、男らしさもあった。
それでいて柔らかい印象やあどけなさを残していた。
「……うそ、そんな」
そもそもなんで幼馴染を敵対するみたいな感じで今日放課後誘ったのだろうか。
別に幼馴染がいるタイミングで放課後誘ってもよかったではないか。その方が幼馴染との先約がある以上、上条にとっては好都合だったはず。
なのにどうして――。
私はなんで私に好都合な方を選んだんだろうか。
よくよく思い出してみれば、あの幼馴染と仲が良い上条に胸の奥が締め付けれた事がそもそも我慢できなくなり、自分から偶然を装ってまで当時話しに行ったのではないか。
「私もしかしてみーくんの事が好き?」
声に出してみると、その言葉は胸の中で優しく響きわたる。
そもそもなんでファンレターでもなんでもいいからと上条との繋がりをそこまで大事にしようとしたのか――。
答えはそこにあった。
江口唯と言う少女の中では小学生の時に友達となった上条湊がかけがえのない大切な存在となっていた。
それが最初は友達と言うカテゴリーだったのかもしれない。
だけど今は違う。今は恋愛対象として、なにより初恋の相手として知らず知らずのうちに上条との繋がりを無意識に求めていたのかもしれない。
だとするならば。
「うぇぇぇんんんんんん!」
普段なにがあっても冷静を装っている江口が声をあげて泣いた。
今日と言う日を後悔した。
なんであのとき自ら求めていた繋がりを突き放すようなことをしてしまったのかと後悔した。
時はもう戻らない。
やり直すことはもうできない。
だったら諦めるしかないのか。
「やだ、やだ、やだ! 絶対にヤダ! みーくんとお別れなんて絶対にヤダぁ! せっかく今年は同じクラスになれたし心の中で今年こそ仲良くしたいってずっと思ってたんだもん!」
江口は今まで無意識に抑え込んでいた気持ちを受け入れることにした。
水面に映る江口は両目から涙をぽたぽたと垂らしては口にする。
「本当は恥ずかしかっただけだもん。周りから好きとか言われたら恥ずかしいから素っ気ない態度取ってただけだもん! 本当はずっと会いたかったし、お話しもしたかったんだもん。私の処女作を読んでくれた時から、みーくん以上に私を理解してくれる人はいないってそう思っていたんだもん!」
普段気品がある江口が本来の姿に戻る。
念の為に繰り返すが、何を隠そうこっちが本来の姿である。
「振ったことなしでとか言ったら絶対に嫌われる……。でも福永さんと仲良くするのを毎日指を加えて見ているのは羨ましくて辛いし……。そもそも福永さんはなんで振られてもあんなに一途で諦めようとしないのよ……」
江口は人生で初めて告白を断った事を後悔した。
皆上辺だけの江口を見て好きだと言ってきてくれた。
だけど上条湊だけは、江口の気持ちを考えて告白をしてきてくれた。
つまり江口の上辺だけの姿を見ていたのではなく、ちゃんと内面も見てくれていたのだろう。よくよく考えてみれば昔はそうだったじゃないか。そんな人になら、私の全てを捧げてもいいのかもしれないと思った。
「よし! 決めた。私もアプローチして、今度は私から告白する! 福永さんよりやっぱり俺はお前との未来しか考えられねぇって言われるぐらいにベタぼれさせてやる! それからみーくんに心配をかけないように女友達を一人は作る!」
それから勢いよく立ち上がり、全裸のまま力強く宣言する。
「みーくん、今日傷つけた分のお詫びは絶対にするわ! もう私は迷わないし、私の気持ちに今は素直になる! 福永さんには絶対に負けないから」
状況は絶望的。だけどまだゼロではない。
だってヒロインはどんな時も最後まで諦めない。これがペンネーム木菊一華(もくいちか)が手掛ける『アイリス』のメインヒロイン――明日香の姿。PNの由来は花言葉を調べ和名の木春菊とキンポウゲ科の秋植え球根の代表的な花から取った。
「そうこれは振られた女VS振った女の戦い! 振られてもまだ好きな福永さんと告白されてもうお別れだと思い悩む中で自分の本当の気持ちに気付いた私の戦い! そうと決まれば本気で行くわ!」
この日、この瞬間、私の心が確かに揺れ動きだした。
今まで恋人はいらない、勉学と執筆の邪魔だからと本心に嘘をつき言い訳してきた。
でも江口唯も女子高生で思春期。
恋心がペンデュラムのように揺れ始めても可笑しくはない年頃。
そして一度揺れ動きだした心はもう止まらない。
恋は不確定要素の集まり。
それ故に間違いは致命傷となる事が多く、歴史を振り返れば国が滅びた事もある。
だけど恋は不確定要素しかないからこそ、諦めない限り可能性がゼロになることはないのではないだろうか。
だからこそ美しく、儚く、尊い、だけど何よりも奥深いのではないのであろうか。
私の感性に対して、さて貴方はどう思うのかしら?
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