第一章 幼馴染と美女の駆け引き
第10話 動き始めた三人の時間
昨日は色々あり正直疲れた。
何が一番疲れたって遠まわしにではあるが江口に振られた事だ。
それ以外にも福永に優しくされて心が揺れ動いてしまい、これからどう接していけばいいのかを夜な夜な考えて睡眠不足になってしまった。正直に告白するなら福永だけじゃなくて江口ともだ。
だけど振られた以上、もう話しかけてすらもらえない可能性の方が高いわけで、でもまだ未練があるからもしかしたらと思いつい考えてしまった。全く無駄だってわかってるのに、それを受け入れたくない俺がいるのもまた事実。
夜な夜な頑張って考えた結果、福永とも江口とも結局どう接していけばいいかがわからないことがわかった。
だけどそうは言っても学校には行かないといけないのが学生の業と言っても過言ではないだろう。福永は友達との約束があるらしく、俺は一人寂しく登校した。そのまま校門を通り、下駄箱で外履きからスリッパに履き替えて教室に行く。
あ~緊張する。
よくよく考えて見ればさ、福永とは隣の席で、江口とも一列隣の三席前って結構距離近いんだよな。俺は一度深呼吸をして教室に入り、自分の席へと一直線に向かった。それから鞄を机にかけて荷物を取り出して、机の中に入れていく。
「お、おはよう上条君」
すると、俺の前に一人の女子生徒がやって来た。
聞き覚えのある声で挨拶をされたので視線を上にあげる。
「お、おはよう」
「昨日は酷い事を言って本当にごめんなさい」
そう言って、江口が深々と頭を下げてきた。
まさかの思ってもいなかった展開に俺の頭がフリーズした。
俺もしかして騙されているのかと昨日の件があったので恐る恐る周りに視線を飛ばすが教室に居た全員が口をポカーンと開けて驚いていた。
「はい?」
「だからその昨日は酷い事を言ったから。やっぱり怒ってるわよね……」
申し訳なさそうに謝り、その場で落ち込み始める江口。
「別に怒ってはないけど……そもそも江口は全く悪くないじゃん……」
戸惑う俺。
「……友達」
ボソッと江口が呟いた。
「今度はちゃんとしたお友達から……どうかしら?」
いつもの凛とした江口が自信なさげに言ってきた。
一体何がどうなっているんだ……。
「だめ……かしら?」
「ダメではないけど……」
俺はついその場の雰囲気で答えてしまった。
そりゃ俺としては願ったり叶ったりだけどあの後一体何があったんだ。
このまま江口と気まずい関係と言うのは同じクラスでこれから一年過ごすと考えると正直心苦しいというか精神的に辛いのだが……。
「ありがとう。やっぱり優しいのね、上条君」
言葉に棘がない。
と言うか物凄く柔らかい。
それにその笑みは反則だろう。綺麗いや可愛い過ぎる、う~ん表現に困るぐらい嬉しそうな笑みはズルいだろう。ほらみろ、俺の心臓がまたドキドキ始めたじゃねぇか。
「それで昨日の言えなかったことなんだけど、お互いの事を知らないでいきなり恋人になるのはちょっと無理かなって思ってるの。だからお互いの事をよく知ってから今度はちゃんと私とどうなりたいのかを聞かせて欲しいわ。でもね、勘違いしないで欲しいの。私も昨日恥ずかしくて冷たい態度を取ってしまっただけなの。本当にごめんなさい。それでねまずは友達から。でも今までみたいに私から話しかけるだけの一方的な友達とかじゃなくてお互いに普通に接することができる友達……になりたいんだけど、どうかしら?」
なんで最後の最後で弱々しくなるんだよ。
うわ~もう俺本当に単純だな。
単純な男って言う自覚はあったけどさ、やっぱりまだ江口の事好きだし、初めてみるオドオドした姿を魅せられて何も思うなって方が無理だよ。
例えそれが昨日の辛い経験を考えても、昨日の経験、過去、があったからこそこうやって江口との仲が進展したとも言えるのかもしれない。
そうだよな、現実の恋にさ、障害がない方が可笑しいんだよな。
「でも昨日はそんなこと言ってなかったような……」
「き、昨日は恥ずかしくて素直になれなかった部分もあるの。あの後……実は私も泣いたわ。もうお別れしないといけないんだって思うと辛くて……でもそれは嫌だなって後から思ったの。泣くぐらいに辛いなら今日もう一回私の口から今の気持ちを伝えて上条君に断わられたら私が全部悪いのだから素直に諦めようって思ったの」
よく見れば江口の瞼が腫れてる。
てっきり寝不足かなにかだと思っていたが違ったのか。
てか俺の為に泣いてくれたのか!? だとしたら超嬉しんだけど!?
いかん。いかん。落ち着いて、冷静に話しを進めないと嫌われるかもしれん。
「俺こそごめん。そうだよな。お互いの事知らないのにいきなり恋人は無理だよな」
「だから友達から。どうかしら?」
俺は考えた。
考え方によってはこれは好都合。
だが江口の事を忘れるいい機会でもあるのは間違いない。
だけどこれだけはわかる。
もしここで意地を張って断れば多分後で後悔する。
それに今は福永にも心が揺れている。
そして江口は友達だと言ってくれた。
ならば問題ないのではないか。
最終的に俺自身がどちらかに気持ちが固まった時にまた告白は考えればいいわけだし。
なにより――。
俺と福永も一度は恋心ですれ違っている。
それから――。
福永があの時頑張ってくれたから今があるとも言える。
だったら――。
俺と江口も似たような境遇だし、その逆だと思えば或いは――。
「わかった。これから改めてよろしくな、江口。だけどその前に俺からも伝えておかないといけない事があるんだ。聞いてくれるか?」
「えぇ、いいわよ」
それから俺は今の心情を江口にだけ聞こえる声で伝えた。
あの後、福永と何があって今どういった心情なのか。
俺はずっと福永を妹みたいに思っていたけど、昨日そうじゃなくなったこと。いつも側にいてくれる有難みに今さらだけど気付いた為に心が揺れたこと。でもまだ江口に未練があること。片想いとは言え一年ずっと一途で大好きだったからこそすぐにきっぱりとできないこと。それから江口にも福永にも今最低な事をしていると自覚があること。当然福永にも今話している内容は伝えていること。
江口は少し考える素振りを見せてから答える。
「別にそれで構わないわ。最終的にハッキリとどうしたいのかを決めてもらえれば私は気にしないわ。とりあえず昨日のお詫びには程足りないだろうけどまずはこれをあげるわ」
(そっかぁ。まぁ振ったのは私だから仕方がないか)
江口は制服の胸ポケットから一枚の紙きれを取り出して俺に渡してくる。
「それ、誰にも見せたらダメよ」
「えっ?」
「それ私の連絡先だから。この学校では上条君しか知らないわ」
「「「「「えっぇぇぇぇええええぇぇぇぇ!?」」」」」
俺とクラスの連中の驚きの声が重なった。
ってことはこれ……。
男子の中では超激レア中の超激レアの連絡先って事!?
ただの紙切れに連絡先が書かれただけの物。
なのにそれを受け取った俺の右手が震えた。
「別にもう友達なのだから気軽に用があるなら連絡してくれて構わないわ。執筆中だと気付かないこともあるから急ぎの時は電話でも構わないから。ならまたね」
凛とした態度で言った江口は自分の席に戻っていく。
俺は震える右手を必死になって抑えて頷く。
先に言っておくが、俺は中二病ではない!
だが左手で抑え付けても震える右手が止まらない。
(くっ……封印が……。沈まれ、俺の右腕!)
俺は心の中で叫んだ。
すると隣の席に福永が戻って来た。
右手の封……じゃなくて右手の震えを抑えつつ隣を見ると、ニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべている。
だが、その背後にどす黒いオーラを発している。
「へぇ~よかったじゃん湊♪」
その言葉を聞いた瞬間、一瞬で右手の震えが止まった。
そして全身がゾッとしてしまった。
もう右腕どころではない。全身が別のなにかに支配され小刻みに震えはじめた。
「とりあえず皆も落ち着こうか?」
その一言に殺意むき出しの過激派男子達が「は、はい……」と大人しくなり始めた。
普段から温かみのある笑顔と優しさを持つ福永だからこそ今までに見た事がない笑顔には何か裏があると全員が気付いてしまう。
そうその笑顔こそが福永の怒髪天を突いた怒りの表れなのだ。
「あとでお話しがあるんだけどいいかな湊?」
「は、はい……」
俺はニコニコする福永を横目に恐怖しながらスマートフォンに先ほどの連絡先を入れてすぐにLINEで江口に自分の連絡先を送った。だって「早く、登録して湊の連絡先送ってあげなよ」とか隣で言われたらさ、従うしかないだろ、普通。そうだろ、男子共。俺はなにも悪くないぞ。それに本当にこの状況下で送っていいのか送信ボタンを押すか迷っていた時なんか「押さないの? 早く押して送ってあげなよ」とか隣で言われたんだぞ。もう逆らえねぇよ。だって怖いから。
すると江口が俺の方に振り向いて、笑みを見せてくれた。
あっ、天使の笑顔だ。心が癒されるな。
と思った時だった。
それがさらに福永の怒りを買う結果となったが、タイミングよく朝のHRの時間となり担任の先生が来たことで無事俺は死を免れたが、それはただの時間稼ぎにしかなっておらず昼休み俺は福永と二人きりでお話しすることが確定した。
昨日はあんなに優しかったじゃねぇかよ! さよーーーーーーー!!!!!
俺の心の叫びは残念ながら誰にも届かなかった。
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