第11話 男の友情と女の嫉妬


「――それでさ、お前大丈夫か?」


 昼休みの教室。

 おにぎりを頬張りながら声をかけてきたのは、前の席に座る茶髪の男子生徒。

 武藤涼真(むとうりょうま)――去年クラスが同じで結構仲良しな部類に入る友達。友達になった理由は体育で一人ぼっちだった俺に声をかけてくれたことがきっかけだった。それから俺が一人の時はよく話しかけてくれるようになり今では仲良し。


「それはどっちの話しだ?」


「福永の話しだよ。さっきから何とも言えない笑みで笑っていてクラス中シーンとしてるぞ?」


「俺のせいみたいに言うなよ……」


「ならあれを見てもそう言えるか?」


 武藤の視線を追うようにして、隣の席で仲の良い女子とご飯を食べている福永を見ると、「後でね」と言われた。


「ほらな。あれ絶対に怒ってるって」


「ですよねー」

(同情するならまず助けてやろうかぐらいの助け船を出せ!)


 と思うが、それをぶちまけたところで何も解決しないのはわかっているので、ここは叫びたい気持ちを我慢した。

 誰が悪いかと言えば……俺が悪い。らしい。

 なので下手な文句は言うだけ無駄なのだ。江口は相変わらず一人で昼食を取っているのだが、こちらに振り向いてくれさえしない。

 あわよくば江口がこちらに来て福永を鎮めてくれるのが理想的な展開なのだが、それは期待するだけ無駄なように感じられる。


「なにより上条さぁ、なんでお前平凡なのに福永とも仲が良くて、江口とも急に仲が良くなれたんだ?」


「それがわかれば苦労はしねぇ。ただ俺は昨日江口に振られた、わかっているのはそれだけ」


「ふーん。振られただけか……」


 武藤は興味なさげに言葉を紡ぎ江口の方をチラッと見た。

 そう、女の子の心情がわかっていればな、今頃彼女の一人や二人とっくの昔にできているし、なによりこんな修羅場しかない人生は送ってない。

 もっとこうー素晴らしいラブコメ展開の人生を今頃送っていたはずだ。


「なにか知ってるのか?」


「いや。ただな――」


「ただ?」


「今まで沢山の男が振られた。そして誰一人振られた後は口さえ聞いてもらえなかった。なのにだ、なんで上条だけは違ったんだろうなーと思ってな」


「たしかに……」


 俺は武藤の言葉に納得した。


「でもなんだ、それが原因なのかは知らないが福永の奴慌てているようにも見えるぞ。この際福永と付き合ってあげたらいいんじゃないか? 福永も幼馴染でずっと隣にいたお前が誰かの物になるかもと思うと不安にもなるんだろ、多分」


「――へぇ。武藤君は私が慌てているように見えるの?」


 ご飯を食べ終わった福永がこちらを見て言った。


 ゴクリ。


「いや……なんだ。そう見えるかなぁ……なんて。あっ、俺トイレ行きたくなったからじゃあな、上条」


「あっ、ちょ。お前逃げるな」


 慌てて席を立ちあがると同時に武藤が逃げるようにしてトイレに向かって走っていった。

 さっきまでそんな素振りが見えなかった事から俺は仲の良い友達に見捨てられたと思わずにはいられなかった。

 だけど武藤の気持ちもわかる。だって福永可愛い笑みして目が笑ってないんだよな。いつもはすぐに許してくれるのに今日は違う、そりゃ怖いよ、ずっと一緒にいる俺でもな。


「それで湊。さっきのはなんなのよ」


「なにって……」


「なんで昨日あんなに傷ついて泣いてたくせにコロッと私のいない間に仲良くなってるの! って意味!!!」


 は、迫力が凄い……。


「実は――」


 俺は洗いざらい今わかっていることを話した。

 福永は話しを聞きながら、何度も俺と江口を交互に見ていた。

 途中不機嫌さを隠すことなく、表に出してきた時は人生が終わったかと思ったが、福永と一緒にお昼ご飯を食べていた女子――野崎が止めてくれた。


「ほら、さよちゃん落ち着いて」


 今にも襲い掛かろうとする福永を野崎が止めてくれる。


「だってなんかムカつく。私に昨日あんなことまでさせておいて、裏では仲良くなるってありえない!」


「あんなことって?」


「昨日ね――」


「わーまて、まて、まて! さよ落ち着け、いや落ち着いてください! わかったから頼む、お願いします、さよ様」


 俺はプライドを捨てて、福永とそれを見守る野崎に向かって土下座をした。

 もし昨日福永とファーストキスなんて呼ばれるものをしたとこんな所で暴露でもされたら、俺はこのクラスで居場所を失い、一年間ぼっち生活なんてことになるかもしれない。それだけはなんとしても阻止せねばマズイ。


「そんなに慌ててどうしたの?」


 野崎が質問してくる。

 俺は顔をあげて答える。


「いやなんでもないことはないが……頼む見逃してくれ」


「え? ……まぁ言いたくないんならそれでもいいけど」


「ありがとう、野崎!」


「う、うん……」


「先に言っておくけど私怒ってるからね」


 福永は機嫌の悪さを隠すことなく、俺に言ってきた。


「そりゃ勝手に嫉妬したのは私。だけどさ、昨日色々あったし少しは期待しちゃっても仕方ないじゃん」


 唇を尖らせて、不貞腐れ始めた福永。

 俺がどうこの状況を解決しようか迷っていると。


「ならさ、今日はさよと放課後デートしてきたら? そしたらさよ機嫌が良くなると思うよ」


「デート?」


「で、デート!? 誰が湊となんかしてあげるものですか! わ、私は別にして欲しいとか思ってないから!」


「そうなの? でもさっき、むーーーっ」


「それはだめ。ね?」


 福永の表情から闇のオーラが消え、頬が薄く朱色に染まった。

 口を抑えられた野崎が、ウンウンと言って首を上下し頷く。


「闇の封印が……クッ、俺の中の悪魔が――」


「なんか急に素振りがしたくなってきたな……」


 おい。もう高校二年生だぞ。そろそろ中二病卒業しろ、バカ一号。

 それからお前は野球部だろ。教室で金属バットをケースから取り出して振り回すな。人様に当たったら一発お陀仏になるだろ。金属バットの正しい使い方ぐらい覚えておけ、バカ二号。


「ちぇ。幼馴染ポジションだから何をやっても許されるとか人生舐めるのも大概にしろよ。この平凡能天気野郎が」


 そこ舌打ちしてから悪口言うな。

 俺だってな、これでも苦労しているんだぞ!


 そう福永は俺に対してはいつも皆より優しいのだ。それにいつもなんだかんだ俺の味方でいてくれる。


 だからこそ――俺は福永の好意を曖昧な気持ちで受け取れない。


「なぁさよ。こんな俺が相手でいいのか?」


「……うん」


 ちょっと躊躇いながらも上目遣いで頷く。

 そして恥ずかしいのか聞き取れるか聞き取れないかぐらいの小さい声で返事をした。

 なんか恋愛に関しては俺と同じで不器用な所がまたなんとも可愛い。

 ってお前、顔真っ赤にするな。可愛い過ぎて、抱きしめたくなるだろうがぁ!!!!


「なら久しぶりに二人で放課後どこか遊び行くか?」


「うん! 行く!」


 さっきまで怒っていたのが嘘みたいに福永が満面の笑みで頷いてくれる。

 そんな福永の笑顔が眩しく見えた。

 それから嬉しいのか、俺の隣に来て「ありがとう」と言ってきた。

 本当にさ、俺達似た者同士なのかもしれないな……。


「野崎サンキュー! おかげで助かった」


「は~い。お幸せにね」


「ちょ、お前」


「顔に出てるよ、図星だって。ならまたね~」


 手を振りながら野崎は俺と福永を置いて別の女子達のグループの元へと歩いて行った。

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