第33話 男の友情と後押し


 先生の話し声が聞こえる。

 だけど内容が全然頭に入ってこない。

 俺は机の上に教科書とノートを開き、目で見た内容を無造作に映していく。


 それからは手を動かしながら、ある事をずっと一人考えていた。


 そんなこんなで気付けば午前の授業が全て終わった。



 ――昼休み。


「おーい。一緒に飯食おうぜ!」


 そう言って身体の向きをくるっと百八十度変えてきたのは武藤だった。

 相変わらず俺の悩みを知っているくせしてお気楽な奴。


「どうせボッーとしている理由は朝の件だろう?」


「まぁな」


 素っ気ない声で返事をした。


「上条ってさ、知らず知らずのうちにフラグ作る天才だったんだな」


「どうゆう意味?」


「そのままの意味」


 武藤は持っていたコンビ二の袋からサンドイッチを取り出すとむしゃむしゃと食べ始める。俺は食欲がわかなかったので、ぽけっーとその光景を見た。


「ちなみに俺邪魔だったりする?」


「べつに」


「そっかぁ。それにしても福永が今日上条の所に来ない。正確にはずっと上条と江口をチラチラ見て観察とは福永も顔には出さないだけで相当焦っているんだろうな。江口も今日の態度を見る限り、焦っているように見えなくもないしな」


「気付いていたのか……」


 福永の気持ちは何となくわかっていたので別に驚きはしなかったが、江口の事はマジかと驚いてしまった。


 相手に勝つにはまず相手の事を知る。

 戦では当然のこと。

 対して劣勢な方は心にそんな余裕がないことから前進あるのみ、と言ったところか。


「まぁな。上条と違って俺は勘が鋭いからな」


「…………」


 早くどちらかを決断しなければいけないという心の焦り。

 二人を同時に失いたくないという、臆病で我儘な自分に腹がたった。

 俺ってマジで――。

 と一人シリアスモードに入っていると、武藤が楽しそうにして言ってくる。


「それにしても上条と江口がもう少しお互いの事をしっかりと見ていればすれ違わずに今頃恋人になれていたかもしれないのにな。本当にお前ってさバカだよな」


「……あのなぁ」


 容赦なく人の痛いところをついてくる武藤にイラっとした。

 そのせいか、つい舌打ちをしてしまう。


(……こいつ他人事だと思ってるな)


 だが事実そうなわけで。

 よくよく考えれば『アイリス』が好きになった時点で違和感を覚えなかった俺が悪いわけで。だって偶然にも前にどこかで見た事があるようなないような昔の記憶すら曖昧な物語がこうして出版されるとか普通ありえないだろう。それでいて、六年振りに再会したら正直当時色気すらなかった相手が美少女になって目の前に現れるとかどこのラブコメだよったく。


「それで決まったの?」


「全然。むしろそれで悩んでいるのがわからないのか?」


「知ってる。だから聞いてみた」


 俺はついため息をついた。

 全部知っておきながら聞いてくるのは正直どうなのかと思う。

 でも武藤は勘が良いだけでなく、なんだかんだ言って相手の気持ちを理解してくれる言い人物なのだ。俺以外だけどな! なんでコイツ俺だけにはこうしてすぐ意地悪してくるんだよ。


「まぁ。――だけどさ初恋相手と最強の幼馴染。選べと言う方が実際キツイよな」


 すると武藤が手に持っていたサンドイッチを飲み込む。

 それから声を小さくして、ボソッと呟いた。


「上条にとってはいつもずっと一緒にいてくれて当たり前の幼馴染。そして知らず知らずのうちに仲良しフラグを作っていた女の子と再会するだけでなく初恋相手となった学校一の美少女。どちらもある意味望んでいたからこそ、恋人以前にどちらも(友達として二人が)手に入る可能性と手に入らない可能性がでてきた。恋の神様は恋だけでなく友情の破棄を前提とした恋人昇格のチャンスという名の残酷な選択肢を上条に与えた。かといってどちらかも選ばなければどちらも失うリスクのおまけ付き」


 意外だった。

 武藤が真面目な表情で俺に同情してくれるとは正直思ってもいなかったからだ。


 ――初恋。


 それは紛れもなく甘くて強い依存性を持つ毒。

 一度振られても簡単には忘れない特別な毒。だって人生に一度しかないから。だから初恋相手の事を考えると一日中幸せになれるし、なんだって出来る気がしてくる。それにテンションがハイになり、後から思い返すと恥ずかしくなるような言葉だって言えるし行動だってできる気になれる。何より初恋では失恋という辛い経験をまだ知らないからどこまでも真っすぐに相手とお近づきになりたいし、お近づきになった後のことも考えられる。そこに失敗――失恋というワードが心の中の辞書にまだないから。その分想いも大きくなる。だって諦めない限り初恋は失恋と言う形で一生終わらないのだから。


「それでな、俺少し思ったんだけどさ」


「なにが?」


「上条ってさ、当たり前になっていることがあるだろ」


「ん?」


「上条の隣にはいつも福永がいる。これがお前の頭の中では当たり前になっていると俺は思う。それは福永が何十年と積み上げてきたある意味努力の結晶でもある。どちらかを選ぶことにまだ迷っているんなら――」


 俺はゴクリと息を飲み込んだ。


「福永がいなくなった未来を考えてみたらいいんじゃないか。それでも江口と幸せになれると思うなら江口。やっぱりそれはと躊躇うなら福永。それでも選べないと言うなら二人の少女の恋心を無下にし、なにより自分自身の恋心に嘘をつけばいいんじゃないか」


 俺は考えた。

 武藤が言うもしもの未来を。


 脳がそれを考え始めるとある結論がでてくる。

 だけどそれを否定する声も心の中から聞こえてきた。


「俺は――」


「バカ。その答えを言う相手は俺じゃない。それにそんな簡単にすっぱりと決まるもんじゃねぇはずだ。数日しっかり考えてそれから決めろ。じゃないと後から後悔するぞ、バカ」


 それから武藤はさり気なく置手紙を俺の元において席を離れる。

 そのまま振り返りもせずに何処かへと行ってしまった。

 その背中を黙って見送ってから、手紙の内容を確認する。


『福永が一限終わりに俺の所に来て、朝の一件を聞いてきた。それから作り笑顔でそっかぁと言っていたが結構落ち込んでいたぞ。それと昨日邪魔してきたこと本気で怒ってるからと唐突に言われた。後は察してくれ』


 その内容に俺はクスッと笑ってしまった。


 そして人のイチャイチャを邪魔した罪はかなり重いと言うがわかった。


 でもおかげで心の迷いがまた少し晴れたのも事実。

 なにが言いたいかというと武藤はなんだかんだ言って俺の味方だってことだ。


 その後。

 俺が一人になったタイミングを見計らって福永が今日は一緒に帰ろうと言ってきた。

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