第34話 後退の二文字はない
俺と福永は放課後一緒に帰宅した。
その中で思い出した事が一つ。それは五日後が福永の誕生日だと言うことだ。最近自分の事だけで頭がいっぱいいっぱいになっていた為にすっかり忘れていた。
リビングで冷えたお茶を飲みながらチラッと福永を見る。例年通りならばもう少し早い段階で福永に近しい女友達に事情を話して協力してもらい欲しい物を渡していたのだが、それだと正直限定されるよなーと思った。
「なぁ、さよ?」
俺は近くで待つ、福永に言う。
「もうすぐ誕生日だよな。誕生日プレゼントってそもそもいる?」
「いる!」
すると、即答された。
別に渡すつもりがないんじゃなくて、物がいいかと聞いたつもりだったんだが日本語って難しい。
これで全部伝わると思っても、全部は伝わらないこともあるらしい。
「もしかして金欠?」
――金額によってはそうなるけどな。
「違う。ただ毎年ぬいぐるみとかアクセサリーと物だったから今年も物でいいのかなと思って。どこかに行きたいならそれでもいいかなーってそんな感じ」
あくまで俺が言いたいのは出かけたりしたいなら付き合うと言う意味だ。それを本命にコッソリ誕生日プレゼントを別で用意してあげたりしたらもっと喜んでくれる気がしたわけだが、そこまで言うとバカ丸出しなので敢えて口数は少なくいく。
「なるほど、デート。その手があったか……」
福永が腕を組んで真剣な表情で考え始める。
腕を組んだことで大きな胸が腕で支えられ、より一層大きく見えてしまう。
あー、なんていうかさぁ――触りたいし、揉みたいし、ツンツンでもいいからしたい。
そんな俺の本音は煩悩と一緒に捨て去り、近くにあったL字型のソファーに腰を下ろす。
「ん~、そうだな~行きたい所かぁ~」
悩みながらも俺の隣にやって来ては座る福永。
「ちなみに欲しい物は?」
そう俺の作戦には二つのプレゼントが必要なわけで。
まぁ正直この時期になると仲の良い女の子から欲しい物を聞かれてそれを俺が渡すが恒例イベントみたくなっているので流石の福永も色々と気付いているだろう。そういうわけで今回は二本柱と言う事で自分でどちらも確認することにした。
「実は今年もう欲しい物も行きたい場所もないんだよねー」
「えっーーー!?」
(それはそれで逆に困るんだが)
「う~ん。なんて言うか今年は湊とこうしてずっといるせいか心が安定しているせいか物欲もなければ何処かに行きたいって言う欲もあまりないんだよねー。まぁデートしてくれるなら喜んでどこでも付いて行くけどね」
マジか……。
俺の作戦超ダメじゃん。
今年は色々と何かが違う年になりそうだな。
というかもうなってるけどね。
「それに私が本当に欲しいものは今の湊じゃ用意できないと思うし、言うだけ無駄なのはわかっているからね」
「ちなみにそれは?」
「知りたい?」
「うん」
福永がもったいぶってから。
「湊の心!」
と言った。
俺はついそうくるかと思ってしまった。
その時だった。
――福永のいない未来
を無意識に考えてしまった。
そうだ、俺は――。
「私はもうそれくらいしか欲しいのないかな。それか最高のサプライズプレゼントが欲しいな」
「最高のサプライズプレゼント?」
「そう。私の思い出に一生残るような最高のサプライズプレゼント。私の為に湊が私の事を考えて贈ってくれる一生記憶に残るプレゼントが欲しい!」
少し意地悪く、それでいて子供みたいに目をキラキラさせる福永。
本当にどこまでも真っすぐで純粋な女の子なのだろう。
とは言っても、そんな大それたことがすぐに頭の中で出てくるわけがない。
「わかった、少し考えてみる」
「ちなみに期待していいやつ?」
「う、うん……頑張りますので、そこそこにご期待ください」
「そっかぁ、なら期待してるね」
「ッ――」
なんだその期待の眼差しは。
ただキラキラしているだけでなく、破壊力あり過ぎだろ。
眩しすぎる!
後、無言の圧みたいなのがめっちゃ凄い。
これは幼馴染として福永の期待がとても高いと正しく認識しないといけないのか、それとも――……ダメだ、逃げちゃだめだ、逃亡してはだめだ、逃避行したらだめだ、オレ! 頑張れ! と自分に言い聞かせてから深呼吸を一度して気持ちを落ち着かせる。
「そんなに難しく考えなくてもいいよ」
そう言って福永が身体を傾けて寄りかかってくる。
「私は湊が一生懸命私の為に何かをしてくれた、用意してくれた、そう思える物が欲しいの。昔は形がある物が欲しかった。だけどね今は違う――」
「…………」
「――今は目に見えない温もりが一番欲しいの。私知ってるし気づいているよ。湊は根が優し過ぎるから私と江口さんの間で揺れているって」
「さよ……」
「だからかな、今は目に見えない安心感が今だけでもいいから欲しいの」
「さよ直球で素直過ぎ」
「う、うるさい。幼稚園児の時に私の心を盗んだ怪盗には言われたくないもん」
マジか!?
福永って俺の事、そんな前から好きだったの!?
その言葉は――初耳だぞ。
つい衝撃過ぎて俺は言葉を失ってしまった。
「…………まじ?」
福永は顔を赤く染めて黙った。
そして俺の顔をチラッと見て、唇を尖らせてから一度小さく頷いた。
「恋は試練があって苦労するから徐々に燃えていくの。人はね簡単に手に入る物にはそこまで強い物欲を欲さない。だからかな、私は中々手に入らない欲しい物が後は湊だけになったのかもしれない。十年以上片想いしてこの距離感もうむずがゆくてもどかしさしかない。だけどねそんな湊との距離感はいつもドキドキしてある意味心地良かったんだ。だから十年以上我慢したご褒美がそろそろ欲しいかなぁ」
隣にいる俺にギリギリ聞こえるか聞こえないかでありながら照れた声で福永が言った。
「私はね、湊と離れ離れになる未来は考えられないよ。だって十年以上女と男でありながらずっと一緒に学生生活を送ってきたんだよ。もう湊以上に私の良いところ悪いところを理解してくれている人はきっといないだろうからさ。良くも悪くも家族を除くと湊以上に私を理解してくれている人間はいないって意味ね。これがね――私がここまで必死になる理由だよ」
「さよ……」
すると、俺の右手を掴んで頭の上に持っていく福永。
そのまま意図を察して撫でると、頬を染めたまま福永の表情から笑みがこぼれた。
静かになった空間。
だけどそれすら心地よく感じるのはやっぱり相手が福永だからだろうか。
福永の言う通り、俺も家族を除くと福永以上に俺の事を理解してくれている人間はいないと思う。だから福永の言いたい事はよくわかった。
しばらくすると、満足したのか福永が立ち上がり大きく背伸びをした。
それから荷物を持ち、玄関に行く福永を俺は見送った。
この時、恋のペンデュラムの揺れ幅がまた小さくなった。
そして、いつ止まっても可笑しくないところまできた瞬間でもあった。
俺の心はもう殆ど固まっていた。
それから五日間が経ち――俺の告白する日がやってきた。
その日は偶然か必然か――福永の誕生日の日でもあった。
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