第16話 リードさせないわ、夜の電話 1
一人虚しく、夜ご飯を食べて、お風呂に入り、今はベッドの上で仰向けになって自室の天井をなんとなく眺めながら俺はある事を考えていた。
俺は一体この先どうしていけばいいのだろうか。
考えてもすぐに答えがでないのはわかっている。
だって今の俺は心が可笑しい。今まで恋は絶対に一人の人を好きにならないと不純だと思っていた。だけどここ数日でその考えが変わった。今はそれも青春であり、若気の至りであり、これも一つの恋の形であり、恋の悩みなんだって思える。
これが三日前なら福永に俺はこの気持ちとどう向き合っていけばいいのかを相談できた。だけど今は聞けない。この恋心は俺の気持ちを一切考えず、理想的な恋の形から遠い現実味のある恋しか見せてくれないからだ。何が言いたいかというとこの恋心は俺がずっと望んでいた江口との関係を進展させるだけでなく、福永との関係も進展させてしまったということだ。江口とは好きだから話しかけずらい友達から普通に話しかけていい友達、福永とは幼馴染だけどどこか甘えん坊な妹から異性の幼馴染、と俺との関係を勝手に進展させてしまった。
「これが本当の恋。そして二人同時に好きになった感情か……」
ボソッと呟いてみた。
恋に形はない。だからこそこれが悪いことなのかと言われればそうではないと思う。国を一歩外に出れば一夫多妻の国だってある。そう言った意味では広く言えば間違っていないのだろうし、広く言えばあっているのだろう。後はお互いの気持ち次第なわけで。
「それにしてもさよの奴攻められるの本当に弱かったんだな……」
少し前ならこうして夜の暇な時間は毎日江口の事を考えていた。
なのに今日は福永の事をメインに考えている。
これも恋の影響なのだろうか。
たまには二人で遊んでみる? もっと福永との時間を増やせば喜んでくれるだろうか? 学校とプライベートどちらの時間で一緒の方が喜んでくれる? 放課後? 登下校? この際甘えてみる? ……そうやって何度も同じ事を考えてはそれはダメだと頭の中で否定した。きっとどれを選んでも福永は喜んで受け入れてくれると思う。だけどそれじゃダメなんだって思ってしまった。だってさ、それって最後に福永を選ぶ前提じゃん。もし俺が最後に江口を選んでしまったら福永に心の傷を……違う、俺自分の事しか考えてないからこんな事しか思えないんだ。
罪悪感と自己嫌悪にかられていると、ポケットに入れていたスマートフォンが音を鳴らす。取り出して画面を見ると、そこには見慣れない名前が表示されていた。だけどその名前は俺の陳腐な悩みを吹き飛ばす破壊力を秘めていた。
緊張して手汗が出てきた。俺はパジャマで一旦拭いてから起き上がり、深呼吸する。それから電話に出た。
「もしもし、今時間いいかしら?」
聞こえてきた声は学校で聞くときと同じく凛としており、どこか棘を感じる。
だけどこれが江口唯の本来の姿であり、誰に対してもこの態度であるのだ。
「うん。今はベッドでゴロゴロしてただけだから。それよりどうしたんだ?」
「大した用事ではないわ。ただ、時間ができたから構ってあげようかと思って。ほら、上条君って私の事好きでしょ?」
ぶっー!!!
突然の事に、せき込んでしまった。
……な、なんてことを……言うんじゃ!!!
せっかく冷えてきた身体がお風呂上りの時より熱くなった。間違って暖房入れたと思い、目を向けるがそうじゃない。だったらなにか、部屋の温度が急激に上がったのかと考えるがそうじゃない。俺の心臓がスピーカー越しに聞こえる声に反応し、血の流れを速くしたのだ。
「……あ、い、いや……今は……と、ともだちだから」
ぎこちない俺の言葉を聞いて、江口がクスクスと笑い始めた。
「なに? 緊張してるの?」
「……う、うるさい!」
「うふふ、あはは~」
今まで聞いたことがないぐらい楽しそうに笑われた。
てか江口もこんな風に笑うんだな。
お互いの顔が見えないからこそ、学校とは違い何処か話しやすい。それに電話ならば周りの視線もない。あるのは俺と江口の声だけ。だからかな、笑った顔が見えないことに少し残念な気持ちになった。どうせならこの目で見たかったって思ったから。
「別にいいのよ、それとも振られた女の子はもう恋愛対象じゃなくなったかしら?」
「…………」
「あら、幼馴染の前では素直になるのに私の前では素直になってくれないの?」
「……まだ好きです」
なんだこの屈辱感は。
「ありがとう。ならそのまま好きでいなさい」
「え?」
「私学校で言ったわよ。まずはお友達からって。別に上条君が本気で私の事を好きだと言うなら私を振り向かせて欲しいの。そしたら、彼女になってあげるわ」
「それってつまり?」
「私だって誰かと恋をしたいな、って内心思ってるわ。でも誰でもいいかって言ったらそうじゃない。この人一緒にいて楽しいな、この人本当に私の事好きなのねって思える人じゃないと無理。だから私のそんな人になりなさい。そしたら付き合ってあげるわ」
あれ? なんで俺。
いま心が嬉しくなったんだろう。まだ脈があるから?
それともこれが恋の力だというのか。相手の顔が見えないから、相手の声しか聞こえないから、その先にある感情に、辿りつけないことがある。でもだからこそ、素直になれるときもある。
「江口って優しいだな、ありがとう」
「そうでもないわよ。私基本的には素直じゃないの、なんでだと思う?」
「さぁ?」
「ひ・み・つ」
俺はその言葉にクスッと笑ってしまった。
だって江口がそんな事を言うとは思ってもいなかったから。
「あっ、笑ったわね?」
「ご、ごめん」
「べつにいいのよ。それより聞いておきたい事があるのだけれどいいかしら?」
「なに?」
「学校のことなんだけど。学校で……皆の前で話しかけるのってやっぱり迷惑だったりするかしら? 私としては普通に話したいのだけれどどう思ってるか教えてくれない?」
「普通に話しかけくれたらって思ってるし、迷惑だとかは一切思ってない。だって俺達今は友達だろ?」
「そう、わかったわ。今はなのね」
俺は何となく思った事を口にした。
だけれど江口の言葉に思わず「あっ」って言ってしまった。
「いいのよ、べつに。それが本音なら嬉しいから」
「そっかぁ。それにしても今の江口って学校と雰囲気違うな」
「えぇ。だって本当の私はこっちですもの。だからこれからはありのままの私を上条君には見せていくつもりよ」
「わかった」
「ちなみにまだ時間あるかしら?」
「あるけど、どうしたの?」
まだ緊張している俺に対して江口から話題を振ってくれる。江口って一見冷徹で冷たいイメージが皆の中にはあるけど、実は人思いというか気遣いができる女子なのではないだろうかと俺は思った。なにも知らないはずの相手を好きになった。だからこそ好きな人の発見は嬉しい気持ちになる。未知は怖い、だけれど好きになった人へはそれが好奇心へと変わることだってある。
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