第37話 最後の確認


 俺は最近ある事が気になっていた。

 それは小説『アイリス』のことである。今日の告白とどう繋がるかと言われれば関係がありそうな気がするとしか言えない。

 そう思う理由はただ一つ。最近江口が俺の前で見せてくれる柔らかい笑み、あれが本来の江口だとしたならばそうじゃないときは無理をしているのではないかと言うことだ。本当は――いやこれは考え過ぎだろう。まさかスランプだとかは。だってあの日四巻の為の放課後デートじゃなくて放課後に三人でお出掛けしたじゃないか。だけど武藤が言うように福永だけでなく江口も心の中が荒れる程恋心に振り回されていると考えると……。まぁ、スランプ疑惑はファンの中で最近密かに噂になっているぐらいでなにも根拠はないが。

 江口は昔から気弱で人一倍臆病な女の子だった。今でこそ周囲に気を張り堂々としているが、昔は全然違った。隙を見せまいといつも必死だった。それがいつしか上手くなり今の江口がいるのだろう。

 江口が皆と仲良く出来ない理由は過去のいじめが原因だと言っても過言ではないだろう。二度とあんな惨めな思いはしたくない、その一心できっと自分を強く見せているだけではないのだろうかと最近の俺は密かに思っている。

 そう考えるとあの日俺の家に初めて白雪が来た日に俺の手を握ってきたことにも納得がいく。本当は気を張り過ぎていて心が疲れているから誰かに甘えたいのだと。そしてもっと言えばアザラシのぬいぐるみのような癒しを常に求めているではないかと。紐を解けば江口の行動は全て筋が通っている。それから俺を振ったあの日からの一転も今なら心の底から納得ができる。


 ――振ったからこそ本当の気持ちに気付いた


 これは事実だと。

 江口は俺が言うのもなんだけど昔から不器用な一面があった。例えば素直に誰かに甘えたいのにとげとげしたりプライドを優先して素直になれなかったりと。だから今なら納得ができる。江口との今があるのは過去と今の出来事が偶然にも時に重なり、時にズレたからこそあるのだと。


 そして江口の逆が福永だ。

 二人はよく似ているようで違う。江口が不器用な一面が多いのに対し福永は器用な一面が昔からよくあった。例えば誰かに甘えたいと思えば、人目は気にするけど、二人きりになれる時間を頑張って自然な形で作って甘えたりと。そして何より自分の心に真っ直ぐにいつも生きている。だけど福永は福永でいつも必死だった。そう器用と簡単に口にはするが、実は裏では努力家であったりもする。出来ないを出来ないで終わらせない、これが福永の座右の銘らしい。出来ないなら出来るまで何度もする。その諦めない姿勢があったからこそ、今では大抵の事ができるだけであって昔からなんでも出来たわけではない。クラスの連中はこれも才能だよねーと言っているが俺はそうは思えない。福永は心を擦り減らすほどに一度決めた事には全力疾走する。途中で止まる事をせず、ひたすらに疲弊し疲れきってもそれでも前へとただ進む。その結果、やはり心が疲れる。さらにその結果、誰かに甘えて癒しを得たいと思い甘えん坊になる。


 結局のところ二人は真逆の人間であり、根本は同じだということだ。

 ただ結果でなくそこに行き着くまでの過程が少々違うだけ。

 だからなのだろう、俺はそんな裏で必死に頑張る女の子に気付けば恋心が惹かれて恋をしていたのだと今ならハッキリとわかる。


 頭は認識していなくても魂がきっと俺の知りえる全ての経験と知識を一つにしていた。そして魂と魂が惹かれ合っていたのだと今ならわかる。


 哲学的な考え方をするならば。

 

 ――出会いは必然であって偶然ではない。


 のだと言えよう。

 これは白雪七海ではなく、もう引退したと噂されているWeb小説家――奇跡の空が言っていた言葉である。


「結局のところ俺は今も昔も変わらず、頑張る女の子に弱かったってことか……」


 俺は一人ボソッと小声で呟く。

 流石に授業中先生に聞こえる声では言えない。


 今思えばだが、もっと早くにこの思考に至っていれば、もしかしたら別の未来もあったのではないかと少し思ってしまう。

 別にそれが良いとか悪いとか言う話ではなくただそう言ったifの世界もあったのではないかというお話しだ。そう三人が自然な形で再開し、ずっと仲良しでいられる世界も――。だけどそれは単なる自己都合による勝手な妄想。現実はいつもそんなに甘くない事を知っている。


「まぁ、これも人生だよな」


 自分に言い聞かせるようにして呟く。


 ここに来てこんな事ばかり考えているから、きっと武藤に朝言われたんだろうな。


『でもまだもう一人の方を引きずっていると思われたら万に一つぐらいの可能性で失敗するかもしれない』


 と。

 つまりは全て自己責任なのだと警告を喰らったのだろう。

 でもさ、人間誰しも、ちょっとぐらい妄想もするだろう。

 それが今は良くないとわかっていてもやっぱり人間って生き物は完璧じゃない。人間誰しも長所があれば短所もあるってことだ。その短所が今回は悪目立ちし過ぎている気がしなくもないが、俺は俺であって、これを素直に受け入れている。だから否定もしないし、これが本来の俺だと割り切っていることもまた事実。


(なにより今さらなんだけど今日の俺やけに落ち着いている気がする)


 告白をする日ってもっとこうソワソワするかと思っていたが、そうでもないんだな。

 でもこれ、多分だけど、もし自己分析するなら、俺がしっかりとこの五日間しっかりと考え、プランを組み立て続けていたからなのかもしれない。

 そう考えると四月の始めに比べて俺なんだかんだ成長していると思う。


 すると隣の席の女の子が手に持っていた赤ペンで俺の身体を突いてきた。


「どうした?」


「どうでもいいんだけどさ、今日私の誕生日なの忘れてないよね?」


 小声でありながら、俺の目をしっかりと見て言ってくる福永に俺は苦笑いをした。

 まさか自分からプレゼントを要求してくる幼馴染が現実世界のどこにいるだろうか?

 いやここにいたか……。


「今聞くことか、それ?」


「うん。だって今言っておかないともし忘れていたら放課後すぐに買いに行けないでしょ?」


「一応確認だが、意地でも用意しろと?」


「うん。だって欲しいもん」


「欲しい物はなかっ――」


「欲しい!」


 欲しい物は特にないと言いつつ何かを要求してくる福永。

 それにサプライズでくれと言っておきながらこの要求。

 先に言っておくと、無理難題だろ。

 ここであると言った時点でサプライズでもなんでもないからね!?

 放課後は? 最悪夜じゃダメなの?

 うぅ――そんな期待の眼差しを向けても……あぁーもうわかったよ。


 俺は小さくため息をついた。


 それから鞄の中をゴソゴソとあさる。


 おっ、あった、あった。


「ほら、これ。本当は――」


「ありがとう、湊。開けていい?」


 おい、最後まで『本当は放課後渡す予定だった』と言わせろ。

 だがまぁいいか。

 なんか変なタイミングだけどさ、死ぬほど嬉しそうに喜んでくれるなら。

 俺がコクりと頷く。

 チラチラとこちらを見ていたクラスの何人かは「えっ? いま!?」と驚いているが福永はどうやら目の前の黒い箱の中身が気になるのか全く気にしていない。

 それからゆっくりと箱を開けて中にあるものを取り出す。


「わぁー綺麗。これ最近いいなぁーって思ってたやつだぁ~」


 福永と席が近い事から偶然にも二日前の昼休みに野崎との会話を盗み聞きして把握した物だ。

 とはいえそれは言わない方がいいだろう。


「気に入ったか?」


「うん。ありがとう。大切にするね」


 そう言ってもぞもぞと動いて早速身に付ける福永。

 残念ながら制服越しではネックレスが外からは見えなかったが、喜んでくれているようで何よりだ。


「あれ? 見えない……」


 手鏡に映った自分を見て福永が少し困ったようにして呟いた。


「そうだな。まぁそれは家に帰るまでのお楽しみってことだな」


「そうだね。なら家に帰ったら感想言いに湊の家に行くね」


「別に窓開けてさよの自室からでもいいぞ?」


「会いに行って直接言う。それに湊の感想も欲しいから」


「わかった」


 俺は頷いた。

 そして気付く。

 今日の放課後自分が何をしようとしていたのかを。

 まぁ……世の中そこら辺は上手くいくと信じて、自分ならぬ神様にソッと心の中で祈った。


 ――上手いこと時系列が合いますように

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