第四章 恋のペンデュラム
第30話 男の友情
「よっ! 相変わらず朝は眠たそうな顔してるな」
次の日の朝。
俺が教室に入ると武藤が声をかけてきて、そのまま一つ前の椅子の背もたれを肘おきにして座った。とは言っても元々武藤の席だけどな。
「うるさい。昨日色々あって眠れなかったんだ……」
「それは災難だったな」
「それはどうも。それより女運には今日気を付けろよ」
「お、おう……わかった」
これで友達として警告はしたので後は福永と仲良くやってもらおうとしよう。
俺はさり気なくクラスに視線を飛ばす。
福永は仲の良い女子グループで何かを楽しそうに話していて、江口はまだ来ていないことがわかった。
実は昨日の夜、俺はある事に二つ気付いた。
一つ目は。
昨日武藤との電話が終わり一人になって、頭が冷静さを取り戻したあたりから、急に一人が寂しく感じるようになったのだ。
もう少し正確に言うならば、昨日の夜感じた福永の温もりがどこか恋しくなり始めた、そんな感じだ。
だからだろうかさっきから気付けば福永に視線がチラチラといってしまうのは。
二つ目は。
江口の事をもっと知りたいと思ったことだ。江口は俺へのメッセージが『アイリス』だと言った。そして『アイリス』は俺の好きを詰め込んだ恋愛小説。今思えば主人公の仕草や行動が俺とどこか似ている。俺は今まで福永以上に俺の事を理解している人間は家族を除けばいないと思っていたが、もしかしたらそれが間違っていたんじゃないかと思った。これは初恋の影響で俺が勝手に作品を美化して見ているだけかもしれない。だけど江口も俺が去年チラチラと見ていたように、江口も俺の事をそれだけ見ていてくれたのではないかと思える。それは江口の心情を知り、最新刊を読んだ人間なら多分誰しもが思うのではないかと言えるレベルでそう感じているのだ。ってことは、今なら俺の初恋が叶うんじゃないかとも思ってしまうわけで。
両手の花はどちらも高嶺の花。
本来俺なんかが触れることすらどうなのかという高貴な花。
そんな二本の花が綺麗に咲き、俺の手の届く範囲に奇跡的に舞い降りてきた。
だからこそ俺は今悩んでいる。
そして、恋のペンデュラム。
これの振れ幅が昨日の深夜ぐらいから徐々に小さくなり始めた気がする。
俺はこうやって悩みながらも心が、気持ちが、恋愛感情が、無意識に固まり始めたのかもしれない。
心の中で色々と考えていると、武藤が俺の顔の前で手を振り始めた。
「おぉーい。だいじょぶかぁー?」
「………………」
「上条湊く~ん。おぉーい?」
「………………」
「江口唯に振られた残念男く~ん」
その時、俺の意識が戻った。
「誰が残念男だぁ!」
俺はすぐに反論した。
「お前」
そう言って武藤が俺に人差し指を向けてきた。
「……ッ!!」
「どうせまたバカな妄想でもしてたんだろ。するなとは言わないが最近の上条なんか色々とヤバいぞ」
「はいはい。どうせ俺はバカな妄想大好き人間ですよ」
「って開き直るなよな、上条」
「…………」
「それで上条の顔がそれなら話し聞いていくれるかと言っているように見えるが少しぐらいなら聞いてやってもいいぜ?」
「上から目線なのは納得がいかないが、なら頼む。俺も誰かに言って気持ちの整理がしたかったところだし」
てか俺、顔に出てたのかよ。
本当に俺さ、超がつく程わかりやすい正直者の顔を持ってないか?
「それで一体どうしたんだ」
「実は――」
俺は武藤に今の心理的悩みを話せる範囲内で話した。
「……事情はわかった。確かにそれは色々と大変そうだな」
「だろ?」
「あぁ。てか驚いたぜ、まさか上条と江口が小学生の時、同じ学校だったとはな」
「だよな……。俺も思い出した時はあっ! ってなったからな」
「それで福永とも同じだったわけだが……福永も完全に忘れていたと」
「そうなる」
「江口って空白の六年でどんだけ変わったんだろうな」
「少なくとも俺と福永が気付かないぐらいには変わってる」
「それにしても福永と江口はもっと男は選べよな……。これじゃ二人の不幸せしか見えないしなんか急に二人が可哀想に思えてきたな」
「ひでぇな! せめてそこは俺の味方じゃないのか!?」
「冗談だって。そんなムキになるなよな~」
武藤は他人事だと思って楽しそうにケラケラと笑った。
「まぁ真面目な話しするなら、二人との縁を大切にしたいことはよくわかった。だけど普通に考えてこの状況、どちらかを選べばどちらかとの縁がなくなる可能性の方が高いと俺は思うぞ。高校生の恋愛程心が一度ならまだしも二度、三度とすれ違えばいずれ疎遠になりやすいだろう」
「だよな……――」
少なくとも俺は福永とも江口とも一度すれ違っている。
だから二度目、三度目となればなるほどすれ違ったら最後になるんじゃないかと思ってしまう。恋愛は理屈じゃないし、数学のような計算式もない。全てが予測不能にして不明確が故に恋は諸刃の剣なのかもしれない。
それでも好きになった以上、もう後戻りはできない。
福永を取れば江口との関係がこれで終わるかもしれないし、江口を取れば福永との関係がこれで終わるかもしれない。二人を好きだから、二人共と言える程、この世の中は甘くない。少なくともこの国で生きていく以上は……。だけど俺はある意味どちらも失っているからこそ、もうあんなに辛い気持ちにはなりたくはないともやっぱり思ってしまう。人は何かを失う事を極端に恐れやすいと言うがどうやらその通りらしい。
「上条はさ、何かを失ってでも手に入れたい物があるか?」
武藤がチラッと周りを見渡して誰もいない事を確認した。
「どうゆう意味だ?」
「簡単に言うと福永と江口は二人の友情がこれで終わるかもしれないリスクを負ってでも上条と友達以上の関係に今はなりたいと思っている。だけど上条はリスクゼロで二人と友達としてさらに仲良くなり、そこからその一人と恋人になろうとしている。それってさ、ただのお前の我儘だろ?」
「…………」
「上条の事を思って厳しい言い方をするならお前は甘いの一言に尽きる。全てが上手くいく世の中なんかこの世にはねぇ。だからさ、上条――」
ゴクリ。
「最悪どちらかとの縁を切る。それぐらいの覚悟をもってどっちと付き合うか決めたらいいんじゃないか。上条はさ、これから先、福永と江口どちらと高校生活を共にしたいんだ? 上条が二人の事を死ぬほど好きなのは話しを聞いてわかった。だけどこのまま優柔不断を続けていると、女って生き物は次の恋を求めて離れて行く生き物だ。つまり二人を失う可能性が大きくなるわけだ。お前はそれでもいいのか」
俺は武藤の言葉に納得する。
一見武藤の言う事には棘があるように見えるが、言っている事は全て正論だったし、俺自身心の中で確かにと納得した。
武藤は俺とは違い、勘が鋭い人間でありながら、周りを冷静な目で見る目を持っているらしい。実に羨ましい……。
「全てを得ようと考えるな。上条自身が幸せにしたいと思った方を最後は選べ。俺はいつでも上条の味方だからよ」
「武藤……お前めっちゃいいこと言うな。一年に一回あるかないかだけど」
「おい。俺が普段ダメ人間みたいな言い方するな」
「おーすまんすまん。つい感動してな」
「それで少しは悩みが解決したか?」
「あぁ。助かった」
「ならよかった。それで――」
すると、教室の扉が開く音が聞こえた。
俺と武藤が視線をそっちに向けると、ちょうど先程噂した人物の一人が入ってきた。
学校一の美少女にしてプロの小説家として大活躍中の江口唯だ。
黒く綺麗な髪を触りながら入ってくる江口に俺と武藤だけじゃなくてクラスの多くの者が目を奪われた。
これが美少女と呼ばれる女の魅力なのだろう。
何度見てもその美しさに目が奪われる。それに昨日放課後見た時とは違い、どこか近寄りがたいオーラみたいなのが江口の周りにはあってそれがまた彼女の持つ魅力と美しさを際立てていると言っても過言ではない。
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