第3話 私の事も少しは見たら?
しばらくすると、俺の頭がなにか細い物で突かれた。
多分先端が鋭利なシャープペンシルの先っぽかなにかだろう。
「……いたい」
俺は机にうつぶせたまま誰かはわからないが、頭を攻撃してくる誰かに向かって言った。
こう見えても俺の心はガラスのハート。
確かに自分の好きな人が幸せになるのは喜ばしいよ。でもな、それが他の誰かと幸せになりたいってわかったのならそれを祝福したい。けど心が狭い俺はそんな事が出来ないんだよ。この際今は一人になりたいし、見た目以上にかなり落ち込んでいたりする。だってそれだけ好きだから仕方がないと思っていると、また頭を突かれた。それもさっきより強く。
「……だから痛いって。さよか?」
グサッ!
「わかった、俺が悪かった。だからさよ頼む、今だけそっとしておいて――」
ザクッ!!!
今度はさらに強く突かれた、と言うか刺された。
「――だから痛いって、さよ!」
俺は刺された頭部を手で抑えながら、勢いよく顔を上げる。
すると、視界にある物が入ってきた。
「あっ……」
それは人を殺める時の持ち方をされた鋭利なハサミの先端部分だった。銀色の部分が光を反射してリアリティーを追求されているあたり、もはや笑えない。それから次に女子の制服が視界に入ってきた。それから顔をあげていくと、豊満な胸の膨らみ、最後に綺麗な容姿をした女の子の顔。
「おはよう」
女の子は俺に挨拶をすると、さっきまで福永が座っていた席に座った。
ただし目は獲物を捕らえた肉食動物のように鋭い眼光をこちらに飛ばしてだ。
これは怒っているのか。
でも俺にあんな事するの去年まで福永以外にいなかったから、これは悪意があって名前を間違えたとかではないと心の中で言い訳をしながらまずは身の安全を確保する。今俺の心臓は二つの意味でドキドキし緊張している。
――ゴクリ。
「……お、おはようございます。と、とりあえずその危険な物をしまいませんか?」
「つまり私の事を幼馴染と勘違いした罪滅ぼしとして死ぬ覚悟が出来たってことかしら?」
「いえ……」
「なら私に言うべきことがあるわよね?」
「名前間違えて、本当にすみませんでした」
俺が謝ると、少し不機嫌そうにしていた表情が柔らかくなった。それから持っていたハサミを机に置いて、俺の方に身体を向けてきた。
そのまま江口は周囲に視線を飛ばして「まだ何処かに行ってるわね」と小さい声で呟いてからまた俺をみた。
「ところで福永さんだっけ? さっきの幼馴染」
「そうですけど」
「なんで敬語なの? 私と上条君は友達でしょ」
うーん、そうは言われてもこっちは緊張してしまうと言うか。
でも好きな人に友達って言って貰えるのは嬉しかったりする。
ん? これはチャンスなのではないか。
今なら向こうから話しかけてくれている。となればこれは仲良くなりましょうという向こうからの合図なのかもしれない。
「うん。……ごめん、なんか寝ぼけてて」
「それならいいわ」
江口はニコッと笑ってくれた。
どうやら上手く誤魔化せたみたいだ。
「それで幼馴染の福永さんとさっき親しそうだったけど二人の関係はただの幼馴染なのかしら?」
ただの幼馴染かと言われたら何か違う気がする。
好きな人だけでなく、自分の弱みやありのままの姿を見せたりもしているから。時に慰めあい、時に助け合う、そんな関係なのだ。
「う~ん、そうだな」
俺は腕を組んで考える。
ありのままを言ってもいいんだが、その場合今もチラホラと気になるのかこちらを見ている男子達に「お前好きな人がいたのか?」「誰だよ、教えろよ!」「さよちゃん振ってまでそいつの所にいくのか」なんてことにもなりかねない気しかしないんだよな。そうなると江口の好感度が一気に下がる可能性だってなくはない。こんなに尽くしてくれる女の子を振るなんて最低よなんて言われた日には俺しばらく立ち直れない自信しかない。
「敢えて言うなら小さい時からずっと一緒に育ってきた関係かな。どちらかと言うと幼馴染って言うよりかはそれもあるけど兄妹に近いと言うか、そんな感じかな」
「なるほどね。相変わらず仲が良いのね、二人は」
「まぁ、喧嘩もよくするけどな」
「そう。ところで今日の放課後暇なのよね?」
うん?
そう言えばさっき福永と話していた時に、江口がチラッとこちらをみたような気がしなくもない。
てか俺と福永の会話がまさか江口の所まで聞こえていたとは正直驚いた。
「まぁ、一応は。っても家でゴロゴロして適当にさよと話すぐらいの予定は一応ある」
どうでもいいことを俺はなぜか緊張してしまい一応と強調しながら二回も言ってしまった。
ここで大事なのは落ち着いた精神力だ。
決して緊張しているから口数が少ないのと言葉が変なのではない。
そう俺は……ん~可笑しいな~かっこいい言葉が全然でてこない。
緊張しつつもあわよくばと内心思っているヘタレだからかな、俺が。
っても俺もともと大人しい子って自覚はちゃんとあるし、容姿がいいとか、勉強ができるとか、は何一つないただの平凡な高校生だけどな。
「そう。だったら私とも放課後いいかしら?」
え? ちょっと待って……。
今なんと言われましたか?
「はい?」
「だから私とも放課後少し時間いいかしら?」
「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」
俺とクラスの男子の驚き声が共鳴し、クラス中に響いた。
これは夢なのか!?
俺と江口が放課後デート!?
あっ、間違えた。放課後会うってのは。
ましてや男子には全体的に冷たい印象がある江口からのお誘いに俺の心は戸惑うどころか飛び跳ねてしまった。
「いいのか!?」
「……こっちが聞いてるんだけど」
「あぁ、そうだな。俺は全然いいぞ!」
すると江口が咳払いをする。
「一応言っておくけど、私の本の感想を聞くだけだからね。男の人の意見も最近は欲しいと思ってね。それでいつも私の本読んでいる上条君の感想が欲しいの。勘違いしないでよ?」
その言葉に俺を含めた全員が納得してしまった。
そうだよな。
俺が江口と親しい関係になれるわけがないよな。
「作品のファンの人の男目線ってことなんだけど、いいかしら?」
「お、おう」
勝手に一人舞い上がっていた俺は少なからずショックを隠せなかった。
「なら放課後にまた会いましょう」
そう言って江口は自分の席へと戻っていってしまった。
あー、嬉しいと言うかなんと言うか、ちょっと残念。
だけど俺はこれは千載一遇のチャンスだと思い、鞄の中に入れて置いた『アイリス』の最新刊となる第三巻を急いで読み返した。あの時と同じ失敗はできない。今度はしっかりと感想を伝えて、仲良くなるきっかけを掴む。
俺はその時、気付いていなかった。
クラスの出入口に隠れるようにして福永が俺と江口の会話を聞いていたことに。
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