第33話 侍女の意見

「んああああ」

「どうされたのですか、エリーゼ様」


 婚約をしてから、三度、デートをした。そのいずれも、手を変え品を変え、ハインツにそれとないアプローチをしてきたつもりだ。

 だけどハインツは今までと変わらない気持ちのいい態度だったり優しい対応だったりして、反応が悪いわけではないが、わかりやすく女性として意識してくれている感じはなかった。


 エリックの時からいいやつだったハインツ。エリーゼにとってもすごく優しくて、一応淑女としてエスコートなどで女性扱いはしてくれてはいるのだ。

 よく考えたら、サラの案には一つだけ問題があったのだ。そう、そもそもハインツがどう思ってくれているのか、意識してくれているのか、エリーゼには全く見る目がないのだ。

 そもそもそんなに見る目があったら、ハインツが気付いていることだってわかっていただろう。全く気付いていなかった時点で、鈍すぎるのはエリーゼなのだ。


 ただ無駄にエリーゼらしくないことばかりして、空回りしてきたのだ。恥ずかしい。ベッドの上で転がりながら今日のデートを反省するエリーゼは、もはや子供らしさしかないが本気である。


「はぁ」

「あの、エリーゼ様? 本当に、体調には問題ありませんよね?」

「ん? ああ、ごめんね、アンナ。体調は問題ないの。ただ、今日も散々で、自分がふがいないと言うか……はあぁ。落ち込む」


 真横まで来て顔を覗き込むようにしてそう尋ねらえれ、エリーゼははっとしたように顔をあげ、仰向きのまま引き寄せたクッションを抱きしめながら謝罪した。

 自分の部屋なのでのびのび過ごすのはいいが、さすがにあからさまに声を出して落ち込むのは心配させてしまった。とはいえそのくらいしないと、ふがいなさと恥ずかしさで飛び出したいくらいだったので仕方ないのだけど。


「散々、と言うのは? 本日の逢瀬も、特に問題なく、いつも通り楽しく過ごされたように感じておりましたが」


 エリーゼのいいように、今日も随行して全て見ていたアンナは首を傾げた。いやまあ、楽しくは過ごしたのだけど。

 それはもちろん、普通にハインツと一緒で楽しくないわけがないところに、さらに好きになっているのだからもうハインツがいるだけで楽しいのけど。


「私は楽しかったけど。ハインツ様も楽しくないと意味ないと言うか……」

「ハインツ様も無理をされていたご様子はないようでした。そのように気に病まれずとも、大丈夫ですよ」


 慰めるように言ってくれる。昔からの付き合いなので、アンナが優しさと、そして本気でそう客観的に思ったから言ってくれているのはわかる。

 わかるけど、ただハインツが楽しんでくれただけではだめなのだ。ハインツに、エリーゼを女の子として好きになってほしいのだ。


「……あ、あのね、笑わずに、冷静に、客観的な意見が欲しいのだけど」

「なんでしょうか」

「は、ハインツ様に、女性と意識してもらいたくて、色々してみてきているのだけど……は、ハインツ様の反応、どう思う?」

「はい。とても意識されているかと」


 昔からの付き合いだからこそ、こういったことを言うのは恥ずかしい。だから前置きしたうえで、他にハインツの反応を見てかつ話せる人はいないので聞いたのに、何をきりっとした顔で即答しているのか。

 とても意識されているかと、じゃない。百点満点だけど、そんな都合のいいことがあるわけがない。


「……あの、今はそう言う、おべっかとかご機嫌取りはいいから、率直な意見を言ってほしいの」

「いえ、率直な意見を申し上げております」


 気持ちはありがたいけど、そう言うのじゃない。と言いたかったのに、何故かむしろ呆れたような顔で言われてしまった。

 起き上がってアンナの顔をまじまじと見る。アンナははあ、とあからさまにため息をついた。そして腕組をしてどちらが主人かわからないほど偉そうに立って口を開く。


「いいですか、エリーゼ様。エリーゼ様が不器用なりに色仕掛けをしかけておられたのを、私は見ておりました」

「い、色仕掛けとか言わないで」

「色仕掛けでしょう。なんですか、今日のなんて、お茶を自分にかけるなんて。正直はしたないことです。ですが他ならぬ正式な婚約者であるカールハインツ様がお相手であり、円満なご関係だからこそ見て見ぬふりをしておりましたのに。あれだけして女性と思われていないだなんて、カールハインツ様が逆に可哀想でしょう」

「あ、あれは」


 確かにお茶をこぼしたのはわざとで、ハインツが慌てた勢いでエリーゼの手袋も外して拭いてくれて、大丈夫か? と聞いてくれたハインツに恥ずかしくて真っ赤になってしまって、それに気づいたハインツも気まずそうにはなったけれど。

 でもあれは本当は、ハインツにかけて、それを拭いてあげて女らしさアピールのつもりだったのだ。本当はサラからは自然にそう言うことがあったら、と言われたけれど、もはや手段は選んでられぬ! と思い強引にマッチポンプを仕掛けようとして失敗したのだ。


 だから決して、わざと手袋を外させて、素肌を見せて触らせて色仕掛けしようと思ったわけではないのだ。手を触れ合うのでも十分恥ずかしかったのに、そんな大胆なことができるはずがない。

 と言うことを説明すると、アンナは偉そうな態度のまま頷き、わかりましたと両手をといた。


「エリーゼ様は、男心があまりにわかっておりません。すでにお相手は十二分に意識されておりますから、それ以上に進むおつもりもないのに、色仕掛けなさるのはやめた方がよろしいかと」

「そ、それ以上とか、変なこと言わないで。……本当に、意識されていると思う?」


 さすがにここまで強い調子で、全くの嘘八百を言うことはないだろう。それを言ったところでアンナに理はないし、エリーゼの為にもならないことを言わないだろうと言う信頼はある。

 だけどそれでも、あんなに空回りしていたのに、それでハインツに意識されていると言うのは無理があるのでは? 嘘のつもりはなくても、勘違いと言う可能性はある。


「逆にお尋ねしますが、どこを見てされていないとお思いなのですか?」

「えっと、正直、婚約してからはドキドキして、ハインツ様の反応まで見る余裕がないと言うか……」

「余裕がないのに色仕掛けするのはさすがに無謀かと」

「う。だ、だって。ハインツ様にも私を特別に思ってもらいたかったんだもん」


 しかしエリーゼの疑惑にも強気だ。少なくともアンナにとっては丸わかりくらいにわかりやすくハインツがそう見えたのだろう。


「さすがに、恋心を持っておられるかまでは、私には判別つきません。ですが、貴族としての顔を崩されるような反応もたびたびされておりますし、少なくとも異性として意識されていないなどと言うことはありません。そもそも、そうでなければ、婚約なさることもないでしょう」

「う……そ、そう言われたら、そうなのかも」


 確かにそれはそうだ、ではもう意識されている前提で、そこからもっと、恋をしてもらえるようにしていけばよかったのか。


「それを確認されたいなら、ああ言った色仕掛けではなく、もう少しこう、思いを伝えるですとか、口づけをねだるくらいにしていただけると、侍女としても気をもまずにすみます」

「くっ、くちって、何言ってるの! そ、そそそんなの、結婚もしてないのに。あ、アンナにとっては普通でも、その、一応私だって貴族令嬢なんだから、そんなの結婚するまでしないわよ!」

「エリーゼ様……あの、申し訳ないですが、貴族の方でも別に、婚約されていればおかしなことではないですが。婚前に子ができてしまうのは外聞がいいわけではありませんが、急きょ式を挙げる例も少なくはないではありませんか」


 エリーゼ様も数件、急な式に呼ばれた経験はあるでしょう。と言われて驚く。え、あれ、そう言うことだったの!? できるだけ早く結婚してずっと一緒にいたいくらい大好き! ってことだと思っていた。

 だとしたら親族のあの人も、隣の領地で同い年のあの子も……? え? ほんとに?


 エリーゼは何とも言えない居心地の悪さで体温があがってくるのを誤魔化すように、んんん。と咳払いしてクッションを胸に出して半分顔をうずめた。


「そ、そうだとしても、さすがに、急すぎるわ」

「そうですね。ですからまずエリーゼ様は、お相手の気持ちの前にお顔を見せるところから始めるべきではないでしょうか」

「え? そ、そんな。急に」

「いえ、全然急ではありませんよね? むしろいつまで隠しているのですか? 結婚なさるまでですか? 顔も見せないまま、恋をしてもらおうと言うのは、さすがに難しいのではないでしょうか」

「そ、それは……た、確かに」


 エリックとして知られているからと、そのあたりなあなあにしていたが、言われてみればその通りだ。いくら気が合おうと一緒に遊んで楽しかろうと、顔を見せない人間を人として付き合えても異性として恋をしろなどと無理がある。そうアンナが思うのも無理はない。

 エリーゼとしての顔を、きちんと見せなければならない。


 サラ相手に、いずれ来るべき時にハインツに顔を見せる練習をしたとはいえ、いつ、などとは全く決めていなかった。いつか勝手にそんなときが自動的にくるのだと、そんな気でいた。だけどそれではいけないのだ。


「それは、そうね。確かにそうだわ。……わかった。顔を見せて、そのうえで、私の気持ちを伝えるのが先ね」


 顔をあげて決意表明としてアンナにそう伝える。アンナはにっこりと、優しい笑みを浮かべてくれた。


「そうです。それに、エリーゼ様は可愛いのですから、お顔させ見せればもうあちらから告白されるでしょう」

「……あの、普段厳しいのに、急にそう言うところで甘やかすのやめてよ……」


 恥ずかしいから。そう口に出さず目を伏せるエリーゼに、アンナはふふふ、と笑って流した。


 だけどともかく、方針は決まった。すでに女性として意識されているなら、恋をしてもらうまであと一歩だったのだろう。

 ならとりあえず顔を見せて、自分の気持ちを伝えよう。形だけの結婚ではなく、思いあいたいと。

 その気がないにしても、きっと一蹴したりはしないはずだ。


 一方的にエリーゼの思いを伝えて、重荷になるかもしれない。それがもとで、今より距離が空いて結婚はできても今より形だけの夫婦になるのかもしれない。

 そんな不安はある。だけど、それ以上に、ハインツなら大丈夫だと素直に思えた。きっと恋は無理だと言う結論になったとしても、また友人の距離に戻れる。


 エリーゼは覚悟を決めた。恥ずかしさを乗り越えて、ちゃんとまっすぐハインツに向き合おうと。


 ……ただ、その時が、ベールを外せる時がすぐに来る気は、まったくしなかったが。


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