第6話 ハインツとの第一回デート
こちらに近づいてきたのは、件の人物、ハインツだった。
「先日ぶりですね、エリーゼ様。お元気なようでなによりです」
「こ、こちらこそ。ご健勝なようで」
エリーゼは地味に振る舞ってはいるが、なにせ一人だけベールを付けているのだ。その気になれば遠目からにも見つけるのは簡単だ。手紙より早く返事をくれようとしたのかもしれない。
お見合い時はともかく、普段は気づかいのできるやつなのでわかる。その気持ちはありがたい。が、サラがいるのに。と言うのがエリーゼの本音だった。
実際、声音を変えたエリーゼの返事に、サラは二人きりの時のように小首をかしげたりわかりやすいことはしなかったが、扇子を閉じて開いてと反応している。
「お、お話なら、その、後でよろしいでしょうか? 今友人と話していたもので」
「まあそのように、私に気遣う必要はありませんわ。親友ではありませんか。どうぞどうぞ」
にっこりとそう言いながらも距離をとる様子はない。完全に野次馬モードに入っている。
ハインツは邪魔をした感を出したにも関わらず微笑みのままで、会話する流れのまま口を開いた。
「ありがとうございます、ザウアー家のお嬢様ですね。ご歓談中申し訳ございません。エリーゼ様、先日はご丁寧なご連絡をいただきありがとうございます。折角なのでこの場で回答させていただきたく存じます」
「は、はい。どうぞ」
「ありがとうございます。折角のお誘いですので、お受けいたします。予定についてですが」
そしてその場で、次回のデートについての打ち合わせをした。手紙だとその打ち合わせでも時間がかかってしまうので手っ取り早いのはわかるが、早く済ませてしまいたい感も若干なくもない。
エリックとしての説得により前向きに受けてくれることにはなったが、元々は気乗りしなかったのだから仕方ないだろう。それはいいが、横から見ているサラだけが気になる。隠し切れないニヤニヤが伝わってくる。
「ではそのように」
「はい。有意義なお話ができて嬉しいです。では、長々とお邪魔をして申し訳ございませんでした」
決めることを決めると、ハインツはサラにも愛想良く挨拶をしてからさっさと立ち去った。
すぐさまサラがすっとエリーゼの隣に寄り添い、扇子をよせて囁くように話しかけてきた。
「随分猫をかぶるのねぇ。いつもより2音も高いじゃない」
片言はさすがに無理があるので、平坦なトーンと男性時に低めにしているのもあって自然に話せる限界まで高くしている。そのおかげで今のところばれていないが、普段を知っていれば違和感しかないのはわかる。わかるがわざとらしく突っ込んでくれる。
エリーゼは唇を尖らせたがベールで伝わらないので、一応持っている扇子を出して顔の前で勢いよく開閉させる。
「色々あるの」
「数回の付き合い、のように言っていたけれど、本当はもっと長い付き合いを希望しているのではなくて?」
「ないから。詳しくはまた今度話すけど、本当にないわよ」
「そう? ならいいけど、あなたが結婚してしまうと、私までせかされそうだから、是非もっとゆっくりしてほしいわ」
「あー、まあ、とにかくないから。しばらくは結婚とかまだしたくないから」
さすがにこの場であまり色々と込み入ったことは言いたくない。そう濁すと、サラもさすがに弁えたものでにっこり微笑んで頷いた。
「じゃあ、約束の次の日なんてどうかしら?」
「サラってそんなに恋愛に興味津々だったかしら?」
「いやね、誰のどんな話でもと言う訳でもないわ。でも、他ならぬエリィのことだもの、ね? 親友じゃない?」
「はいはい。だけどもちろん、それだけ誘うなら相応のもてなしを期待してもいいんでしょうね?」
「ええ、とびっきりのものを」
にんまり微笑むサラの目元に、仕方ないなとエリーゼも微笑んで扇子をおろした。
「ふふ。しばらく会えなかったけれど、約束もできたし、面白いこともあるし、楽しくなりそうね」
「直球で言うけど、扇子で隠している意味ある?」
「ふふ。マナーだもの」
こうしてとりあえず自由への道は確保された。後は適当にするだけだ。とエリーゼは余裕ですかしていた。
○
そして約束の日。ここまでバレていないので、余裕と思っていたけれど、いざ目の前にすると緊張してきたので気を引き締め、そして自分を殺してらしさをださないようにしながら、それなりに相手とコミュニケーションをとる難しさに直面していた。
前回のお茶会での会話は、業務連絡だったから問題なかったのだ。雑談が一番難しいと言うことに今更気が付いたエリーゼは冷や汗をかきながらなんとか対応していた。
「と、とても美味しいです」
「そうですか。フローラ様から、エリーゼ様はロードス国のものがお好きと言うことで、今回取り寄せました。私も初めていただいたのですが、美味しいですね」
「お気遣いいただきありがとうございます」
確かに美味しい。普段家で飲んでいるから間違いない銘柄だ。面白味はないが無難すぎるチョイス。相手に合わせ、話題にもなる。そつのない対応。これでイケメンなのだ。特に意味はないがイラッとする。
しかしここは持ち上げる一択! ハインツには気持ちよくなったもう一度会ってもらわなければならないのだ。
「さすがハインツ様。女性におモテになる方は違いますね。目の付け所が素敵です。事前の情報収集が勝敗を分けると言うことですね」
「あ、ああ……」
おかしい。褒めたのにめちゃくちゃ微妙な反応。エリーゼが心にもないのに無理やりほめていると言うのに、ハインツときたらお礼を言うどころか嬉しそうな顔一つ見せない。ずっと能面のように張り付けられた愛想笑いだ。
本日はハインツの家の庭でのちょっとしたお茶会なので、積極的に話題を振らないと、目新しいものがない。このままでは今日で終わってしまう。
なにか、ハインツを笑顔にさせる話題を振らなければ。ハインツと言えば当然剣だけど、さすがにそれは急すぎる。他にもハインツが好きな物。料理は海鮮が好きだ。甘いものも好きだが、ピリ辛の方がより好み。街をぶらつくのが好きで、新しいもの好き。クールを気取って格好つけているが、意外とゲラでしょうもない親父ギャグでも笑う。
この中で今話題に出しやすいのは、無難なのはやはり食品だろう。
「は、ではなく、カールハインツ様のお好きな食べ物は何でしょうか。この度は私のロードス国びいきにご配慮いただきましたので、次回はカールハインツ様の好きなものを味わいたく存じますわ」
話題を振り、さり気なく自戒を匂わせる完璧な話術。とエリーゼは自画自賛しながらそう尋ねた。ハインツは笑顔のままそうですね、と相槌をうつ。
「そうですね。私が好きなのは肉ですかね。最近は畜産ではなく、野生の肉にはまっております。先日は弓でしとめた雉をさばきまして、一晩寝かせてから食べたのですがほどよい脂と、何と言ってもしまった筋肉質の歯ごたえが心地よく、とても美味しかったですよ」
「まあ! 素敵!」
何と言う実益も兼ねた趣味なのだろうか。初耳だが、最近のハマりと言うことなので許してやるとして、もっと詳しく聞きたい!
エリーゼは手をあわせて前のめりになりながら歓声をあげた。
剣術大好きなエリーゼは体を動かす自体も好きなので、狩りにだって興味はあったが、さすがにそれは許されなかった。父は暇があれば母と過ごすため、付き合いでしか狩りに行かないので、話だけでも教えてもらうこともできなかった。
それにもしかして、ハインツに付き合う形であれば自分が弓をするのは無理でもその場で罠を仕掛けたり、ご相伴にあずかるくらいはできるのでは?
俄然やる気になったエリーゼは、丸テーブルで向かい合っていたのでずりずりと座ったまま椅子をずらして45度まで近寄ってからさらに問いかける。
「弓でしとめられるのですね。罠ではなく弓なのはやはり味も違うのでしょうか?」
「え、そ、そうですね。罠だと目当てのものがかかるとも限りませんし、小さな生き物だと即死してしまうこともあります。かかってから見つけるまでに時間がかかると味も落ちますし、幼体をとりすぎると数が減ってしまいます。なので貴族の趣味としての狩りでは幼体狩りは推奨されていないのもあり、基本的には罠を仕掛けるとしても足止め程度で、止めは直接武器で行いますね」
「そう言うことなのですね。罠にかかっているとはいえ、動く生き物を弓で射るのは難しくありませんか? お恥ずかしながら、私は弓をしたことはないのですけど」
「ふっ。したことがあったら驚きますから、恥ずかしいことではありませんよ。もちろん簡単ではありませんが、私は幼少期から弓をしておりますので、多少は覚えがあるのですよ」
多少、などと言っているが自信満々なのがうかがえる。剣すらあの腕前なのに、弓もできるとは。エリーゼの中で闘争心がむくむくとわいてくる。
今までは剣ばかり夢中になっていた。しかし剣でハインツに勝って区切りもついたところだし、ここは並行して弓にも手を出してもいいのでは?
「弓はどのように練習されるのですか? 的を狙うところからはじめるのですか?」
「最初は……まさかとは思いますが、弓をしたい、などと言うことはありませんよね?」
「!」
ハインツの表情が固い感じからふわっとした微笑みになりだし、明らかに空気が柔らかくなりだしたからと、ほんの少し気を抜いたとたん、ハインツから半目を向けられた。即座にエリーゼは疑いの目を向けられていることに気が付き、扇子でベールの上からさらに顔を半分隠す。
エリーゼは意味はないが視線もそらしながら考える。落ち着け。大事なことは、エリーゼがエリックと同一人物だとばれないことだ。だからエリーゼと言うご令嬢が弓が好きな変わり者と思われたとして問題があるか。……別にない。弓はエリック使ってないし。
エリーゼは何事もなかったかのように扇子をおろし、見えないが余裕を伝えるためににっこりほほ笑む。
「ええ、実は昔から、狩りと言うものに興味がありまして。いいですよね」
ハインツはぱちくりと珍しく感情がわかる瞬きをした。
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