第5話 友人との億劫なお茶会

「本当に返事がきましたね。何をしたんですか?」

「きっと離れている間に、私の魅力を思い出したのよ」

「……そうですね」


 驚く侍女に得意げに胸をはったエリーゼだが、半目で流れた。本気で感心するか、そうでないならせめて突っ込んでほしいものだ。

 まだこの家の侍女達はずいぶんフランクに接してくれている方で、他貴族とのお嬢様としての付き合いになれば、突っ込みどころかボケる隙すらないし、仮にボケたとして完全スルーでひそひそされるのだ。これだから貴族生活は窮屈なのだ。


 次に会う日程も決まり、これでそれまで堂々と遊べると言うものだ。ハインツのことはとりあえずちゃんと謝りつつ不思議ちゃんのふりをしておけば、数回会ってから破談にすることはできるだろう。

 その次の相手はまたすぐには決まらないだろうし、ハインツだけでも一か月はもたせられる。問題の先送りにしかならないのはわかっているし、いずれは逃れられないのもわかっている。逃げる気もない。だがそれはそれとして、できるだけ先送りにしたい。


「と言うわけで明日は長めに街に出かけるね。昼夜の食事いらないから言っておいて」

「いけません。お忘れですか?」

「え?」

「明日はお茶会の予定です」

「うっ。忘れてた……そっか。はー、でも、サラも来るんだし、今回はまだましよね」


 参加人数が増えるほど、日程は早め早めに決まる。明日のお茶会も三か月も前から決まっていた大規模な物だ。なのでそろそろと思いながらすっかり忘れていた。

 決まってすぐに、数少ない会話のできる貴族令嬢の友人、アレクサンドラ・ザウアーも行くから久しぶりに会えますね、的なやり取りをしていたのだった。


 サラもまたエリーゼほどではないが浮いている変わり者で、エリーゼのベールも気にしない人だ。長いので愛称のサラで呼ぶことを許されている程度には友人関係を築けている。


「サラ様と仲がいいのは結構ですが、成人されたのですからいい加減他のご友人も作られた方がよろしいかと。今回は参加人数もおおいのですから、今まで顔をあわせなかった方と交友を深めることもなさいませんと」

「もう、わかってるって」


 それが必要なことはわかっている。これでもエリーゼは生まれた時からの貴族令嬢で好き勝手が許される程度には真面目に教育を受けてきたのだ。わかっている。が、社交は机で学んだことがそのまま通じると言うわけでもない。

 暗喩やマナーはわかっても、その場の空気と言うものがあるし、とっさに言葉がでなかったり、当意即妙な対応をすると言うのは知識以上にその人間の資質が必要になるとエリーゼは思うのだ。

 だからエリーゼに無難以上の社交力はないし、その無難さでこのベールを覆して普通の人と言う評価を得るのは難しい。なので今回もさらっと流すつもりだ。


 今回のお茶会は、何せ第五王子の成人祝いと言う大規模なものだ。その為に貴族はみんな気合を入れて他のお茶会が自粛されていたくらいだ。全員立派に成人している中の第五王子となれば王位継承権は低いし、全貴族が必ず参加するほどではないけれど、それでもほとんどすべての貴族家から誰かしら参加する。


 正式な誕生祝は式典としてすでに行われ、後日にあたる本日が王子を全貴族にお披露目する場であり、王子に交流を持たせ

あわよくばお相手のご令嬢をみつくろうのが主な目的だ。

 もちろん明確には公言されていない、暗黙の了解と言うものだ。


「フローラ様ご不在の中、これほど大きなお茶会は初めてでしょう。大変だとは思いますが、だからこそ、目標は大きく設定されるべきです」

「はいはい」


 エーレンフロイント家から出席するのは、エリーゼただひとり。家名を背負って立つ立場なのだ。ほんの少しでも問題を起こす可能性があるなら、おとなしくしているに限る。大きな目標をたてるつもりはみじんもないので流しておく。


 普通なら父はともかく母親のフローラは参加できないほど多忙なわけでもなく、引退した祖父母だって普段は交流もするし代理で出席してくれていた時期もあったのだから、出席できないことはないのだ。

 ないのだけど、祖父母はエリーゼが成人した以上ケジメだなどと言うし、母に至っては面倒だから嫌。である。態度やマナーにうるさいわりに、その素直な態度。そう言うところやっぱ親子と思うし嫌いではないけれど、自分勝手ではあるので腹が立つ。

 要は面倒だから代役をできる娘に全部押し付けているだけだ。普通は都合があるなら娘一人より親も来るに決まっている。成人したばかりの娘一人にする家の方が少ない。と言ってもこの家は成人前から一人で参加させたりしていたのだけど。だから余計にエリーゼは変わり者一家の娘として余計変わり者だと言う前提で見られるのだ。


 とはいえ今回のお茶会の裏の目的である王子の相手探しに、一人娘のエリーゼは不向きだし、表としても第五王子と交流を持つことで家の利益になることはあまりない。なので本当に、ただの大規模なお茶会で、王子に挨拶をした後はそれぞれ貴族同士で交流するのが目的になる。

 なので別に気負うほどのことではないが、万が一王子に無礼でも働けば首が飛ぶのは当たり前なので、億劫であるのは間違いない。


「はぁ……というか、明日かぁ。もう少し早く言ってよ。心の準備ができてないわ」

「とっくにドレスも仕上がってますし、準備は必要ありません。事前に教えるほど、憂鬱になって逃げようとされては困りますからね」

「に、逃げたりしないって……」


 たった一度嫌になって逃げようとしただけで、根に持ってずっと持ち出してくるのは大人げないと思うのだけど。

 エリーゼは唇を尖らせて睨み付けたが、アンナは動じずに衣裳部屋のドアを開けて中から明日のドレスを持ってきた。


 きらびやかなドレスは確かに覚えがあるし、見たら思い出しただろうが、思い出したくなかったし衣裳部屋の中にエリーゼが入ることはないので完全に忘れていた。

 だが、アンナの言うこともわからないでもない。実際昨日までは心穏やかに過ごせたのだから。とにかく明日は無難にやりすごすしかない。


 ずっとサラとおしゃべりしているだけで時間が過ぎれば一番いいのだけど。


 そう思いながらエリーゼはドレスが合うか念のため再確認した。体形が変動しないようにするのは基本なので問題なかったが、やはり前日確認は心臓に悪い。









「サラ、久しぶりね」

「エリィ、久しぶりに会えて嬉しいわ」


 無難に挨拶をすませ、何とか友人とも合流することもできた。サラの家はさすがに親も来ていたが、幸いにもサラの家も王子との縁談をもくろんでいるわけではないようで、気楽に参加しているようだった。

 ご両親そろってきているサラの家は、それだけ余裕のあると言う表明でもある。もちろん見方の一つでしかないけど、そう見せたがっているのはわかる。


 派閥として敵対している訳でもなく、同じ派閥だし地位も同格なので、サラの両親からも付き合いは嫌がれてはいないが、微妙に張り合われている気はするので、少し苦手だ。

 嫌な性格と言うわけではなく、気遣いも普通にしてくれるけれど。

 なので親もいなくなり、サラと二人きりになれたエリーゼはほっとして肩の荷を半分は下した気持ちになれた。


「ごめんなさいね。うちの親、ちょっと詮索して嫌な態度だったわね」

「まあ。だけど、サラの親だし、そこまでじゃないよ」

「ふふ。そう言ってくれるから、好きよ」

「何急に。なんだか恥ずかしいからやめてよ。それより、お腹もすいてきたし、そろそろ何か食べに行かない?」

「そうね。そろそろいいと思うわ」


 お茶会であり、立食形式で会場のあちこちにテーブルと様々な気軽につまめる食べ物が置いてある。だけど始まってすぐに食べるのはマナー違反だ。いい匂いに空腹を感じるのを、飲み物だけで誤魔化しながら、全貴族があいさつ回りをだいたい終わらせるまで待って、高位の人から食べだすのを見てからだ。

 二人とも家の格としては同格だ。もちろん実際の地位で見れば、何の役もない小娘でしかないが、こういった場合は家順でありかつこれほど人数がいれば把握は困難なのでだいたいで大丈夫だ。


 二人で手近な人のいないテーブルに移動する。各テーブルごとにも給仕が待機しているので、飲み物を頼みながら目配せし、適量をお皿にとってもらう。

 どれも一口サイズで、お化粧が取れないものばかりだ。かぶりつけない分物足りない気になってしまうが、味は間違いない。


「ん。この黒オリーブ、美味しいわ。サラも食べてみて」

「どれ? うん、いい香りね」

「サラったら、扇子がお休みしているわ。珍しいね」


 どれも一口サイズの中、殊更小さなオリーブをぱくりと小さな口で食べる姿が丸見えだ。

 エリーゼはベールをしているので関係ないが、食べている口元を見せるのは貴族令嬢として行儀の悪いものだ。食事中に限らないけれど、ずっと扇子なりで口元を隠すのが基本マナーなのだ。


 基本的にご令嬢として真面目に振る舞っているサラが、公の場所でこんな風にサボるのは、壁側を向いているとはいえ珍しい。なので軽くからかいついでにそう指摘した。

 言われたサラは口元はお上品な微笑みのまま、肩眉だけ少しだけ寄せて不機嫌アピールをして、そっと横からエリーゼに頬を寄せる。


「意地悪を言わないでよ。ずっと使っていたらつかれるもの。こんなところまで目を光らせている方なんていないわ。それに、あなたばかり自由でずるいじゃない?」

「よければベール、あなたにもプレゼントしましょうか?」

「魅力的だけど、遠慮するわ。夏に耐えられそうにないもの」

「慣れたら平気だけど」


 確かに夏は暑いが、風を全く通さないわけでもない。幼い頃は時々めくったりしていたが、物心つくことにはもうずっとつけていても苦痛はない。もちろん外したら涼しいとは思うけれど。

 さすがにつけたいときだけ、何て都合のいいことはできない。ずっとつけているからエリーゼは変わり者ではあっても伝統を守っていると思われるところ、必要な時だけだと完全にマナーが面倒だからなのがばれてしまう。


「あら、こちらのものも美味しいわよ。何て名前なのかしら」

「どれ。ん。酸味がきいていて、とても美味しいね」


 まだ夏には遠いが、気温もあがってくる時期だ。会場は開放感があり、宮殿内なので暑さ対策にそこかしこに水が通ったりしていてずいぶん涼しいが、気温の変化に疲れてきている人もいるだろうと言う気遣いなのだろうか。酸味のある品が多めな気がした。


「そうそう、そう言えば。聞きましたわよ、エリィ」

「あら、なにを?」

「色男と名高い、ハンマーシュミット家の三男様とお見合いされたとか?」


 にっこり微笑みを扇子で隠しながら、隠せていないにんまり目元でそう問いかけてきたサラに、エリーゼは見えないのをいいことに半目になる。


「……噂になってるの?」

「まさか。あなたとうちの仲じゃない」

「仲と言うか。まあ、無暗に知られていないならいいけれど。と言うか色男と名高いの?」

「一部だけれどね。割と顔はいいし、態度も紳士的で、剣も学もそれなりにあるようだから婿としてアリと言うのもあって、数人のお嬢様方に囲まれていたりするわ。見たことがない?」

「あー」


 そう言った光景は見たことはあるが、遠目に見た段階で回れ右している。少なくとも複数人そう言った人気のある人がいること自体は認知していたが、ベール越しにはっきりその顔がみえるほど近づいたことはない。


「とりあえず事実だけど、数回会ったら断るつもりだから、気にしないで」

「あらそうなの? せっかくの有望株なのに、もったいないわ」

「はいはい、思ってもないことを」

「あなたにとってはもったいないのは本当よ」


  自分は好みとも思っていないのが丸わかりの失礼な言い方で呆れるが、この衣着せぬ物言いだから親しく付き合ってきたのだ。


「そう言えば、この場にも来ているのかしら。折角だし声でも……あら」

「? げ」


 ふいに振り向いたサラにつられて向くと、そこに見えた近づいてくる人物に思わずエリーゼは声を漏らしかけ慌てて口を閉じた。

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