第4話 計算通り
「ハインツ!」
「エリック! よく来てくれたな。まあ座れよ」
午後いっぱい待つ、と指定された喫茶店に行くと、もろ手を挙げて歓迎してくれた。中がいいとはいえ、こんなに感情的に迎えてくれるなんてそうない。普段どちらかと言えばクールな感じだった。
そんなに切羽詰まっているのか。そんなに悩んでいるなら、お見合いどころではないのではないだろうか。エリーゼに返事がないのもうなずける。
「久しぶり、と言ってもいつもよりは早いけど。で、相談って?」
「ああ、よく来てくれたな。まあ、何でも好きな物頼んでくれよ。俺のおごりだから」
「ありがと」
席について飲み物を注文して、改めてハインツと向かい合う。ハインツは軽く、最近どうだ、などとどうでもいい世間話をふってから、エリーゼの注文した品が届いたのを見てから姿勢をただした。緊張をほぐすようにカップを傾け、視線をそらして頭をかいた。
「あー、まあ本題に入るが、相談って言うのはだな……お前、よく女と話したりしてるよな」
「ん? まあ普通にしてるけど」
「いや普通じゃない。少なくとも普通の男はあんな女ばかりの中男一人で机を囲めない」
街で一番仲がいいのはハインツだと思っているが、会う頻度が低い分、当然他の人とも仲良くしている。貴族では手をだしにくい街のお店のスイーツ巡りなんかも趣味の一つで、さすがに一人ではいりにくいようなところは奢るからと友人の女の子たちを誘ったりする。
それを見て言っているのだろう。何人になってどれだけ頼もうと懐が痛むようなことはない。普段他につかわないのもあるし、そもそも安いものだ。そんな大盤振る舞いだからか、女の子たちはだいたい機嫌よく愛想良くしてくれる。
当然感性が女子のエリーゼは一緒に最新スイーツ談義も仲良くできる。なので男扱いは全くされていないけど仲良くはしてくれているしよく話すとは言える。
「まあじゃあよく話すとして、で、それが何?」
「ああ……実は、先日お見合いをしたんだが、相手の考えがわからなくてな。情けない話だが、少しそれを相談したくてな」
ハインツは街の女性からもモテモテでキャーキャー言われている印象だったのだけど、実際のところ貴族だとわかっているからか本気の子はいなかったし、本人がその気がなかったからか、女っ気のない日々を送っていたようだ。
そこで男扱いされていない未成年のエリックを選ぶあたり、人選には難があると思うのだけど、しかしそこは友情で選ばれたのだとしたら光栄だ。見る目がないのではないということにしよう。
そしてそんな女心のわからないハインツは、先日のお見合い相手に嫌われようとわざと失礼なことを言ったのに、何故かまた会いたいと連絡をもらって困っているらしい。
「と言うか、わざと嫌われるようなことを言ったのはなんでなの?」
「相手は変じ、あー、まあ正直に言うと、お前の家の関係者なんだ。エリーゼ・エーレンフロイント嬢だ。知っているだろう?」
「う、うん。まあ。面識もあるよ」
の方が自然だろう。実際、祖父母の家にはよく行くし、そこの使用人はほとんどが長く働いていてずっと昔からの顔見知りだ。
「家の格は釣り合うかもしれんが、俺のような三男なんているのかいないのかわからないような奴と違って、相手は跡取り娘だぞ? 立場が違う。俺から簡単に断れるものじゃないからな」
「それで嫌われようとしたって?」
「ああ。まあ親からも強制されているわけではないが、まずは好きになる努力をするように言われていたところに、第一印象があまりよくなかったからな。手っ取り早く断ってほしかったんだが、こういう訳だ」
そう言ってハインツはエリーゼが出した手紙を出してそっと渡してきた。いや人に見せるな。と思いながら受け取って読み込むふりをする。
「自分で言うのもあれだが、俺は顔がいいからモテる。だから普通にしてたらエリーゼ嬢から好かれてしまうのはわかる。だがそうは言っても、悪い態度をとった相手にもこんな返事をだすものか?」
完全に女を舐めている態度だ。これが何も知らずにお見合いした相手なら即断るしフローラへの説明も十分なものだ。
だが先に奇行をしてしまったのは確かにエリーゼだ。そこは我慢する。それにこれはとても都合がいい。なにせハインツからは断りにくいと言うことなのだから。
「うちのお嬢様はさ、とっても繊細で人見知りなんだよ。だからきっと、ちょっとおかしく見えることをしてしまったかもしれないけど、中身は全然普通の女の子だよ。お嬢様は男を顔で判断しない人だから、きっと変な態度をとったことを謝りたくてこの手紙になったんじゃないかな」
だからもう一度、会ってみるといいよ。と親切ぶって提案した。
優しく微笑みながら言ったので疑われることもなく、ハインツはうーんと真面目に悩み始めた。
「俺の顔ならありえるのか……?」
顔関係ない。エリーゼは顔で判断しないと言ったのに、完全に馬鹿にしている。いらっとしたが、エリーゼについて何も知らないのだから仕方ない。ここはエリーゼが大人にならなければならない。
エリーゼは追加で頼んだアップルパイを食べながら怒りを抑える。美味しい。あのレストランでの食事の味は全く覚えてすらいないが、あんな思いで食べるくらいならこのありふれた喫茶店のお菓子の方がずっといい。
「顔はともかく、とにかく一度会ってから決めたらいいんじゃない? 断るにしても、最初の顔合わせだけで断るのはすごく失礼になるんでしょ?」
「ん。まあな」
「てかそれしかないのに、僕に何を相談したかったの? 答え殆ど決まってたでしょ」
「いやだから、こいつが本気で言っているのか、社交辞令なのか、いやいや言っているのか、それが知りたかったんだ」
「本気だって。うちのお嬢様は嘘つかないから」
嘘だけど。現在進行形で頭から足まで嘘だけど。でもこの手紙が本気で、もう一度会いたいと思っているのは事実だ。だから何も問題ない。
「あ、見落としてたけど季節限定のフルーツタルトも美味しそう。すみませーん」
いくらでも頼んでいいと言われているとはいえ、さすがに無言で追加は申し訳ないので、追加注文を匂わせる独り言を言ってから店員を呼んだ。
「お前のその軽い態度が信ぴょう性をさげているんだが、まあそこまで言うなら、エリーゼ嬢が悪い子ではないことも、裏がなく純粋に会おうとしているだけなことも信じよう」
「そうだよ。ってか裏ってなに。お見合いした後にもう一回会おうっていうのに何の裏があるんだよ」
「そりゃお前、俺のことが気に食わないから、悪評を流すためにあえて近づくとか、俺のことは気に食わなくても能力や見目だけを目当てに家に取り込もうとしているとか、あるだろ」
「ねーよ」
「あるんだよ、それが貴族だ」
いやねーよ。少なくともエリーゼさん家のエーレンフロイント家にそんな思惑はない。仕事はちゃんとするが、深い付き合いは好みでする。それがなんだかんだ全員変わり者として扱われているエーレンフロイント家なのだ。
だからジト目で訂正してあげたと言うのに、ハインツはふっと馬鹿にするような、微笑ましい子供を見るような目でエリーゼに微笑みかけてきた。
「まあ、貴族じゃないお前は、それでいいさ」
いやだから貴族なんですけど?? と言いたくなったが自重する。その代わりにタルトを食べて気持ちを落ち着かせる。
「ま、信じてくれたならいいや。さっすがハインツ、友情に厚い男! あ、だからってお嬢様に手を出したりしないでくださいよ」
「そりゃあ、ん? おいおい、もしかしてお前、そう言うあれか? 身分違いの恋、みたいなやつか?」
「は? あぁ、違う。何と言うか、そう。血を分けた兄妹みたいなものだから」
同じ両親を持つ存在なので、兄弟と言えなくもないだろう。同一人物だけど。
エリックがエリーゼを心配しているのは当然だし、お見合いも駄目になる前提なのでこの勘違いナルシストに下手なことをされたくないのは当たり前なのだけど、もちろんそれを知らないハインツには、直接の使用人でもないのにそんな口出しするなんて、と思ってしまったのだろう。
なのでそういうことにしておいた。年が近い使用人と幼少期に仲良くすごす、と言うのは小説とかだとよくある話なのでありだろう。
もちろん現実には、エリーゼの年に一番近いのでも5歳上だし、親しくして単なる使用人以上には仲がいいと言っても兄妹みたいなわけがない。そこは一線をひいている。体調を気遣ったり、誕生日を覚えて祝ったりして、同じ家に住んでいてずっと一緒、と言っても家族とも友人とも違う別の関係だ。
でも設定位いいだろう。そういう話もあるかもしれない、と言うことで。
「血を分けたはさすがに駄目だろ……まあそんな軽口が許される程度に仲がいいってのは信じてやるけど。お前、妙に懐にもぐりこむのがうまいもんな」
「悪意的な言い方じゃない? 僕が人格者だから自然と人と仲良くなれるってだけなんだけど」
「はいはい、そう言うことにしといてやるよ」
そう言うことも何も事実であり、猫をかぶって無難に大人しく地味にしている貴族令嬢エリーゼはとにかく、素を出しているエリックは友人が多いと言うのに。
頬を膨らませて遺憾の意を表明するエリーゼに、ハインツは言葉に似合わない優しい笑顔をしていて、文句の行き先を失ったエリーゼは最後のパイを口に含んでから手を挙げた。
「すみませーん。このフルーツプティングひとつください」
「いや……いいけどお前どんだけ食うんだよ」
「いいでしょ、おごりなんだから」
「それ、はは。まあいいけどよ。じゃあ、一つお前のお嬢様に、この間の態度は謝ってくるとするか。惚れられたら悪いな」
「いや絶対にないから。調子に乗るなよ、色男」
友人としてはいいやつだし、以前から女にもてるアピール言動はうざいところはあったので、今更ではあるが、いざ自分が相手になると本当にうざい。
今回は本当に助かるが、こういうナルシスト男は普通にお見合い相手としてないわー、とエリーゼは思いながら届いた三品目にぱくついた。
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