第24話 ハインツ視点 やっぱりエリックじゃねぇか
エリーゼがエリックではないかと疑念を抱いたハインツは、三回目のデートでその正体を暴いてやることにした。
と言っても、同一人物なら実際の性別は女性なのだから、無理やりベールを取り上げるなんて乱暴なことはできない。機会があればもちろんそうしたいが、強引にして万が一違った時に困るどころではない。
ごく普通に、その話し方やそぶり、態度などで見極めるつもりだ。
「カールハインツ様? その、もう大丈夫ですよ?」
「練習場に行く前に、庭園にも寄り道しますから。家の者の目もありますので、できればこのままご案内させていただけませんか?」
「はあ、まあいいですけど」
まずは普通にエスコートする。相手がエリックだと思っているからか、ついつい気安い態度になってしまったが、エリーゼは気にすることなく曖昧に頷いた。
こういう頓着しないところも、女性らしくなく、エリックっぽい。と思うのはさすがに穿ちすぎだろうか。さらに言えば、手の感じもエリックぽいような? 男の手だと思っていたので、さすがにあまり手触りまでは意識していなかったけれど。
そんな疑惑の目に気が付くことなく、エリーゼは素直にエスコートされてくれる。
一番見分けやすいのは、やはり興味をもっている弓だろうが、そうは言っても形だけでも女性を招いておいてこの家の自慢の花園を無視するのは難しい。まして今日は家の中に母がいて暇を持て余しているので、こちらを気にしているだろうし。
と思って、興味のないだろう花を見に行くと、意外と食いついていた。
「私だって、花を愛でる情緒は持ち合わせております。ハインツ様のような感性の鈍い殿方と一緒にされたくはありませんわ」
と女性らしいが、しかしそのつんとした物言いは、負けず嫌いなエリックらしくて、いつも遊んでいる時みたいに感じてしまって頬が緩んでしまった。
「それはそれは、失礼しました。それでは存分に楽しんでいただきたい」
と謝罪すると、エリーゼはベール越してよく見えないが笑ったようで、ぐっと腕をつかんできて驚いている間に、まるで腕を組むようにしてきた。
確かにエスコートとしてよくある形ではあるが、こんなのはよっぽど親しいか長い付き合いの間柄でするものだ。
不意打ちで顔が近づき、揺れた髪から匂う香水の甘い匂いに、女性らしさを感じて思わず動揺してしまう。相手はエリーゼであっても、それ以前に友人のエリックだと言うのに。
この気安く腕を組んでくるのは、少なくともエリーゼがハインツに心を許しているからで、つまりその証明にもなるのでは? と思いつつも、その一瞬の動揺を過ぎてからも、外見怪しくてもやはり普通に女性ではあるので向こうから積極的になられると少し照れてしまう。
これがわかりやすく媚びているならむしろ鼻で笑えるが、無邪気な態度だけに不意をつかれてしまった。不覚だ。
席につかせて一度落ち着いてから、改めてエリーゼを観察する。
ベール越しによくよく見つめる。普通に見ただけでは何も見えないが、一応本人は前が見えているのだから、よく見れば何も通さないはずはない。
「!」
「あ! す、すみません」
「い、いえいえ。私こそ、つられて覗き込んでしまっていましたので。大丈夫ですよ」
無意識にじっと見ようとするあまり顔を寄せてしまったので、身をひいたエリーゼの頭がぶつかってしまった。さすがに普通に痛かった。がこれはハインツが悪いので仕方ない。
切り替えて、一番見極めやすそうな弓の修練場に移動した。
そして弓をやらせて確信する。この姿。どうみてもエリックだ。
もはや駆け引きとか、問答の必要はない。先日あれだけ弓を射る姿を見ていた。そして今、同じような進度で上達していて、全く同じ姿だ。もちろんお手本をもとにしている綺麗なものとはいえ、まだまだ素人なのだ。ちょっとした手癖など、どうしたって特徴が残っている。
見間違えるはずもない。エリックだ。エリーゼはエリックだったのだ。
半ば確信していたがこうして目の前で、まじまじと見せつけられると、騙されていたのか。と実感する。初対面のふりをして、誤魔化して嘘をついていた。騙された以外の何物でもない。
だけど、なにをどう、騙したと言うのか。最初からずっとエリックはまっすぐだった。あえていうなら、嘘つきはエリーゼだ。
だが言えない理由もわかる。女だとわかっていれば、エリックとして今のような友人にはなれなかっただろう。そしてきっと、今の関係があるからこそ、変わることも恐れたのだろう。
こんな大事なことを隠されていたことに、腹はたつ。
それでも、馬鹿みたいに弓に夢中のエリーゼを見ていれば、いつものハインツが知るエリックでしかなくて、怒りは消えていった。
確かに、騙されていた、と言うのは真実だ。だけどその嘘が無ければ、その嘘に怒るだけの関係ができなかったのだ。
なら、それを許すのは兄貴分の度量ではないか、悪意があっての嘘ではなく、楽しかったあの日々は、弟のようにかわいがったあの日常は、それ自体には嘘がなかったのだから。
ハインツは大きな心で許してあげることにした。そして同時に、エリーゼを嘘をつく苦しみから解放してやろうと思った。
ただのエリックであったならエリーゼにも問題はなかっただろう。だがエリーゼとして出会ったことで、きっと苦悩しただろう。その結果のあの奇行だったなら、全て理解もできる。
エリックとしてのエリーゼへの態度もわかる。
弓をおろしたエリーゼにハンカチを差し出すと、驚いたようだったが素直に受け取った。さては夢中になって、ハインツのことすら忘れていたのだろう。
そんなところが、おかしくも微笑ましい。そんな目の前しか見えないほど一生懸命なエリックだから、ハインツは可愛がってきたのだ。
「拭けましたか? ベールをはずされてもいいんですよ? 私しかいないのですから」
「わっ! ちょ、ちょっと、覗き込まないでください! 破廉恥ですよ!」
だからもういいんだと、言ってやりたかった。ベールをとって、その顔を見せるよう促した。自然な流れだったはずだが、予想外の反応に驚いた。
破廉恥? ベールを取ることが? 礼儀としてつけているのではなく? と不思議に思うが、恥ずかしいのだ、と言うエリーゼに嘘はないように見えた。
その反応で、ようやく思い知る。エリーゼはエリックだった、のではない。エリックがエリーゼで、つまり、女だったのだ。
当たり前で、わかっていたはずのそのことに、ただ改めて自覚しただけのその事実に、同一人物であるとわかった時と同じくらい戸惑った。
エリックとしての一面は、一部分でしかなくて、エリーゼとしての女性としての全く違う部分がたくさんあるのだ。よく知っていたはずの友人が、急に遠くに感じられた。
「それは、失礼しました。その、そのようにお考えだとは思いもよらず。単に、伝統と利便性の為につけておられるのだとばかり」
「最初はそうでしたけれど、今ではベールは私の一部のようなものですから。私にはいいですけれど、今後、他の方にはやめた方がいいかと」
「……他の方、ですか?」
混乱しながら謝罪するハインツに、エリーゼはほんの少し怒りをにじませながら、そう注意をする。
それは怒りのあまり言っていると言うよりは、普通に指導するような言い方で、自然に言われたのに、だけど理解が追いつかない。
「はい、本日でお約束の三回目ですし」
そして当たり前のように言われたその言葉に、また衝撃を受けた。
他の人に、と言われて、自分だけではなく、このお見合いが終われば、エリーゼもまた、他の相手と出会うのだ。そしていずれは、その人と一緒になるのだ。と言うことに思い至った。
それは当たり前のはずだった。このお見合いを結婚に向けていく気持ちなんてみじんもなかった。人として好ましいかもと思っても、女性として見ていなかった。
エリックと勘付いた時だって、男だと思っていたのだから、それで意識するなんてことはない。
だけど、ベールを脱ぐことを恥じたり、花を愛でる意外な一面を知った。そして何よりエリックらしさを見て、エリーゼが他の誰かとお見合いをしてしまえば、今のように会うことはなく、他の誰かにその顔を見せていくのだと思い知らされる。
それは嫌だな、と素直に思った。
こんなのは、異性としての感情ではない。ただ醜い独占欲でしかない。
それは自覚している。いつか、エリックをちゃんと女性として見れる人が、彼女を幸せにするのだろう。
だけどそれは今ではない。男ではなかったと言って、可愛い弟分であったことがなくなるわけではない。
そうだ。ハインツは可愛い弟分を、まだまだ子供な弟分を、そう簡単に他の男にやりたくないだけなのだ。
だからそう、エリックの内面が大人になるまで、もうしばらくハインツが、お見合い相手として守ってやればいい。
「エリーゼ様、勝手なこと仰いますね」
このお見合いだって、エリーゼが何も言わなければ一回目で終わっていた話だった。それを強引に続けさせたのは、エリーゼであり、エリックだ。なら、その我儘分くらい、もう少しくらいはハインツが我儘を言ったっていいではないか。
なのに当然の様にこれが最後のように言うなんて。ハインツの何が気に食わないのか、そう尋ねると、ハインツといたい、などと言われてしまった。
そんな言い方は、求めていないけれど。だけど嫌なわけではなくハインツを気遣っただけで一緒にいたいと思ってくれたことは、素直に嬉しいと思えた。
「……はぁ。では、あなたが希望した通り、私は付き合ったのです。今度は私が満足するまであなたに付き合ってもらいたい。いいですか?」
だけどそんなことを言うのは恥ずかしいから、いつものなれた笑顔を作って誤魔化して、そうエリーゼに宣言した。
せめてエリーゼが恋を知るまで、もうほんの少し大人になるまでは、一緒に遊んだっていいではないか。そう自分に重ねて言い訳をしながら。
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