第25話 ハインツ視点 しょーがねぇから俺が幸せにしてやるよ
そして四回目のデートの日。
エリックと知ってたので、もう遠慮したり、本当は裏があるのか、などと疑う必要は一切ない。もし万が一多少指先を怪我したとして、そんなことはエリックにとって大したことがないと知っているので気も楽だ。
いつもの調子で、気楽に楽しめばいい。
今日はエリーゼの弓を買いに来たのだ。どんなに喜ぶだろう。あんなに頑張っているのだし、擦り傷くらい屁でもないとわかったのでプレゼントもできる。
今はまだ早いがもう少しなれたなら、実際に狩り場で実践してもいいかもしれない。エリーゼならともかく、エリックなら信頼もできる。全く同じ行動をしてたとしても、エリックなら可愛いものだし、ちょっと調子に乗っただけだと許せる。
エリックとはいえ、一応女性なので店の中ではしっかりエスコートをする。
近いのでは? などと聞かれたけれど、外聞もあるのだから商品に引っかかってドレスにほつれができるだけでも問題だ。そこは我慢してほしい。
それにエリックとしてこんなにずっと傍にいることはなくても、軽く抱きつくような格好になるのだって珍しくないのだ。何をいまさら遠慮することがあるだろうか。
そう思っていた。だけどこの日、一緒に過ごすうちにだんだんと違和感が目に付くようになってしまう。
確かにエリックだ。話し方も、声だってどうして気が付かなかったのかと言いたくなるくらい、ちょっと音域が違うだけでエリックでしかない。
弓を撫でるようなところも全然女性らしくないし、いつものエリックなのだ。たとえ女性であったとしてもそれは変わらないはずだった。
なのに、いつものように接するほど、エリックと違うところが目につく。別人だと思いこんでいたときは、少しエリックと似ているとすら思っていたのに。
可愛いものが好き? お礼に刺繍? それを、そんなに恥ずかしがって言うなんて。
心がかき乱されるようだ。単なる弟分だったはずなのに。女性だとわかったし、そこは多少配慮してエスコートしたりするとはいえ、それ以外は何も変わらないと思っていたのに。
エリックが、エリーゼの一部でしかなかったのだと思い知らされる。それは少し寂しいような、悲しいような気になる。
そして同時に、もっとエリーゼを知りたくなった。
なのでハインツは反省して、改めてちゃんとエリーゼと言う人間に向き合うことにした。誰だって相手や立場が違えば態度も見せるものも違う。友人に今までと違う側面があったからと言ってそれが何だと言うのだ。まだこれから知ればいい。
エリーゼはまだまだ弓に夢中で、大人にはほど遠いのだから。
そしてエリックとして再度会うことになった。
以前、まだ同一人物と確信を得ていない段階で、エリックも狩りに連れて行くと約束してしまったからだ。
知っているのだぞ、と言うのは簡単だが、そう簡単にばらしては面白くない。こちらも騙されていたのだから、もう少し驚くタイミングで言いたい。
なので今は別人として扱うのだ。だからエリックに会う時は、今度こそ女性として扱う必要はない。いつも通り、弟分として見ていけばいい。
「なに? 変な顔して」
だけど待ち合わせ場所で合流して、首を傾げたエリックをいつもと全く同じように見ることができなくなっていた。
ベールをとっただけのエリーゼと何も変わらないはずで、その顔はさんざん飽きるほど見ていたはずだったのに。
隠されていた恥じらいのベールの向こうの顔だと思うと、何か特別なものを見ている気になった。どうして他の人もこれを当たり前に見ているのか不思議なくらいだ。
以前から、男にしては可愛い顔をした少年で、これは大人になればハインツ程ではないがモテるようになるだろうとは思っていたのだ。
だけど男として会って改めてその顔を見ると、こんなにも女みたいな顔をしていたのか、と感じてしまった。今まで一度も女だと疑ったことなんてなかったのに、今は女にしか見えない。
と言うか女としても、結構可愛いのではないだろうか。元々可愛い顔してはいると思っていたが、女だったとは。いや別に変な意味ではないけれど。
「もしかして体調悪い? いくら凶暴な動物がいないって言っても、獣だって必死なんだから、万全じゃない状態で挑むのはやめたほうが……あ、そうだ! 今日は僕が全部代わりに射ってあげるよ!」
「やめろ。違う」
ついエリックの顔をじっと見てしまうハインツに、エリックは不思議そうな顔をしてはいるが、全く気付いていないようで、これ幸いと都合のいいように話をもっていこうとした。
さすがにまだ実践させるわけにはいかない。ついエリーゼのイメージに引きずられてしまったが、やはりエリックはエリックだ。
気を取り直して、今日は普通に楽しむことにした。
それはいいのだけど、狩りの目的が鳥だとまた? とか言ってきたが、お前それはエリーゼだろうが。隠す気があるのか。隙が多すぎる。ハインツでなくてもそのうち気付かれそうだ。危なっかしい。
「……」
そして狩りを始めれば、他のことに意識を割く余裕はない。野生動物はいつ何をしでかすかわからないのだ。なれたハインツと言えど油断は禁物だ。
それはわかっているが、じっと見つめてくる視線に、今までなら気にならなかったのに、エリーゼの存在を意識してしまう。
男として、エリックとして接しないといけないのに、どうしてもエリーゼが重なってしまう。
「また一発! 凄い!」
「ふふん、まあな」
褒めてくれて嬉しくなるのも、いつもより浮足立ちそうになってしまう。いつもならただ自慢で得意になるところを、なんだかくすぐったいような気持ちが混ざってくる。
エリックだと割り切れるはずだったのに、エリックとして単なる同性の弟分として扱いたいのに、女性であると言う意識がなくなってくれない。
狩りを終えて、食事にする。エリックは実に楽しそうで、前回は顔色も悪くしていたがなれたのか今回は元気なままだった。
そんな全く貴族女性らしくはないが、エリックらしい姿にほっとするけれど、それでも嬉しそうに頬張るその姿はやっぱり男には見えなくなってしまっていた。
弓の練習をさせることになったので、このおかしな気持ちを振り切るためにも真面目に教えた。と言っても基礎はすでにわかっていて、真面目に練習もしてきたエリックだ。
多く口出しする必要もなく、エリックの放った矢は簡易の的へと突き刺さっていく。
「頑張ったな」
「うん!」
「……」
褒めると素直に、満面の笑顔で頷くエリック。その何の裏もなく衒いのない様はいつも通りで、まぶしい位で、とても可愛い。
そんな自分の感情を認めたくなくて、ハインツはにっこりと貴族の笑顔で誤魔化す。
まあ、可愛い。エリックは可愛い。それはまあまあ確かに、可愛い顔はしている。ただそれだけのことだ。他意はない。
休憩として、席についてお茶を飲むことになった。エリックは率先してお茶を入れてくれた。
こういうことを当たり前にするから、エリックが貴族女性どころか貴族だなんて想像したこともなかった。剣を振り回している時点で貴族女性ではありえなかったが、この気さくすぎて自分が動くところは貴族としてもないのだ。
そう言ったところは本当に、好ましいと思う。いや別に、普通の意味だが。
「……なあ、エリック。ちょっと突っ込んだことを聞いてもいいか?」
「ん? いいけど何?」
エリックが大人になるまで、このお見合いごっこを続けようと決めたはいいが、本人はどこまで考えているのだろうか。
席についてじっとしていて、ちょうど話題も途切れたので思い切って聞いてみる事にした。
結婚をどんな風に考えていて、どんな相手と結婚しようと思っているのか。
「親も、僕が好きな人なら相手は誰でもいいって感じだし」
いや、さすがにその答えは予想外すぎる。
平民の家ではないんだぞ。代々続いてきたハインツの家と変わらない格式の貴族の家が、しかもエリーゼと結婚すればその家を継ぐ存在が、誰でもいいだなんてそんなことはあり得ない。
だと言うのに、エリーゼは全く嘘を言っている風ではなく、ごく当たり前のように、エリックとしての設定だけではなく事実自分の話として、家がゆるいから、などととぼけたことを言っている。
本当に貴族の子か。もしかしてハインツが思い込んでいるだけで、本当にエリーゼとエリックは同一人物ではなかったのか? と疑ってしまいそうなほどだ。
しかし一度疑えば何故気付かなかったのかと言うほど、ほぼ本人なので間違いない。
じゃあもうそれでいいとして、お見合いについてはどうだ。そもそも積極的に恋愛しようなんて素振りのみられないエリーゼなのだ。お見合いで結婚を考えていないのだとしたら、どうするつもりなのか。
まさかそのうち自動的に運命の相手と出会うなんてことを考えているわけではないだろう。
そう重ねて尋ねてみた。お見合いをしたとして、どうするのか。どんな結婚をイメージしているのか。
「もちろん、お見合い相手と恋に落ちるのが一番綺麗で、幸せだろうね。でもお見合いしている時点で結婚に支障はないんだから、一緒にいて楽しいとか、人として信頼とか尊敬とか、そう言う相手なら結婚してもいいと思ってるよ。」
答えは教科書通り、と言いたくなるようなお見合い結婚の理想形そのものだった。そもそもが貴族のお見合いなのだから、家の都合が最優先で、本人同士は喧嘩さえしなければいい、くらいの状態でさえありうるのだ。
その中では最上級の理想の形だろう。だが少なくとも、恋に恋する夢物語、と言うほど荒唐無稽な話ではない。現実にいくらでもある話だ。
「僕が恋に落ちるのを待ってたらいつになるかわからないし、結婚してから好きになるかもしれないし、ならないようなら一生恋愛感情がわからないのかもしれないんだから」
「……そう、か。まあそうだな。俺も、そう思うぞ」
その貴族としてはまっとうな程の意見に、自身を客観視できていた大人の意見に、ハインツは返す言葉が見つからずそんな風に曖昧な相槌をうつしかできなかった。
だがそんなハインツのうつろな態度には気が付かず、それどころかハインツがこれからお見合いに本腰を入れると思ったのか、当たり前のように、会えなくなるねと言われた。
「結婚したらあんまり連絡できなくなるけど、お互い幸せになれるよう祈っておくよ」
なんだ、その言葉は。何故、ハインツをそうも遠ざけようとする?
「……ちょっと、雉を撃ってくる」
「ん、いってらー」
トイレと言って離れる。屋外なのでトイレなどなく、適当に離れてするだけだ。
実際には、尿意もない。ただ、エリックの前から離れて頭を冷やしたかった。
「……はあぁ」
十分に距離を取ったところでハインツは適当な木に手をついて、大きくため息をついた。
「チッ」
舌打ちが勝手について出る。
自分で自分が信じられなかった。エリックの結婚観を聞いて、恋愛感情が無くてもいいし、誰でもいいから一緒にいて楽しい相手と結婚したいと聞いて、即座に思ってしまったのだ。
それ、俺でよくね? と。
さらにハインツとは会えないとかいうからもう全力で、いやだから俺でいいだろ!! と思ってしまった。
家の為の相手でもいいなら、俺でいいじゃん。むしろ俺が一番エリーゼの趣味わかってるし、俺と結婚するのが一番幸せじゃん。
と、距離をとって落ち着いた今でも思ってしまっている。
いやいや待て待て。冷静に考えろ。とハインツはゴンゴンと木についた手で、軽く幹を殴りながら自問自答する。
確かに、エリックには幸せになってもらいたい。そしてそのエリックの結婚の条件に、確かにハインツは当てはまっている。だからエリックはハインツでいいとしよう。ハインツは?
ハインツは、エリーゼでいいのか?
「俺は……」
エリーゼでも、いい。元々、結婚自体にはまだ乗り気ではないだけで、いずれお見合いでつり合いが取れる相手なら誰でもいいとは思っていた。貴族女性はいけ好かない感じがおおいから、最低限傍に居ても我慢できる程度のがいいとは思っていた。
相手に求める条件はそれぐらいだった。エリーゼよりもう少し悪くしただけだ。結局誰もお見合いに夢を見ていなかったのだ。
だが、その相手がエリーゼなら、一緒にいて我慢する必要はない。むしろ楽しい。気が楽だ。地位も申し分ない。
顔もまあ……まあ、悪くはないじゃん? むしろどっちかと言うと可愛い顔、まあまあまあ、してるし?
と誰に言うでもない内心でそう誰に向けるでもないフォローをいれながら、ハインツは木を殴るのをやめて顔をあげる。
じゃあ、エリーゼでよいではないか。何故このお見合いをなくさないといけないのか。
ハインツは決めた。エリーゼと結婚しよう、と。
別にエリーゼを女として見てるとか、恋しているとかではないが、条件的にエリーゼでいいし、エリーゼはハインツくらいしか本当に幸せにしてあげられないだろうし、仕方がない。
しょーがねぇなぁ! 可愛い弟分の為だ、俺が一肌脱いで、幸せにしてやるか!
とハインツはめちゃくちゃ上から目線の結論をだした。
そして機嫌よくエリックの前に戻っていく。何も知らないエリックはいつも通りであった。
今日のところはエリックなので普通にしておく。だがエリーゼとして会ったら別だ。ガンガン行こう。
すでにお見合いをして何度も会っているのだから、普通に結婚を申し込んでも問題はない。
だが先ほど正論を言っていたエリーゼだがどうせ何だかんだ言いながら、恋愛に憧れてもいるのだろう。以前に好きになった人に、なんてことも言っていた。
なら簡単だ。未来の旦那様として、エリーゼにはハインツに恋をさせてあげよう。ハインツは何もしていなくても、複数の女性に言い寄られるくらいには魅力的なのだ。
なら本気でエリーゼに言い寄れば、他でもないあの単純なエリックなのだから、ハインツに恋に落とさせるくらい簡単だ。
そうエリーゼが聞いたらイラつきのあまり殴りかかりそうなことを考えながら、ハインツはにやにやと次回のデートを計画した。
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