第13話 好みのタイプは?
侍女アンリの態度に不満があれど、いつものことと言えばそうなので流すことにして説明の続きをすることにした。
エリーゼは不満の表明とばかりに視線をはずして窓の外を見て、足先をぶらぶらさせながら続ける。
「とにかくそれで、お母様から条件を付けられて、私からは断りにくいのね」
「存じております。そして次回が約束の三回目です。ですけど、嫌々ではないことは見てわかりますから」
「そう、ね。確かに、三回目が終わったからって私から断るつもりはないよ。一緒にいて楽しいのも本当。だけど男性として好きなわけじゃないよ。失礼な態度だったのもあるし、相手がいいやっていうまでは付き合うつもりだけれど」
そうはっきり気持ちを伝えると、アンナは目を丸くした。わかりやすく狼狽するのを見るのは久しぶりだ。笑顔ならともかく、それ以外の感情をわかりやすく出すことは珍しいアンナなので、そんなに今までハインツとのやり取りにうきうきして見えたのか、となんだか気恥ずかしくなった。
自身の髪を撫でて感情を誤魔化すエリーゼに、アンナは二度瞬きして驚きを収めると、神妙な表情になった。
「それは、さすがにそこまで相手に合わせることはないと思います。失礼だったとして会ってくれている以上許されているということですし。むしろその方がお相手に失礼では? その気になられていると思いますよ」
「それはないよ。向こうもこちらを女性として好意を持っている感じではないし。それに正直に言うとそれで他の人とお見合いするまでの時間が稼げるとも思ってるし」
「……エリーゼ様がそのようにおっしゃられるなら、私の口出しすることではございませんけれど、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なに? 水臭い言い方して。何でも聞いてよ」
もったいぶった聞き方をするアンナにエリーゼは苦笑する。エリックの嘘ではないけれど、アンナとは兄弟とまでいかずとも仲がいい方だ。主従の枠を超えたりはしないけれど、雑談くらいは日常的だ。多少おかしな質問をされたところで怒る様な関係のつもりはない。
気安く促すエリーゼに、アンナは頷くと澄ました顔で尋ねる。
「では失礼ながら、エリーゼ様の好みの殿方、殿方に求められる条件と言うのはどのようなものなのでしょうか」
「え、考えたこともないけど。どうして急に?」
「話の流れ上全く急ではありません。それに今の相手が駄目になる前提ならば、その次の方はエリーゼ様の好みを参照した方が無駄もありませんから」
「それはそうかもだけど」
そこまで急いでいるわけではない、と言うかむしろもっとその無駄な時間を利用して自由でいたいと思っているエリーゼとしては、早く巡り合いすぎても困るので言いたくない。
けれど相性のいい相手と巡り合うのはエリーゼにとってもいいことだし、エリーゼだけの問題でもない。エリーゼの家族も早く相手をみつけて安心したいだろうし、お見合い相手だって絶対目のない相手とお見合いするのは時間の無駄だろう。
今回はハインツもお見合いそのものに気のりしていなかったと言う共通点があるので、多少だらだらしても罪悪感がないが、確かに早く結婚したがっている人ならエリーゼの非協力的な態度は迷惑行為に他ならない。
そもそも三回と言うのも、ちゃんと相手と向き合ったうえで、エリーゼの気持ちをはっきりさせると言うのが目的の指示なのだ。両親の気持ちに応えてあげたいと言う気持ちも、なくはない。
と、そこまで顎に手を当て考えるような顔をしてもったいぶってから、エリーゼは仕方なく自分の好みのタイプについて考えてみることにした。
「条件なんて考えたことないけど、お父様とかでもいいし」
「エリーゼ様」
「え、な、なに?」
軽い気持ちで例に出した父に、いつになく強い調子で呼ばれたエリーゼは姿勢を正してアンリの顔を見る。にこやかな笑顔ながら圧のあるものだ。
「旦那様は、でもいい、などと言われる方ではありません。エリーゼ様にとって最も身近な方なのでそのように思われるかもしれませんが、貴族としても立派な方ですし、なにより奥様のすべてを愛し慈しむ包容力の塊のような方です」
「あ、はい……」
「奥様もまたそうです。全力で旦那様の御心を支えられ、なれぬ社交も完全にこなし、その上このエリーゼ様を温かい目で育てられておられる心優しい方です。親子ですから、揉めたり文句を言うことはあるでしょうが、けしてそのように軽んじられてよい方々ではありません」
「はい……」
何故怒られているのかはわかるし、確かにそれはエリーゼが悪かったかもしれない。アンナは両親に雇われているのだし、雇い主を軽んじられて嫌な気になるのはわからないでもない。
ただだからと言って、その尊敬している二人の愛娘であるエリーゼを、こんなどうしようもないエリーゼを育てている素晴らしい親、みたいな感じの引き立て役表現にするのはどうなのだろう。文句を言っていいところでは? 空気を読んで言わないけれど。
侍女の思わぬ主従愛(エリーゼではない)を感じたところで、どうでもいいことなので忘れることにして会話を戻すことにした。
父の母に対する態度が当たり前ではないと言うなら、エリーゼが求めるのは一つだろう。
「じゃあ私が求める条件は、お父様みたいに、相手の趣味を尊重してくれること、かな。一緒にしてほしいとかじっと見ていてほしいとは思わないけど」
「そうですね。さすがに今のように頻繁に街に出ることは無理でも、家庭内でひっそりする分にはそう難しい条件ではないでしょう」
そうなのか、剣は続けられるんだ、と嬉しくなる半面、もう外に出る自由はなくなるのだ。そしてきっと、ハインツとの友情も。わかってはいても、だからこそ、もう少しこの無駄な時間を続けたい。そう思わずにはいられない。
そう感傷にひたりだすエリーゼに介さず、むしろ呆れたように一歩引きながらアンナは続ける。
「と言いますか、今の趣味いつまで続けられるつもりなのですか? そうではなくて、もう少し、そんな趣味がどうでもよくなるほど夢中になるような異性の条件を知りたいのですが。例えば、色黒でたくましい方がよい、とか」
「そう言うのは考えたこともないなぁ。……でもやっぱり剣術とか、体を動かすのに興味がある人かな。私より強い人とは言わないけれど」
「どこの道場の跡取り娘ですか。ですがそれですと、ますます今のお相手は合うのでは? 確か幼少期は騎士を目指されていたこともあるとかで、心得がおありのはずです」
「あー……」
確かにそう言えなくはない。そう言われたら、確かに悪くない相手なのかも知れない。が、エリックとして出会っている時点で全てなくなる。
エリックとしての友情が亡くなってしまうのは嫌だ、期間限定であろうと、確かに存在したエリーゼの青春なのだ。それにばれたら向こうから願い下げだろうし、ばれないとしても、友人として接してきた相手を異性としてみるとか単純に気恥ずかしいし、気まずい。
ハインツがどんなにいい人で趣味もあうし一緒にいて楽しいとして、ない。絶対にない。エリックだから見せれた姿をたくさん見せてきているのだ。今更実は女性でした。女の子として扱って、などとどの口で言えようか。ハインツが知らなくても、エリーゼの羞恥心がもたない。
「まあ、今のところはない、としか言えないけれど。でもなんというか、全然男性としてぴんと来ないのよ」
「……そうですか。ではとりあえず、先ほどおっしゃられたように、しばらくはお相手に付き合うと言うことで、調整しておきますね」
「あ、うん。あ、いいの? こう、無理なら早く見切りをつけろ、って言われるのかと思った」
「こういったことに焦りは禁物ですから、ではそれで、予定を組んでおきますね」
「うん。お願い」
よくわからないけれどエリーゼにとって都合がいい流れになっているのでよいことにした。
アンリとしては恋はない、などとエリーゼが言おうが、そもそもお見合いに恋愛感情は必須ではないし、相性がいい時点で十分なので静観することにしたのだ。
そんなことは考えもしないエリーゼは、次回のハインツとのデートに思いをはせていた。
次回はついにエリーゼとして弓をいることができるのだ。正直今となっては、ハインツに言い訳をしなければいけない手間はあるが、どうもハインツは鈍そうなので簡単に誤魔化せそうだ。
ならば二倍練習ができるのだから、それだけで十分だ。楽しみだし、このままいけば実際に狩りで弓をさせてもらえるようになるのではないだろうか。
そうでないとしても、きっと的の真ん中を射れたら気持ちいいだろう。別に達人を目指すわけではない。剣術だって、かなりの満足を得られているけれど、ハインツも現役でもない。
元々、体を思ったように動かせる楽しさ、勝てた時の爽快感が一番のお目当てで、心の底からこういったもので生計を立てれるほどの実力を目指していたわけではない。ただ楽しいからしているだけだ。
だから弓も楽しいし、今、ハインツに教わって少しずつうまくなっていくのが面白くて仕方ない。それで十分だ。
恋だなんだと言うものに、憧れがないではない。だけどまだまだ先のことで、成人したと言っても結婚適齢期はまだ数年もあるのだ。まだ、結婚するのはずっと先のことだ。
「はー、楽しみ!」
そんなふうに思っているエリーゼは、恋はなんとなく素敵なもので、だけどまだ早いものだと思い込んでいた。
周りが自分をどう見ているか、ハインツが何を見て何を感じているのかなんて、全く想像もしなかった。
だから今日も、デートの為の準備として行うのは弓の練習だけだった。
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